藤圭子と『おろち』

歌手の藤圭子さんが亡くなったそうです。マスコミは自殺と伝えています。

藤圭子さん、飛び降り自殺か…死亡を確認
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20130822-OYT1T00575.htm

いったい何があったんでしょうか…。
ともあれ、お悔やみを申し上げます。

藤圭子さんと言えば若い人には「宇多田ヒカルの母親」と言ったほうが分りやすいでしょう。
でも私なんかは未だに「『藤圭子の娘』が宇多田ヒカル」と思ってしまうし、藤圭子さん本人については、いつも能面のような無表情で歌っていた30年以上前のイメージで止まっています。
そしてもうひとつ、楳図かずおの恐怖漫画『おろち』の主人公おろちです。
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長い髪、無表情、美少女、…。
子供の頃コミックスで『おろち』を読んだ時、即座に「藤圭子だ!」と思いました。
尤もその頃の藤さんは、美少女と言うには少しトウが経っていたんですけど、イメージはピッタリでした。
しかも最終章「血」では、「百年に一度の眠り」に就いてしまったおろちの意識が「おろちそっくりの少女」に憑依するのですが、その少女の職業が「流しの演歌歌手」で、名前も「圭子」ならぬ「佳子」。
これはどう考えたって「おろち(の容姿)のモデルは藤圭子」でしょう。
或いは最初は偶然だったのかもしれませんが、少なくとも終盤は作者自身も意識して描いていたとしか思えないですね。
なので「もし『おろち』を実写ドラマ化するなら藤圭子で…」なんて妄想していたものです。

実は「おろち=藤圭子」と思っていたのは私だけでなく、雑誌連載当時から読者の間では評判になっていたそうです。それどころか、藤圭子自身が芸能雑誌でおろちに扮した写真を撮影して掲載していた、と言う情報すらあります。

「『平凡』の9月号で、藤圭子が、今度はおろちのかっこうで登場する。右手の包帯もちゃんとまいて、おろちそっくりだよ」(『少年サンデー』1970年8月9日号)
http://www.kanazawa-bidai.ac.jp/~hangyo/hobby/white/orochi/oro_sun.htm

つまり藤圭子自身の側では、自分がおろちに似ていることを十分認識していたわけです。

後に宇多田ヒカルがデビューした時、「母親に似てないから、おろち役は無理だな」と私自身の勝手な「妄想」キャスティングから外し、何年か前に実際に『おろち』が実写化された時も「やはり昔の藤圭子でなければ・・・」とダメ出ししていました。尤も仮に藤さんで実現していたとしても、それはそれで「違うな~」と思ったかもしれませんけどね。
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「巨人の星」と坂本龍馬

漫画『巨人の星』(梶原一騎・作/川崎のぼる・画)で、主人公・星飛雄馬を父・一徹が次のように諭す場面があります。

竜馬はこういった。
"いつ 死ぬか わからないが
いつも 目的のため 坂道を 上っていく。
死ぬときは たとえ どぶの中でも
前のめりに 死にたい"
…と

(講談社文庫版第4巻、259P)

一徹の語った、この「坂本竜馬の言葉」に感動した飛雄馬は、その後も何かあると
「俺も竜馬のように、死ぬ時は前のめりに死にたい!」
と言って自らを奮い立たせます。しかもその際にはご丁重にも、「どぶの中で前のめりになって死ぬ竜馬」の姿が描かれているのです。なので私は子供の頃にアニメでこのエピソードを見て以来、長いこと「龍馬は路上で襲われ、ドブに落ちて死んだんだ」と思い込んでいました。
無論、実際の龍馬は屋内で襲われて死んだわけだし、そもそも龍馬が「どぶの中でも前のめりに死にたい」などと言ったという記録自体がどこにもないようです。すると例によってカジ先生お得意の捏造、創作の類であったのでしょうか?
wikipediaの「星一徹」の項目にも、
「一徹が飛雄馬に教えた坂本龍馬の台詞『死ぬときはどぶの中でも前のめり』は出典不明」
と書いてあります。
なので真相は不明ですが…
ただ、たぶん梶原一騎はこれをヒントにしたのではないか…と推測しているものがあります。
それは例の司馬遼太郎の『竜馬がゆく』です。
と言うのもこの中で、竜馬の次のような台詞があるんです。

