雅羅倶多館

1960~80年代のテレビドラマや映画を中心にあらすじや感想を書いています。

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三島由紀夫と天知茂の「明智小五郎」

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原作原理主義者の江戸川乱歩ファンには天知茂が演じた明智小五郎を嫌う人も少なくないようだ。確かに天知茂は原作の明智小五郎のイメージとは違う。 尤も、原作に描かれた明智小五郎自体が何度も変貌しているので、何を以って原作の明智像と言うのかイマイチはっきりしないけども。ただ、現在に至る明智小五郎のイメージを決定付けたのは、 乱歩自身よりむしろ三島由紀夫だったのではないかと思う。
三島由紀夫が乱歩の「黒蜥蜴」を劇化したのは1962年、初演では黒蜥蜴=水谷八重子、明智小五郎=芥川比呂志が演じ、同時に大映で映画化もされた(黒蜥蜴=京マチ子、明智=大木実)。 そして2度目の舞台化が1968年で、この時に三島の依頼で初めて黒蜥蜴を丸山明宏(美輪明宏)が、そして明智小五郎を天知茂が演じた。
三島はこの舞台化における明智小五郎役者の条件を「このダンディ、この理智の人、この永遠の恋人を演ずるには、風貌、年格好、技術で、 とてもチンピラ人気役者では追いつかない」と断じ、その条件に適う役者として「映画『四谷怪談』の、近代味を漂はせたみごとな伊右衛門」以来のファンだったという天知茂を抜擢したのだ。ちなみに舞台は当時テレビ中継もされたが、残念ながらその録画テープは現存しないようだ。 だが三島によって解釈され天知によって具現化された「このダンディ、この理智の人、この永遠の恋人」と言う明智小五郎のイメージは、 更に天知茂が後にテレビの「江戸川乱歩の美女シリーズ」で明智小五郎を演じ続けたことで広く世間に浸透して行った。 以後、誰が明智小五郎を演じるにしても三島と天知が雛形を作った明智像を以って王道とするようになってしまったのは当然だろう。
その天知茂が三島由紀夫について語っている映像が存在する。

1984年9月13日放映の『ニュードキュメンタリードラマ昭和 松本清張事件にせまる』(テレビ朝日)第23回「三島由紀夫自決事件」に「証言者」の一人として録画出演している。
1分足らずの短い映像だが、当時たまたまこの番組を見ていたので、トレードマークの眉間の皺が消えた柔和な表情で語る素の天知さんの姿に驚いたものだ。 天知さんが亡くなったのはこの10ヶ月後である。
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関連タグ: 天知茂 江戸川乱歩 三島由紀夫

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京マチ子が「横溝正史シリーズ」に出演した理由は?

