大映俳優列伝(16)水木正子、津山由起子

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末期の大映は十代の性を描いたハレンチ路線の映画に多数の新人若手俳優を投入したが、その代表格が渥美マリ、南美川洋子、八代順子、水木正子、津山由起子のいわゆる5人娘だったことは八代順子の時にも触れた。このうち渥美、南美川、八代の3人はプロフィール等がはっきりしているが、水木と津山に関しては情報が皆無に等しいためさっぱりわからないのが実情である。
取り敢えず2人の名前が初めてクレジットされたのは、津山由起子が1966年5月公開の「雁」、水木正子は5か月遅れて同年10月の「赤い天使」のようだ。「雁」は第18期ニューフェイスの篠田三郎のデビュー作とされ、同じく笠原玲子の初クレジット作でもある。なので水木と津山もたぶん彼らと同期ではないかと思う。「赤い天使」では水木、津山、笠原、篠田、そして西尋子(賀川ゆき絵)が同じような位置にクレジットされている。水木や津山がどこに出ているのか正確に確認できなかったが、野戦病院の話なのでおそらく看護婦役の一人だろう。
その後もしばらく脇役暮らしが続いたが、1968年2月公開の「あるセックス・ドクターの記録」に水木が準主役で起用される。船越英二扮する医師を主人公に性病の恐怖を啓蒙する意外と真面目な話だが、水木は身に覚えのない性病疑惑に苛まれる令嬢を演じ、津山も脇役で出ている。
やがてこの作品が契機となって始まったのが「ある女子高校医の記録シリーズ」である。その1作目「ある女子高校医の記録 妊娠」で水木が事実上の主役を演じるとともに、津山、南美川洋子、渥美マリ、八代順子が初めて揃い踏みして「5人娘」が誕生したのである。
5人娘による作品は翌1969年にかけて9本製作され水木は最初こそ主演格を張っていたものの次第に脇へ回ることが多くなる。一方の津山が主演グループに入ったのは69年5月の「ダンプ・ヒップ・バンプ くればれ野郎ども」ぐらいであとは八代とともにほぼ助演であった。
同年8月、渥美マリが「いそぎんちゃく」で単独の主演に抜擢されたことで5人娘は事実上の解体。それと前後して水木は大映を退社したようだ。大映最後の作品は「あゝ海軍」「与太郎戦記」の2本立てで、前者は峰岸隆之介(峰岸徹)の元恋人役、後者にはフランキー堺のあこがれる看護婦役で出演している。
翌70年には津山も退社し、芸能界そのものからも姿を消してしまう。大映最後の出演作は「女賭博師壷くらべ」(1970年2月)だったが、その後でTBS系のテレビドラマ「戦国艶物語」にも出演している。戦国女性が主人公の三部作の歴史もので、津山は第三部・千姫編に出演しているが具体的な役柄はわからない。何回目に出演したのかも不明だが、放送期間が1970年3月28日~5月16日なので映画より後であることは確かだ。
水木の方は70年に松竹や東宝の喜劇映画に出演したほか「ゴールドアイ」(日本テレビ)「キイハンター」(TBS)、71年は「仮面ライダー」(毎日放送)や「ターゲットメン」(NET)などのテレビドラマにゲスト出演する。だが年末の東宝映画「日本一のショック男」からしばらく出演が途絶えてしまう。
その後何をしていたのかわからないが、2年近く経った73年8月になって「仮面ライダーV3」第26話「怪人ヒーターゼミのミイラ作戦!!」にゲスト出演する。
役柄は怪人ヒーターゼミの人間体、つまり悪役である。大映の先輩俳優・千波丈太郎扮するドクトルGと2ショットシーンもあった。
続いて「キカイダー01」第21話(NET)と「刑事くん」第2シリーズ第30話(TBS)にも出ている。すべて東映制作なので同じ繋がりによる出演だったのだろう。 だがそれ以降の出演作は見当たらず、再び消えてしまったのである。
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大映俳優列伝(15)熱田洋子