志を持って天下に働きかけようとするほどの者は、自分の死骸が溝っぷちに捨てられている情景をつねに覚悟せよ。
勇気ある者は自分の首が無くなっている情景をつねに忘れるな。
そうでなければ、男子の自由は得られん。

(文春文庫版第4巻、368P)

「自分の死骸が溝っぷちに捨てられている情景をつねに覚悟せよ」と
「死ぬときは、たとえどぶの中でも前のめりに死にたい」
…どうです、かなり似てるでしょ。
なので、『竜馬がゆく』を読んで「死骸が溝っぷちに捨てられている…」にインスパイアされたカジ先生が、ちょっと変えて「死ぬときはどぶの中でも前のめりに死にたい」にしたのではないか、と言うのが私の推測です。
時期的にも、『竜馬がゆく』が連載されたのが昭和38年から41年、『巨人の星』は昭和41年から46年なので、まさに直前です。梶原一騎が『竜馬がゆく』を読んでいた証拠は何もありませんが、坂本龍馬像を確立したと言われているほどの人気小説ですから、読んでいてもおかしくはありません(『竜馬がゆく』は昭和40年にTBSで、43年にはNHKで大河ドラマ化もされています)。
ちなみに『竜馬がゆく』での竜馬の台詞「自分の死骸が溝っぷちに捨てられている…」は、『孟子』の中の孔子の言葉、

志士は溝壑に在るを忘れず、勇士は其の元を喪うを忘れず(志士不忘在溝壑 勇士不忘喪其元)

が出典ですが、実際に竜馬がそのような言葉を口にしたと言う記録はないようですので、この部分は司馬の創作でしょう。
司馬と梶原が、偶然にもそれぞれ別個に孔子の言葉から竜馬の言葉を創作した、と言うのでは話が出来すぎです。やはり『竜馬がゆく』を読んだ梶原が、てっきり竜馬の言葉だと思い込んで『巨人の星』で応用してしまった、と考えるのが自然でしょう。

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ガラスの仮面

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「ガラスの仮面」(美内すずえ)を知ったのは、テレビアニメがきっかけでした。
勿論最近のものではなく、第一回目のアニメ化です。私は男だし、少女漫画にも興味のないタイプなので、それまでこの作品のことはたぶん知らなかったでしょう。偶々テレビをつけた際に、
「ガラスのようにもろく壊れやすい仮面。人は素顔を隠してそれを被る…」
と言う、何やら思わせぶりなOPナレーションに惹かれて見入ってしまい、結局最後まで観てしまいました。
尤も、この時のアニメ化で扱われていたのは原作の初期、コミックスで言うと11巻か12巻の、確か「奇跡の人」の舞台あたりまでで話が終わっていたように記憶しています。なので、思いっ切り消化不良。「紅天女」はどうなった?マヤちゃんと速水さんは?と気になり、これは原作を読まずばなるまい!とコミックスを買い込んで、読み耽った次第です。
その時点でコミックスは既に26巻ぐらいまで出ていたのかな。連載8年目ぐらいですから、物語はかなり進行していて、と言うより、そろそろ佳境に近づいている感じでしたね。…って、まさか、いまだに完結しないとは夢にも思いませんでした^^;
マヤちゃんや桜小路クンと同年代だった私も、とっくに速水さんの年齢を越してしまいました。今の年齢に近いのは姫川歌子…男だと「劇団オンディーヌ」の小野寺?トホホ…せめて月影先生や速水の親父さんに達する前に完結して欲しいものです^^;
それはともかく、山あり谷ありの大河演劇ロマンと言ってもいい長編漫画ですから、見所、読み所は数え切れないです。私個人が特に好きなのは18巻から23巻あたり。芸能界を失脚したマヤが学園裏倉庫の一人芝居で再起し、更に野外劇場の舞台を経て、復活を遂げる展開です。挫折から創意工夫を重ね、周囲の励まし、協力で再起するストーリーは、誰が読んでも共感し易い部分ではないでしょうか。
既に指摘されていることでしょうが、この漫画はスポ根演劇漫画、演劇界の「巨人の星」の如き要素があります。喩えて言えば北島マヤ=星飛雄馬、姫川亜弓=花形満、月影千草=星一徹…マニアックなところで憎まれ役の乙部のりえ=速水譲次とか(違うか)。叩き上げのマヤちゃんより、エリートの亜弓さんの方がしゃかりきになって「ライバル」「ライバル」と一人で騒いでいるところも似ています。