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少し旧聞に属するが、今年の『サンデー毎日』2/26号 (2017年2月14日発売)に「〔昭和のテレビ〕第50回 横溝正史シリーズ(毎日放送) 巨匠・西岡善信が明かす古谷一行の『金田一』秘話」と題する記事が載っていた。1977~78年に放送された「横溝正史シリーズ」の生みの親のひとりである西岡善信氏に聞いた思い出話をまとめたものだ。
西岡善信と言えば大映京都の美術監督として「地獄門」(53年)「炎上」(58年)「雁の寺」(62年)などに携わり、大映倒産後は自ら製作会社「映像京都」を興してプロデューサーも務めた日本映画界の大御所である。「横溝正史シリーズ」ではその第1作「犬神家の一族」(77年4月放送)を製作し、金田一役に古谷一行を起用するなどシリーズ全体の基本設計もした。
制作の経緯は毎日放送の青木民男プロデューサーの話などで既に明らかになっている部分もあるのだが、この記事で初めて知ったこともあった。
まず、犬神家の3姉妹である長女・松子に京マチ子、次女・竹子に月丘夢路、三女・梅子に小山明子をキャスティングした理由である。
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同誌によれば、
「豪華キャストの作品は、みんな自己主張があってうるさい。まとめるのが大変やから、女優さんは作品作りの苦労をよう知っていて、仕切りもできる監督の奥さんがええやろ」
と言うことで、井上梅次監督夫人の月丘と、大島渚監督夫人の小山に声をかけたのである。 「おかげでロケもセットも割合スムーズにいきました」と西岡は言う。
ただ、京マチ子の出演交渉だけは、難航したようだ。と言うのも、当時京マチ子は出演作を「月に1本」と厳密に決めていたため、「犬神家~」の撮影が前の仕事と重なり、最初は断られてしまったのだ。
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ちなみにこのことは毎日放送の青木プロデューサーの話でも少し語られていた。ただ「『京さんでいこう』と決まるまではいろいろありました」(映画秘宝EX『金田一耕助映像読本』より)と言う曖昧な言い方だったので、てっきり出演そのものに難色を示したと思っていたのだが、実はスケジュール上の理由だったのだ。
ところが西岡の話によれば、その問題はあっさり解決したと言う。
「たまたま、うるう年で、2月がもう1週あったんです。暦のマジックみたいなもんですね。これなら前の仕事と被(かぶ)らない形でスケジュールが組める。『やった、やった!』という気持ちで翌日、京さんに説明すると、ご本人も『へー』と驚き、オーケーになったんです」
と言う、よくわかったような、わからないような話なのだが…
実は、この話はちょっとおかしい。と言うのも、1977年はうるう年ではないからだ。実際にうるう年だったのは前年、つまり1976年である。
原作者・横溝正史の『真説金田一耕助』(毎日新聞社刊)によれば、映像京都が「横溝正史シリーズ」テレビ化の交渉で横溝邸を訪れたのが76年の11月16日、角川春樹事務所を介して本決まりになったのが12月28日である。従って西岡の話にある「2月」は、当然1976年2月ではなく、77年2月のことである。ならば「うるう年で2月がもう1週あった」はずがないので、西岡が思い違いをしていることになる。
ただ、そうなると、出演を渋っていた京マチ子が何故OKしたのかわからず、依然謎のままと言うほかはない。
同誌の記事にはほかにも、「横溝正史シリーズ」がもともとは野球中止時の雨傘番組だった、とか、テレビドラマ化以前の75年に映像京都が映画「本陣殺人事件」(高林陽一監督)を手がけた際、その完成度に満足した横溝から「原作の映像権をすべて無償で渡す」と申し入れがあった、とか、 興味深いエピソードが載っていた。尤も横溝が西岡に「原作の映像権を無償で渡す」と言った話は俄に信じ難い気もするのだが、結局、その後に角川春樹事務所が設立され、横溝は角川春樹に映像化の下駄を預けることになるのである。

関連タグ: 横溝正史 京マチ子

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大映ドラマに関する珍説

80年代に一世を風靡した大映ドラマと言えば感情表現が強烈で大げさな台詞が今でも語り草になっている。 これについて作家の小林信彦は時代劇の影響を挙げているらしく、その説がwikipediaにもまことしやかに引用されている。
「第二次世界大戦前には時代劇を売り物にしていた映画会社・大映が、第二次世界大戦の結果、GHQ占領下の日本では時代劇が禁止されたため、時代劇スターが現代劇を演じざるを得なくなった為、その大げさな芝居の時代劇の乗りによる現代劇に大映ドラマのルーツを求めている」(wikipedia「大映テレビ」より)
原文を読んでいないので真意は不明だが、本当にこの通りなら珍説だろう。時代劇禁止と言うが、大映は京都と東京に撮影所があり、京都で時代劇、東京では現代劇を専門に作っていてスタッフも俳優も別だった。従ってもともと東京で撮っていた現代劇には時代劇禁止の直接の影響がないのだ。そして大映テレビは映画時代から東京にあったのだから時代劇とは何の関係もないではないか。
百歩譲って大映ドラマが時代劇をルーツとする説が正しいとしよう。だとすれば大映映画の現代劇も時代劇の乗りの大げさな芝居だったはずだが、そのような印象は全くない。なのに何故戦前の時代劇が中間の大映映画をすっ飛ばして大映ドラマに隔世遺伝するのかさっぱりわからない。
むしろ時代劇の影響を受けたとすれば、大映ではなく東映のはずだ。何故なら小林の言う「現代劇を演じざるを得なくなった時代劇スター」とは、主に片岡千恵蔵を指す思われるからである。成程、時代劇を禁止された千恵蔵は戦後の大映で多羅尾伴内シリーズを初めとする時代劇調の現代劇を撮っていたことがある。だがそれらは全て京都撮影所の作品である。しかもまもなく時代劇が解禁され、大映京都で現代劇を作ることは殆どなくなった。
一方の千恵蔵は東映に移籍し多羅尾伴内シリーズを再開するが、今度は京都ではなく現代劇専門の東映東京撮影所で撮っていた。つまり時代劇乗りの現代劇が持ち込まれた本当の先は東映なのだ。千恵蔵はその後10年に渡って東西を往復しながら京都で時代劇、東京で現代劇を撮り続けている。なので「小林理論」を適用するなら、東映の現代劇にはさぞ大げさな時代劇調の芝居が受け継がれているのだろうが、東映には詳しくないのでわからない。