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八代順子とともに大映カレンダーに登場していた熱田洋子はよくわからない女優である。実は熱田がカレンダーに起用されたのは幻となった72年だけではなく、前年からである。2年連続で大映の顔の一人として抜擢されているのだから既にスターと言っていいはずだが、それに見合った活躍がなかったのだ。
詳しいプロフィールは不明だが1969年末の「秘録怪猫伝」が初クレジット作のようだから、たぶん大映京都6期の伊吹新吾(伊吹剛)と同期だろう。なお京都6期は東京のニューフェイス20期に相当するので八並映子や速水亮とも同期になる。
翌70年3月、「透明剣士」で主役の酒井修の恋人役に抜擢される。この映画は八代順子が出演した「ガメラ対大魔獣ジャイガー」の併映作であった。「新人」の注釈が付いているのでこれが公式デビュー作ということになるようである。
この年はその後3本の映画に出演しているが主役は1度もなく、「ママいつまでも生きてね」と言う難病物で主人公の少年の姉役が目立つぐらいであとの2本は端役である。にもかかわらず71年用のカレンダーに早くも川崎あかねや八代順子らと並んで起用されている。
ところがその後1年近く出演作がない。テレビドラマに出演していた様子もなく、大映の製作本数が減っていたとは言え期待の新人を遊ばせておくのは解せない話である。
漸く71年10月になって「若き日の講道館」と言う柔道映画に出演している。主演は岩下志麻の実弟・岩下亮で、熱田洋子はその相手役だ。この年の出演作はそれ1本だけだったが、またしてもカレンダーには2年連続で登場しているのである。人材がいなかったと言えばそれまでだが、結局、殆ど活躍しないうちに大映は倒産してしまう。
他の俳優と同様に熱田もテレビに移ったらしく、72年4月から森田健作主演の学園青春ドラマ「青春をつっ走れ」(松竹製作、フジテレビ)に1話からレギュラー出演している。役柄は森田のクラスの優等生で、郷ひろみの姉の役である(郷ひろみは歌手デビュー前だった)。ところが何故か5話で突然降板してしまうのだ。後任に代役が立てられたことからも明らかなように物語上の設定ではなく本人の都合であろう。その後の出演作も見当たらず、幻の72年大映カレンダーのごとく彼女も芸能界から消えてしまうのである。
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大映俳優列伝(14)八代順子

1972年用の大映カレンダーが実在している。言うまでもなく大映はその前年暮に倒産したが、カレンダーはそれ以前に完成していたのだ。実際に配布されたのか不明だが、ネットオークションなどには時々出品されている(画像はネットで拾ったものである)
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表紙が関根恵子で、各月には京マチ子、勝新太郎、若尾文子、江波杏子、安田道代、峰岸隆之介、渥美マリ、八並映子ら新旧のスターが登場している。
更に前年つまり1971年用のカレンダーと比較すると、松方弘樹と南美川洋子が消えて新たに篠田三郎と松坂慶子が加わっている。この二人が72年期待の星だったのだろう。ただし八代順子、熱田洋子と4人一組の写真である(手前のビキニ姿が松坂と熱田、後ろに立っているのが八代と篠田)。
水着姿なので当然夏頃に撮影したのだろうし、熱田は大映京都の女優で4人が共演した作品がないことからもカレンダー用の特写であったことが窺える。
で、前ふりが長かったが取り上げるのは篠田と松坂ではなく八代と熱田のほうである。まず今回は八代順子である。

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八代順子は第19期ニューフェイスとして入社し、1968年3月の「ガメラ対宇宙怪獣バイラス」で同期の渥美マリ、八重垣路子とともにボーイスカウトの指導員役でデビューしている。この中でヒロイン格なのは主人公の少年の姉役の八重垣で、何故か黒縁のメガネをかけている八代は一番地味な存在である。
尤も八重垣はこの後「セックスチェック 第二の性」「不信のとき」「女賭博師 尼寺開帳」の3本に端役で出たのみで年内に姿を消す。
残った八代と渥美は68年後半から翌69年にかけて南美川洋子、水木正子、津山由起子とともに「ある女子高校医の記録」シリーズなどに出演してハレンチ路線の「5人娘」として売り出される。ただしここでも主演格は南美川や渥美で八代はその仲間の一人と言うことが多かった。
やがて渥美がピンの主役で独り立ちし、水木と津山が消え、さらに南美川も干されて八代だけ残ったが、「相手変われど」の言葉どおり後輩の八並映子や遥か年下の関根恵子の主演作で相変わらず友人役を演じた。
その傍らで70年3月「ガメラ対大魔獣ジャイガー」に1期後輩の炎三四郎(速水亮)の恋人役で出演している。5人娘の中で唯一ガメラシリーズに2度出演しヒロインも演じたことで、結果的には他の4人より長く記憶されることになった。
大映最後の出演作は八並主演の「すっぽん番長」(71年1月)だったが、それと前後して71年からはテレビドラマに出演している。平日の昼帯ドラマに立て続けに出演しているのだが、当時の大映は製作本数が激減していたからテレビに回ったのだろう。昼ドラに出たのも、大映テレビ室の制作だったからである。
昼ドラ2作目の「女の時がほしいの」(TBS)ではおそらく唯一の主演をしている。しかしその間に大映が倒産し、72年から本格的にテレビへ活動の場を移した八代は「特別機動捜査隊」「キイハンター」などにゲスト出演している。一方で「ウルトラマンA」や「イナズマンF」などの特撮物にも出演し、「仮面ライダーX」では主演の速水亮と"再会"している。
1976年に結婚により引退した模様で、最後の出演作は「カゲスター」12話(76年6月28日放送)だった。
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大映俳優列伝(13)杉田康

