雅羅倶多館

1960~80年代のテレビドラマや映画を中心にあらすじや感想を書いています。

谷ゆき子のバレエ漫画

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「超展開バレエマンガ 谷ゆき子の世界」(2016年)「完全復刻・超展開バレエマンガ バレエ星」(17年)立東舎刊

"幻の漫画家"谷ゆき子の紹介本と復刻本である。

谷ゆき子は1960年代後半から70年代中盤にかけての約10年間、つまり昭和40年代に「小学二年生」など小学館の各学年誌で複数のバレエ漫画を連載していた漫画家だった。読者の対象年齢で言うと現在の50代(自分もその一人)が小学生だった時代である。
それぞれの作品はたいていの場合「小学一年生」1月号あたりから連載がスタートして、「小学二年生」「小学三生」と学年が上がっても続き、「小学四年生」で完結していた。作者の側から言うと、谷ゆき子は常時「小学二年生」「小学三生」「小学四年生」の3誌に掛け持ちでバレエ漫画を描いていたわけである。

*学年誌に掲載された谷ゆき子の漫画(左は対象読者)
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内容的には、どの作品も殆ど同じようなストーリーだったようである。
まず主人公はバレリーナを目指す少女で、小さい妹がいる場合が多い。母親は元バレリーナで、どういうわけか父親はいない。しかもその母親が突然死んだり記憶喪失で行方不明になったりして、主人公(と妹)は貧乏やみなし児になってしまうのである。
一方でバレエの修行は、何故か滝に打たれたり断崖絶壁の上で練習したりと、意味不明で過酷なものばかり。更に主人公には必ずいじわるなライバルがいて、いじめやいやがらせを受け、時には生死も危うい目にさえ遭う。
こうして次々起り来るもろもろの不幸と試練に耐えながらも、主人公は立派なバレリーナを目指すのだ。まるで後年の大映ドラマを髣髴とさせるストーリー展開だったのだが、読者である全国の小学生は毎回主人公の悲しい運命に胸を痛めその行く末を案じながら、読んだものなのである。
ちなみに少女漫画だからメインの読者は女の子だったのだろうが、勿論自分のような男の子でも読んでいた。谷ゆき子のバレエ漫画は当時の学年誌で藤子不二雄の「ドラえもん」と並び絶大な人気を誇っていたのである。
ところがそれほどの存在でありながら、いつしか幻の漫画家になってしまった。
原因はまず、ほぼ学年誌でしか活動しなかったので、当時の学年誌の読者以外は作品を目にする機会がなかったことにある。しかも、76年に学年誌での活動が終了すると、その後は一般の少女漫画雑誌に進出することもなく、ぷっつりと消息を絶ってしまった。そして何故か作品はただの一度も出版されたことがないために当時の読者の遠い記憶の中にのみ存在する漫画家と化してしまったのだ。
だが、インターネットの時代になると、少しずつ断片的な情報が入るようになり、やがて谷ゆき子が既に亡くなっていることなどが判明した。中でも最も衝撃的だったのは、谷ゆき子は生前に作品の原画を悉く処分してしまい、小学館にも一切残っていないと言う事実だった。どうりで出版されないはずで、しようにもできなかったのだ(現に、当時の担当編集者が出版を企画したこともあったが、原画を発見できずに断念したらしい)。
そう言うわけで、もう二度と谷ゆき子の作品を見ることはできないと思っていたのだが、一昨年に谷ゆき子の作品と人となりを詳しく紹介した「谷ゆき子の世界」が出版され、関係者や遺族などの証言でストーリーの制作秘話や谷ゆき子が繊細な絵柄とは裏腹に意外な性格の人だったことがわかった。
これだけでも驚きだったのだが、更に昨年には、遂に学年誌連載作品のひとつである「バレエ星」が単行本化されたのだ。「バレエ星」は「小学二年生」1969年1月号~「小学四年生」1971年12月号連載なので、実にほぼ半世紀ぶりの復刻になったわけだ。
原画が存在しないため、復刻には当時の掲載学年誌からスキャンして起こす作業が行われたようである。おかげでページの欄外に印刷された読者からの投稿「かすみちゃん(主人公の名前)、まけないでね」や「わたしは『バレエ星』をよむと、なみだがぼろぼろでます」等等や、編集者が書いたアオリ文句まで復刻されているので、当時の学年誌の雰囲気もわかって面白い。ただ作業に要する金と時間と手間を考えると、全ての学年誌掲載作品を復刻して刊行するのは難しいかもしれない。
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ちなみにこれは「小学二年生」1968年12月号の付録だったソノシート「白鳥の星の歌」