関連タグ: 大映

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ザ・ハングマン 燃える事件簿 第4話「辱められたキャンパス」

1980年12月5日放送。松竹芸能、テレビ朝日
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聖文大学教授の夏木(織本順吉)は教え子の川原ゆみ(三浦リカ)から強姦罪で訴えられる。夏木は、誘ったのは彼女の方で合意の上だったとして冤罪を主張するが、マスコミから一方的に叩かれ、大学の理事会では辞職を迫られる。
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ゴッド(山村聰)の指令で真相究明に乗り出したハングマン(林隆三、黒沢年男、植木等、あべ静江、加瀬慎一、ディオン・ラム)。ブラック(林隆三)は、ゆみの弁護士の鶴田(戸浦六宏)が夏木の同僚教授の二階堂(田口計)と密会している現場を目撃。二階堂は夏木と次期学部長の椅子を巡ってライバル関係にあった。
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更に交通事故の後遺症を患っているゆみの母親が二階堂の世話で入院し手術を受けることがわかる。強姦事件は夏木を陥れるために仕組まれた罠だったのだ。
ちなみにこのロケ地は杉並区の浴風会。以前書いたように田宮版「白い巨塔」の浪速大学病院や「不良少女とよばれて」の相模愛育女子学園でもお馴染みです。http://garakutakan.blog.fc2.com/blog-entry-8.html
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だが口封じのために夏木とゆみは心中に見せかけられて殺されてしまう。
ハングマンは、更に裏があると見て真相を探る。その結果、鶴田と二階堂、理事の海野(高桐真)が入試問題を漏えいしている事実を夏木に知られていたことが判明。
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ハングマンは問題用紙をすり替えて鶴田たちの仲間割れを誘い、その様子をテレビで中継して悪事を天下に晒した。

1980年代に計7作放送された人気テレビシリーズの第1作。「殺しなき現代版の『必殺』」と言うコンセプトで制作され、毎回様々な方法で悪党たちを自白に追い込んで社会的制裁を加えるのが見所でした。
その第4話「辱められたキャンパス」は、学内の陰謀に巻き込まれた大学教授が美人局で強姦の冤罪を着せられるお話。おそらく現実に起きた春木教授事件がヒントになっていると思われます。教授の名前が春木→夏木なのも明らかにもじり。
ちなみに春木事件がモデルのドラマには月曜ワイド劇場「ザ・スキャンダル 女子大生と老教授 謎の4日間」(1983年3月21日放送、テレビ朝日)もあります。その際に教授役を演じたのは三国連太郎さん、そして女子大生役は故意か偶然か、今回と同じ三浦リカさんでした。今回のリカさんは胸元までしか映りませんでしたが、「ザ・スキャンダル」では豊満な胸を露わにしています。

関連タグ: ハングマン

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「スクールウォーズ」決勝戦の実話とドラマ

「スクールウォーズ」のモデル、伏見工業高校が大阪工大付属高校に勝って初優勝(1981年)した時の実際の映像を、ドラマの同一場面と比較してみました。試合経過は同じです。

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ドラマのアバンタイトルでは実際の映像をそのまま使っています。

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伏見工業高の山口良治監督。

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大阪工大高の荒川博司監督。笑っちゃうぐらいそっくりですね。

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「1時間、思いっ切りラグビーを楽しんで来い」

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前半、伏見工が細田(ドラマでは赤津)のペナルティゴールで先制。

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山口監督の隣に座っているのはたぶんコーチのスティーブ・ジョンソンでしょう。ドラマではマーク・ジョンソンでした。

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後半、同点に追いついた大工大高。

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ロスタイムにスクラム戦で激突。

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伏見工が栗林(ドラマでは栗原)のトライで決勝点!

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優勝の瞬間。

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「勝ったぞ~」

関連タグ: スクールウォーズ

テーマ:懐かしドラマ - ジャンル:テレビ・ラジオ

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