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「私のライバル…!」白目を剥く亜弓さん。

あと個人的には、「水戸黄門」の要素もあるんじゃないかと思っているんですが。どこにでもいる平凡な少女が実は「あの助演女優賞を取った!」「『紅天女』候補の!」「天才演劇少女・北島マヤ!!」と知って周囲が驚愕する様は、まさに、田舎爺が実は天下の副将軍!と言うパターンそのもの。これぞ日本人好みのスパイスなのではないかと思われます(ほんまかいな)

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マヤの正体(?)を知って一同仰天!

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火の鳥(手塚治虫)

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手塚治虫が「ライフワーク」と位置づけていた「火の鳥」は、様々なバージョンが出版されています。これは1977年にた朝日ソノラマの『マンガ少年』別冊として1978年に発行された「望郷編」です。
「火の鳥」は最も遠い過去と未来から交互に物語が展開して徐々に現在に近づく、という壮大なスケールで構想された大作ですが、結局、手塚の死によって未完に終ってしまいました。そもそもこの作品は掲載誌が悉く廃刊・休刊になってしまうという不運というかジンクスにつきまとわれ、この『マンガ少年』(1976年創刊)もやがて休刊の憂き目を見てしまいました(ちなみに「火の鳥」はその後角川書店の『野性時代』で書き継がれましたが、手塚死後に雑誌のサイズが小さくなってしまい、「火の鳥の祟りか」と言われたとか)

手塚治虫は真面目なストーリー漫画の中で時々流行ネタのギャグを差し挟むことが多いです。例えばこの「火の鳥・ヤマト編」(1968-69年連載)の中の次のシーン。
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「長島も王もいる川上タケルの巨人クマソ!」
これは当時の読売ジャイアンツ、つまり巨人の川上監督、王選手、長島選手に因んだダジャレです。
その下のコマ、
「飲んでますか?」
これは俳優・三船敏郎の出演していたアリナミン(胃腸薬)のCMです。
と言っても、こういう時事ネタは、後になってしまったら、何のことやらわかりませんね。私も子供の頃に初めてこれを読んだとき、川上や王・長島はわかりましたが、アリナミンのCMは既に理解不能でした。作者自身も気になったらしく、その後に発行された版では別の台詞に変えられていたようです。

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1・2のアッホ!!(コンタロウ)

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コンタロウ『1・2のアッホ!!』です。
この作品は1975年から78年まで「週刊少年ジャンプ」に連載された、風刺とパロディを特徴としたギャグ漫画でした。
特に「王貞治」のパロディ「陽打治(よううちはる)」は秀逸で、ON、つまり王、長嶋と言う球界の偉人を徹底的に茶化した漫画はこれが初めてでしょう。

私個人的にはこの漫画の愛読者だったのですが、時事ネタのギャグなどが今では古臭いせいなのか、残念ながら現在、復刻もされていないようです。

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陽打治と流目(長嶋)監督

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この漫画の定番のギャグ、オカユを食べさせるシーン。バラエティー番組「シャボン玉ホリデー」の中で演じられていた有名なギャグのパロディです。
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