雅羅倶多館

1960~80年代のテレビドラマや映画を中心にあらすじや感想を書いています。

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西陣心中

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1977年/ATG+たかばやしよういちプロ/高林陽一監督
出演/島村佳江、光田昌弘、土屋嘉男、楠侑子、成田三樹夫、山田吾一、大泉滉、三原葉子、中尾彬、名古屋章 ほか

物語。OLの野沢ゆみ(島村佳江)は上司から無理心中を迫られるが一人だけ助かる。とよ(三原葉子)にスカウトされデート嬢となっていたゆみは西陣に魅せられ吉田(土屋嘉男)の元で住み込みの織り手見習いとして働く。ゆみは職人の博之(光田昌弘)の手の美しさに惹かれ誘惑するが、吉田から取引先の御曹司との縁談を勧められる。だが縁談相手はゆみとのドライブ中に事故で重傷を負う。ゆみの過去を知る宮崎(成田三樹夫)は執拗に関係を迫るが拒まれた腹いせにゆみの素性を暴露する。店を追い出されたゆみは再びデートクラブで働き稼いだ金で博之の織った帯を手に入れようとするが…

主演の島村佳江さんは前も書きましたが80年代にサスペンスドラマで薄幸なヒロインや悪女役を中心に活躍し、当時私が好きだった女優さん。その唯一の主演映画とあれば佳江さんの姿がふんだんに見られるだけでも貴重ですが(ヌードもあるし^^;)、内容自体は芸術志向のATGだけに何が言いたいのかイマイチよく分らない映画です。
「本陣殺人事件」「金閣寺」に続く高林陽一監督の商業映画第3作で、「金閣寺」同様に美に憑かれ破滅する人間を描いていますが、原作物だった「金閣寺」がひとつひとつのプロセスを丁寧に描いているのに比べると粗雑なエピソードを無駄に並べただけの退屈な展開が目立ちます。
佳江さん演じるゆみは客観的に見れば近寄る男たちを次々不幸に陥れてしまう言わば魔性の女ですが、ゆみ本人はあまり人間に対する興味が薄いようだし恋人関係になる博之に対しても彼自身と言うより彼の織り出す西陣の美に対する執着でのみ繋がっているように伺えます。しかし肝心の西陣に固執する理由が全く見えてこないし、結末に至る急転回も非常に唐突で無理やりな感じ。監督自身の中に予めあった西陣への思い入れと「心中」を結びつけたラストシーンのイメージだけが先行し、物語全体がそれに追いついて行かなかったような印象を受けます。
佳江さんの射るような眼差しと低音の独特のエロキューションはやはり非常に魅力的で、確かにこんな女性に誘惑されたら魔性だろうとなんだろうと破滅してもいいと言う気分になるかもしれません。なのでこの映画は彼女の個性だけで持っている、と言いたいのですが、実際は周りを固める土屋嘉男、成田三樹夫、山田吾一、大泉滉、中尾彬と言ったあくの強い面々、ことに成田ミッキーの人間臭い小悪党然とした怪演の比重が大きいです。
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関連タグ: 島村佳江 ATG

白蛇抄

1983年/東映/伊藤俊也監督
出演/小柳ルミ子、杉本哲太、仙道敦子、夏木勲(夏八木勲)、宮口精二、北林谷栄、若山富三郎 ほか
物語。身寄りのない中学生の鵜藤まつの(仙道敦子)は遠縁の石立うた(小柳ルミ子)を頼り山寺で暮らすことになった。うたは3年前滝壷で身投げを図ろうとしたところを住職(若山富三郎)に助けられ内縁の妻となり、その後病に伏せる住職の面倒を見ながら暮らしている。住職には昌夫(杉本哲太)という高校生の息子がいる。昌夫は毎晩のように住職とうたの情事を盗み見していた…。