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頻繁に出ていたのにいつのまにか消えてしまった脇役が何人かいるが、杉田康もその一人だ。
1930年(昭和5年)、華道の桂古流・桂流宗家に生まれる。ちなみに本名は「康恕(やすのり)」だが芸名「康」は「やすし」ではなく「こう」である。早稲田大学演劇科に進学し、のちに共演する宇津井健とは同期である。
卒業後の1954年に大映東京撮影所へ入社。『日本映画人名事典』では「火の驀走」(1955年3月)をデビュー作としているが、その前の「泣き笑い地獄極楽」(1955年1月)にも出演歴がある。この時は警官役だったが、その後の俳優人生は悪役をメインに過ごす。
本人によればきっかけとなったのは同年10月公開の「誘拐魔」と言う作品である。幼児誘拐事件をセミドキュメンタリータッチで描いたこの作品でデビュー1年目の杉田がその犯人役に抜擢され、幸か不幸か好評を博してしまったらしい。尤も太い眉と厚い唇が特徴的な顔立ちはどう見ても善人よりは悪役向きである。ちなみに1962年の「誘拐」でも再び誘拐犯を演じ、その弁護士の役を演じたのは宇津井健だった。
一方で「新忍びの者」(1963年)では主人公の市川雷蔵の相棒役を演じたりと、必ずしも悪役一辺倒なわけではない。田宮二郎主演の大作「白い巨塔」(1966年)には金井講師役で出演している。田宮二郎とは「犬」シリーズなどでも共演しているが、前出の中島氏によればプライベートでは馬が合ったらしい。
映画出演はその田宮が主演した1967年12月公開の「残侠の盃」が最後だが、その前から出演していたテレビには翌68年も出演し NHK大河ドラマ「竜馬がゆく」などにも出演歴がある。最後の出演は1968年9月22日放送の「怪奇大作戦(第2回)人喰い蛾」(TBS)である。
1969年に俳優業を引退して実家を継ぎ、生け花の家元になった。3年前の宇津井健の葬儀に姿を見せるなど今も健在のようである。

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大映俳優列伝(12)夏木章

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時代劇の俳優が続いたのでこのへんで現代劇も挟んでみる。大映東京の脇役で最もメジャーなのはこの人かもしれない。
1928年(昭和3年)生まれの夏木章は中学を卒業後、日本映画学校演技科に入学している。これは今村昌平が設立した日本映画学校(現・日本映画大学)とは関係がない。戦時中の1943年5月に設立され、国策映画の俳優や撮影技師を養成する学校であった。敗戦まで2年間しか続かなかったが、卒業生には菅原謙二や高橋貞二がいる。菅原はその後新劇に進んだが、夏木とともに大映入りした卒業生に鈴木美智子がいる。
1945年(昭和20年)4月に大映東京撮影所入社。初出演は同年9月の「別れも愉し」なのでギリギリ戦後の俳優と言うことになる。先日亡くなった月丘夢路が主演で同期の鈴木美智子が準主演格だが夏木の役柄はわからない。最初は本名で出演していたようだが、記録上で確認できるのは1949年からである。まだ二十歳そこそこだったので大した役は貰っていなかったのだろう。夏木章名義での出演が確認できるのでは51年からである。
ちなみに本名は榎鐘一(えのき・しょういち)と言う。なので「夏木章」と言う芸名は多分「榎」を木と夏に分解して逆にし、下の名前は「しょう」だけを残して別の字をあてたのだろう。溝口健二監督の「楊貴妃」(1955年)にも近衛兵役で出演しているがこの時は何故かクレジットが夏木明となっていた。
倒産まで在籍して数えきれないほど出演しているが、悪役は少なく、アクション映画やサスペンス映画でも刑事役の方だった印象である。中でも一番有名なのはガメラシリーズだろう。2作目の「大怪獣決闘ガメラ対バルゴン」(1966年)で主演・本郷功次郎の兄役を演じてから、3作目「大怪獣空中戦ガメラ対ギャオス」で自衛隊司令官、4作目「ガメラ対宇宙怪獣バイラス」でバイラスの部下、5作目「ガメラ対大悪獣ギロン」で新聞記者、6作目「ガメラ対大魔獣ジャイガー」と最後の「ガメラ対深海怪獣ジグラ」では博士役と、連続で出演している。
大映倒産後は古巣の大映テレビ作品などに出演していたが、1977年4月「特捜最前線」第1話(テレビ朝日)にゲスト出演。以後レギュラーゲストと言っていいぐらい頻繁に出演し、出演回数は約10年間で40回を数える。53話から本郷功次郎がレギュラーの橘警部役で出演しているが、2人の共演シーンがあったかどうかわからない。
1986年にその「特捜最前線」に最後のゲスト出演をして以降は出演記録が見当たらず、消息不明とされているが、元大映宣伝部の中島賢氏によれば既に故人だと言うことである。
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