「白鳥の星」は「バレエ星」世代より1学年上の子が読んでいた「小学二年生」1968年4月号~「小学四年生」1970年8月号に連載された作品だが、別にアニメ化されたわけでもないのに何故かソノシートのみの主題歌が存在したのである(それにしてもなんて暗い歌だ・・・)。 ほかにも学年誌の付録には主人公の着せ替え紙人形などがあったようだ。

参考リンク:
小学館の学年誌におけるバレエ漫画・絵物語と関連記事リスト
学年誌まんが照会
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テーマ:漫画 - ジャンル:アニメ・コミック

藤圭子と『おろち』

歌手の藤圭子さんが亡くなったそうです。マスコミは自殺と伝えています。

藤圭子さん、飛び降り自殺か…死亡を確認
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20130822-OYT1T00575.htm

いったい何があったんでしょうか…。
ともあれ、お悔やみを申し上げます。

藤圭子さんと言えば若い人には「宇多田ヒカルの母親」と言ったほうが分りやすいでしょう。
でも私なんかは未だに「『藤圭子の娘』が宇多田ヒカル」と思ってしまうし、藤圭子さん本人については、いつも能面のような無表情で歌っていた30年以上前のイメージで止まっています。
そしてもうひとつ、楳図かずおの恐怖漫画『おろち』の主人公おろちです。
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長い髪、無表情、美少女、…。
子供の頃コミックスで『おろち』を読んだ時、即座に「藤圭子だ!」と思いました。
尤もその頃の藤さんは、美少女と言うには少しトウが経っていたんですけど、イメージはピッタリでした。
しかも最終章「血」では、「百年に一度の眠り」に就いてしまったおろちの意識が「おろちそっくりの少女」に憑依するのですが、その少女の職業が「流しの演歌歌手」で、名前も「圭子」ならぬ「佳子」。
これはどう考えたって「おろち(の容姿)のモデルは藤圭子」でしょう。
或いは最初は偶然だったのかもしれませんが、少なくとも終盤は作者自身も意識して描いていたとしか思えないですね。
なので「もし『おろち』を実写ドラマ化するなら藤圭子で…」なんて妄想していたものです。

実は「おろち=藤圭子」と思っていたのは私だけでなく、雑誌連載当時から読者の間では評判になっていたそうです。それどころか、藤圭子自身が芸能雑誌でおろちに扮した写真を撮影して掲載していた、と言う情報すらあります。

「『平凡』の9月号で、藤圭子が、今度はおろちのかっこうで登場する。右手の包帯もちゃんとまいて、おろちそっくりだよ」(『少年サンデー』1970年8月9日号)
http://www.kanazawa-bidai.ac.jp/~hangyo/hobby/white/orochi/oro_sun.htm

つまり藤圭子自身の側では、自分がおろちに似ていることを十分認識していたわけです。

後に宇多田ヒカルがデビューした時、「母親に似てないから、おろち役は無理だな」と私自身の勝手な「妄想」キャスティングから外し、何年か前に実際に『おろち』が実写化された時も「やはり昔の藤圭子でなければ・・・」とダメ出ししていました。尤も仮に藤さんで実現していたとしても、それはそれで「違うな~」と思ったかもしれませんけどね。


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「巨人の星」と坂本龍馬

漫画『巨人の星』(梶原一騎・作/川崎のぼる・画)で、主人公・星飛雄馬を父・一徹が次のように諭す場面があります。

竜馬はこういった。
"いつ 死ぬか わからないが
いつも 目的のため 坂道を 上っていく。
死ぬときは たとえ どぶの中でも
前のめりに 死にたい"
…と

(講談社文庫版第4巻、259P)