原作は水上勉の純文学ですが、文芸映画と言う名目で女優を脱がせてそのヌードを売り物にするのが当時の手法で、この映画もまだ清純派だった小柳ルミ子の激しい情事シーンが盛んに宣伝されていた記憶があります。
内容自体は若狭の寒村を舞台に不幸な運命を背負った女と少年僧との結ばれぬ愛を描いた結構暗い悲しいお話で、オーソドックスに一応芸術的に撮られています。なのに見終わっても何にも心に残らない、と言う薄っぺらい作品です。ルミ子は演技上手だし他の出演者も達者な顔ぶれだし、撮影の森田富士郎も綺麗な画を撮っているんですけどね。にもかかわらずこれほど出来が悪いと言うことは、結局単にルミ子のエロを撮りたかったのが目的なので、それ以外のことは全て押し流されてしまったからだとしか言いようがありません。若富の扮するエロジジイを始め、息子の杉本、刑事の夏八木勲、とにかく主要男性登場人物は物語の始めから終わりまでルミ子のカラダのことしか考えていないという、しょーもない連中ばかり出てきます。
かと言ってルミ子がそれほどエロかったかと言えばそうでもなく、私が見たのは公開の1、2年後にテレビでしたが(しかもゴールデンタイムだったと思う)、ルミ子は当時30そこそこにしてはなんだかオバサンに見えましたね。それは自分が若かったせいかと思いましたが、今見てもやはりちょっとオバサン^^;見所はむしろ仙道敦子です。
「セーラー服反逆同盟」に出演した当時17歳だった仙道敦子さんは、それより3年早い14歳の時の作品。10代で3年違うとさすがにまだ顔立ちが子供っぽくてあどけないです。「反逆同盟」ではスカートめくりのシーンで一人だけパンツを見せてくれなかった仙道さんですが、この映画ではパンツを露にするばかりか、若富に襲われ太ももをベロベロと舐められたり、ノーブラのTシャツ姿で透け乳まで見せたり、若くして女優魂を見せてくれました。結婚などせずに芸能界を続けていたら今頃は大女優になっていてこの映画もお宝になっていたんでしょうね。


関連タグ: 東映

秋津温泉

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1962年/松竹/吉田喜重監督
出演/岡田茉莉子、長門裕之、日高澄子、宇野重吉、小夜福子、中村雅子、殿山泰司、東野英治郎ほか
物語。昭和20年の夏、岡山の秋津温泉に結核で胸を病んだ青年河本周作(長門裕之)がやってくる。周作は人生に絶望していたが、旅館の娘・新子(岡田茉莉子)に看病され生きる希望を見出す。だが3年後に再び秋津温泉を訪れた周作はすっかり自堕落な男になっていた。それからも数年おきに秋津を訪れる周作と新子の関係が17年も続くが…

岡田茉莉子が映画出演100本記念として自ら企画した作品。
子供の頃に見た記憶では白黒だったのに実はカラーでした。と言うことはうちのテレビが白黒だったわけか。
一言で言うと「雪国」プラス「浮雲」のようなお話で、鄙びた温泉地を舞台に、旅館の娘(後に女将)と数年に1度やって来るだけの男との腐れ縁のような愛憎関係を、美しい四季の風景の中に描いたメロドラマ。監督は2人の関係に戦後日本の変遷を象徴させていたそうですが、そういう面倒くさいことは考えず単純にメロドラマとして楽しんでよろしいでしょう。
ヒロインは身勝手な男を何年も待ち続けた挙句、最期は自ら命を絶ちます。となれば、相手の男はよほど魅力のある二枚目じゃないと説得力が薄い気もしますが、実際は二枚目半の長門裕之が演じています。最初は芥川比呂志がキャスティングされていたのに病気で途中降板したと聞けば尚更ミスキャストのようにも思えますが、かと言って芥川が適役だったかどうか。20歳そこそこから始まる役柄なんだから、当時40を超えていた芥川さんでは無理があるし、岡田茉莉子とも年齢差があり杉。舞台劇じゃないんだから見た目のリアリティも大事。所詮男は引き立て役なんだしダメ男っぷりが板に付いていた長門さんで良かったでしょう。
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関連タグ: 松竹

富士山頂

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1970年/石原プロ/東宝配給/村野鉄太郎監督
出演/石原裕次郎、勝新太郎、渡哲也、山崎努、芦田伸介、宇野重吉、佐藤允、田中邦衛、露口茂、市原悦子、星由里子ほか
物語。気象庁観測課長の葛木(芦田伸介)は台風観測のため富士山頂にレーダー基地を建設することに執念を燃やし、3年目にして漸く予算を獲得する。工事を請け負った三菱電機の技術者・梅原(石原裕次郎)も富士山レーダー建設に情熱をかけ、大成建設の伊石(山崎努)、強力の朝吉(勝新太郎)、ヘリコプター操縦士の加田(渡哲也)らとともに様々な困難を乗り越えながら工事に挑む…

2年前に石原裕次郎二十三回忌特別企画としてテレビ放送された時に録画。シネスコの両サイドをテレビサイズにぶった切って編集しているので、人物やテロップが見切れてしまうのが困りものなのですが、まあ見られるだけましか。富士山レーダー建設の実話を描いた新田次郎の小説の映画化です。
レーダー完成が1964年で映画が70年だから、たった6年ぐらい前のことを映画にしたわけです。多少は誇張や作り事もあるにせよ、大筋ではレーダー完成までを事実通りに淡々と描いているだけなのでドラマとして盛り上がる部分は殆どありません。三菱やら大成建設やら実在の企業名がばんばん出てくるし、有名俳優による再現ドラマという感じです。高度成長期の記録と言う観点から貴重だし、実際に富士山でロケした映像も雄大ですが、テレビ画面ではイマイチそのスケールが伝わりません。やっぱり裕次郎の言うように、こういう映画はスクリーンで見ないとダメかもしれませんね。
裕次郎と勝新は他でも共演してますが、裕次郎と山崎努のツーショットは珍しいし、裕次郎と露口茂は数年後に始まる「太陽にほえろ!」のボスと山さん。
あと勝新が子分を引き連れて来たのか、石原プロ製作なのに酒井修、九段吾郎、藤山浩二、橋本力などの大映勢が大挙出演しています。特に酒井修などは裕次郎とツーショットで芝居する結構目立つ役を貰っています。
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関連タグ: 勝新太郎 東宝