一徹の語った、この「坂本竜馬の言葉」に感動した飛雄馬は、その後も何かあると
「俺も竜馬のように、死ぬ時は前のめりに死にたい!」
と言って自らを奮い立たせます。しかもその際にはご丁重にも、「どぶの中で前のめりになって死ぬ竜馬」の姿が描かれているのです。なので私は子供の頃にアニメでこのエピソードを見て以来、長いこと「龍馬は路上で襲われ、ドブに落ちて死んだんだ」と思い込んでいました。
無論、実際の龍馬は屋内で襲われて死んだわけだし、そもそも龍馬が「どぶの中でも前のめりに死にたい」などと言ったという記録自体がどこにもないようです。すると例によってカジ先生お得意の捏造、創作の類であったのでしょうか?
wikipediaの「星一徹」の項目にも、
「一徹が飛雄馬に教えた坂本龍馬の台詞『死ぬときはどぶの中でも前のめり』は出典不明」
と書いてあります。
なので真相は不明ですが…
ただ、たぶん梶原一騎はこれをヒントにしたのではないか…と推測しているものがあります。
それは例の司馬遼太郎の『竜馬がゆく』です。
と言うのもこの中で、竜馬の次のような台詞があるんです。

志を持って天下に働きかけようとするほどの者は、自分の死骸が溝っぷちに捨てられている情景をつねに覚悟せよ。
勇気ある者は自分の首が無くなっている情景をつねに忘れるな。
そうでなければ、男子の自由は得られん。

(文春文庫版第4巻、368P)

「自分の死骸が溝っぷちに捨てられている情景をつねに覚悟せよ」と
「死ぬときは、たとえどぶの中でも前のめりに死にたい」
…どうです、かなり似てるでしょ。
なので、『竜馬がゆく』を読んで「死骸が溝っぷちに捨てられている…」にインスパイアされたカジ先生が、ちょっと変えて「死ぬときはどぶの中でも前のめりに死にたい」にしたのではないか、と言うのが私の推測です。
時期的にも、『竜馬がゆく』が連載されたのが昭和38年から41年、『巨人の星』は昭和41年から46年なので、まさに直前です。梶原一騎が『竜馬がゆく』を読んでいた証拠は何もありませんが、坂本龍馬像を確立したと言われているほどの人気小説ですから、読んでいてもおかしくはありません(『竜馬がゆく』は昭和40年にTBSで、43年にはNHKで大河ドラマ化もされています)。
ちなみに『竜馬がゆく』での竜馬の台詞「自分の死骸が溝っぷちに捨てられている…」は、『孟子』の中の孔子の言葉、

志士は溝壑に在るを忘れず、勇士は其の元を喪うを忘れず(志士不忘在溝壑 勇士不忘喪其元)

が出典ですが、実際に竜馬がそのような言葉を口にしたと言う記録はないようですので、この部分は司馬の創作でしょう。
司馬と梶原が、偶然にもそれぞれ別個に孔子の言葉から竜馬の言葉を創作した、と言うのでは話が出来すぎです。やはり『竜馬がゆく』を読んだ梶原が、てっきり竜馬の言葉だと思い込んで『巨人の星』で応用してしまった、と考えるのが自然でしょう。


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ガラスの仮面

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「ガラスの仮面」(美内すずえ)を知ったのは、テレビアニメがきっかけでした。
勿論最近のものではなく、第一回目のアニメ化です。私は男だし、少女漫画にも興味のないタイプなので、それまでこの作品のことはたぶん知らなかったでしょう。偶々テレビをつけた際に、
「ガラスのようにもろく壊れやすい仮面。人は素顔を隠してそれを被る…」
と言う、何やら思わせぶりなOPナレーションに惹かれて見入ってしまい、結局最後まで観てしまいました。
尤も、この時のアニメ化で扱われていたのは原作の初期、コミックスで言うと11巻か12巻の、確か「奇跡の人」の舞台あたりまでで話が終わっていたように記憶しています。なので、思いっ切り消化不良。「紅天女」はどうなった?マヤちゃんと速水さんは?と気になり、これは原作を読まずばなるまい!とコミックスを買い込んで、読み耽った次第です。
その時点でコミックスは既に26巻ぐらいまで出ていたのかな。連載8年目ぐらいですから、物語はかなり進行していて、と言うより、そろそろ佳境に近づいている感じでしたね。…って、まさか、いまだに完結しないとは夢にも思いませんでした^^;
マヤちゃんや桜小路クンと同年代だった私も、とっくに速水さんの年齢を越してしまいました。今の年齢に近いのは姫川歌子…男だと「劇団オンディーヌ」の小野寺?トホホ…せめて月影先生や速水の親父さんに達する前に完結して欲しいものです^^;
それはともかく、山あり谷ありの大河演劇ロマンと言ってもいい長編漫画ですから、見所、読み所は数え切れないです。私個人が特に好きなのは18巻から23巻あたり。芸能界を失脚したマヤが学園裏倉庫の一人芝居で再起し、更に野外劇場の舞台を経て、復活を遂げる展開です。挫折から創意工夫を重ね、周囲の励まし、協力で再起するストーリーは、誰が読んでも共感し易い部分ではないでしょうか。
既に指摘されていることでしょうが、この漫画はスポ根演劇漫画、演劇界の「巨人の星」の如き要素があります。喩えて言えば北島マヤ=星飛雄馬、姫川亜弓=花形満、月影千草=星一徹…マニアックなところで憎まれ役の乙部のりえ=速水譲次とか(違うか)。叩き上げのマヤちゃんより、エリートの亜弓さんの方がしゃかりきになって「ライバル」「ライバル」と一人で騒いでいるところも似ています。

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「私のライバル…!」白目を剥く亜弓さん。

あと個人的には、「水戸黄門」の要素もあるんじゃないかと思っているんですが。どこにでもいる平凡な少女が実は「あの助演女優賞を取った!」「『紅天女』候補の!」「天才演劇少女・北島マヤ!!」と知って周囲が驚愕する様は、まさに、田舎爺が実は天下の副将軍!と言うパターンそのもの。これぞ日本人好みのスパイスなのではないかと思われます(ほんまかいな)

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マヤの正体(?)を知って一同仰天!


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火の鳥(手塚治虫)

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手塚治虫が「ライフワーク」と位置づけていた「火の鳥」は、様々なバージョンが出版されています。これは1977年にた朝日ソノラマの『マンガ少年』別冊として1978年に発行された「望郷編」です。
「火の鳥」は最も遠い過去と未来から交互に物語が展開して徐々に現在に近づく、という壮大なスケールで構想された大作ですが、結局、手塚の死によって未完に終ってしまいました。そもそもこの作品は掲載誌が悉く廃刊・休刊になってしまうという不運というかジンクスにつきまとわれ、この『マンガ少年』(1976年創刊)もやがて休刊の憂き目を見てしまいました(ちなみに「火の鳥」はその後角川書店の『野性時代』で書き継がれましたが、手塚死後に雑誌のサイズが小さくなってしまい、「火の鳥の祟りか」と言われたとか)

手塚治虫は真面目なストーリー漫画の中で時々流行ネタのギャグを差し挟むことが多いです。例えばこの「火の鳥・ヤマト編」(1968-69年連載)の中の次のシーン。
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「長島も王もいる川上タケルの巨人クマソ!」
これは当時の読売ジャイアンツ、つまり巨人の川上監督、王選手、長島選手に因んだダジャレです。
その下のコマ、
「飲んでますか?」
これは俳優・三船敏郎の出演していたアリナミン(胃腸薬)のCMです。
と言っても、こういう時事ネタは、後になってしまったら、何のことやらわかりませんね。私も子供の頃に初めてこれを読んだとき、川上や王・長島はわかりましたが、アリナミンのCMは既に理解不能でした。作者自身も気になったらしく、その後に発行された版では別の台詞に変えられていたようです。


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