飢餓海峡

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1965年/東映/内田吐夢監督
出演/三國連太郎、左幸子、伴淳三郎、高倉健、沢村貞子、三井弘次、加藤嘉、風見章子、藤田進ほか
物語。昭和22年、北海道岩内町の質屋で強盗殺人放火事件が起こり、台風による青函連絡船沈没の騒動に紛れて三人の男が内地に逃亡。犬飼多吉(三國連太郎)だけが青森にたどり着く。八重(左幸子)と言う純朴で優しい娼妓と一夜をともにした犬飼は、強盗された金の一部を渡して去る。犬飼から貰った金で借金を清算した八重は上京。 10年後、新聞に載った樽見京一郎なる事業家の写真に犬飼の面影を見出した八重は、ひとこと昔のお礼を言いたい一心で樽見を尋ねるが…。

忌まわしい過去を封印して成功をおさめた男のもとへ、その前身を知る人間が訪ねて来たことから起こる事件、悲劇。その背景にあるのは、どうしようもない貧困と差別だった… と言うテーマやプロットに「砂の器」との共通点を感じる作品。
ただ、証拠は決め手とならず、犬飼=樽見が本当に犯人だったのかどうかも結局分からず終いなので、ミステリーとしては弱いです。彼を犯罪へと追いやった動機、「貧困」の問題も、刑事が言葉の上で決め付けるだけでは説得力に欠けます。この映画の特徴はむしろ被害者の側から問題に迫っている点でしょう。

映画は事実上三部構成で、前半は犬飼と八重が出会うまでと伴淳扮する老刑事の捜査。中盤は左幸子の八重が主役で、東京で辛酸を嘗めながら生活する様子が10年間に渡って描かれます。
折角堅気になったのに、また娼妓に逆戻りしてしまう八重。貧困に生まれて育った人間は、所詮宿痾のようにそこから抜け出すことができないのか?と言う命題が八重の生き様を通して描かれ、犯罪に走ることで貧困を脱した犬飼=樽見の姿と対比されます。
社会の底辺で貧困と孤独にあえいでいた八重の心の飢餓をわずかに慰めていたのは、犬飼への想い。犬飼の遺した爪を時々取り出しては、頬擦りしながら、あたかも幻の犬飼に抱かれているかのような陶酔に浸るあたりは、左幸子の怪演の独壇場です。おそらくこのシーンでは、犬飼を単に恩人として感謝しているだけではなく、恋慕の念を抱いていることも暗示しています。現実にその相手が側にいないだけに、なおさら情念だけが膨らんで行くのでしょう。
一方の犬飼もまた手にした金で成功者となった後、善行を施すことでかつての飢餓を埋めようとしていました。でも二つの飢餓の間には大きな隔たりができていました。
過去を拠り所に生きていた女と、その過去を封印して来た男が再会した時、気持ちのすれ違いが悲劇を生みます。八重が、白を切り続ける樽見に紛れもない犬飼の痕跡を見出して狂喜するシーン、その幸せそうな表情のまま、死んでゆくシーンは、事実上物語のクライマックスです。

後半は警察側からの視点で物語が進みます。若手刑事の高倉健とコンビを組んだ、既に退職した伴淳が執念の捜査で犬飼=樽見を追い詰めていきます。しかし、既にクライマックスが来てしまったせいか、割と淡々と展開するように見えます。心を閉ざし、頑なに犯行を否定し続ける樽見に、伴淳が諄々と説く(いや、ダジャレじゃなくて)場面はタイトルの意味に繋がる名シーンですが、個人的には付けたりと言う感じ。樽見を飲みこんだ飢餓海峡が映し出される長回しのラストシーンに余韻が残ります。

左幸子以外の出演者たちも、それぞれ名演。当時の三國連太郎は今の佐藤浩市より年下ですが、風格に格段の差があります。時代も違うので仕方ありませんけどね。伴淳の老練で枯れた演技は光りますが、健さんは若いというだけで、まだ特徴がありません。警察署長を演じた藤田進はさすがの存在感。八重の父親・加藤嘉、娼家の主人夫婦の沢村貞子&三井弘次など脇役陣も好演しています。
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関連タグ: 東映 三國連太郎 高倉健
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