ジャイアント馬場激動の30年-君は32文キックを見たか-

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1990年9月に放送されたジャイアント馬場のデビュー30周年記念特番。
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日曜午後の放送だったにもかかわらず視聴率10%超えを記録し根強い馬場人気を証明しました。
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内容は馬場の歴史をその時々の時代世相と重ね合わせながら振り返り、馬場本人へのインタビューや関係者の証言を交えた構成。
ちなみに入門時の写真で横に映っている猪木への言及はなく、馬場の歴史を語る上で「BI砲」の存在は一切無視されるなど当時の冷戦模様を窺わせましたが、話が日本プロレス分裂-全日本プロレス設立まで及んだ際には「猪木、新日本プロレス設立」の写真とテロップが出て驚きました。
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VTRで紹介された試合は日本プロレス時代の対フリッツ・フォン・エリック、ボボ・ブラジル(画像)、ジーン・キニスキー、ブルーノ・サンマルチノ、ドリー・ファンク・ジュニア戦。全日本プロレス時代のジャック・ブリスコ、スタン・ハンセン、ハーリー・レイス戦などのダイジェスト。
日プロ時代の馬場の試合を見る機会は滅多になかったので貴重でした。
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32文キックについて語る往年のプロレス実況アナウンサー清水一郎氏。
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馬場の30周年を祝して来日したライバルで親友のブルーノ・サンマルチノ。
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馬場へ祝福メッセージを送るスタン・ハンセン。
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タレントとしての活躍も紹介されました。
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エンディングで馬場への応援歌を捧げた麻雀仲間の松山千春。この頃はまだ髪の毛がありました。
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プロレス決定的瞬間大全集2

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1990年3月の番組改編期に「全日本プロレス中継」の枠内で放送された特別企画。
ちなみにパート1は87年秋の改編期に放送されたはず。
番組の構成は、視聴者からのアンケートはがきをもとにした全日本プロレスの名勝負ベスト10の発表を中心に、名場面集や珍場面集などをゲストとのトークを交えつつ紹介するというものでした。
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司会の若林健治アナ、ゲストのジャンボ鶴田。
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ゲストの吉村明宏、向井亜紀。
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向井亜紀は当時高田延彦と交際中。「鶴田選手がどういう練習しているのか、聞いて来いって言われたんですよ」と発言し、吉村が「誰に?」と聞くや否や鶴田が「高田選手でしょ!?」とツッコむ一幕もありました。
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視聴者からの投票結果の発表。全日本プロレスの試合が対象なのに何故か「猪木対ホーガン」も。
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投票で1位に輝いた名勝負は1977年のオープンタッグ決勝戦「ザ・ファンクス対ブッチャー、シーク」でした。
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珍場面集に登場した、番組対抗隠し芸大会で白雪姫に扮した時のジャンボ鶴田。
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お馴染みラッシャー木村のマイク特集もありました。
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エンディングはジョン・レノンの「イマジン」をBGMにデビット・フォン・エリック、ジェイ・ヤングブラッド、ハル園田ら若くして亡くなった名レスラーたちを紹介し、最後はブルーザー・ブロディの後ろ姿で。
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ブロディ死す

1988年7月17日、”超獣”ブルーザー・ブロディがプエルトリコで刺殺されると言う衝撃的な事件が発生しました。「ブロディ死す!」の報を受けて、全日本プロレスは急きょ19日の後楽園ホール大会でブロディ追悼のテンカウントゴングを実施し、その模様は7月24日(日曜日)の「全日本プロレス中継」で放送されるはずでした。
ところが。
なんと自衛隊の潜水艦なだしおと漁船の衝突事故が発生したため、プロレス中継は緊急報道番組に差し替えられてしまったんです。当時、不謹慎ながら「こんな時に余計な事故を起こしやがって!」と腹が立ったのを覚えています。尤もプロレス中継そのものは翌25日(月曜日)の夕方に振り替え放送されたのですが…。ちなみにこの時間帯は本来「あぶない刑事」再放送が行われる予定でした。なので「なんでプロレスなんか放送するんだ!」と思った人の方が多かったでしょうね^^;

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御大ジャイアント馬場がブロディの遺影を抱えてリングに上がります。
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リング下から険しい表情で見つめるブロディの盟友スタン・ハンセン。
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全選手がリング下に整列し追悼の10カウントとともに黙とうをささげました。
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ハンセンは高木功とのシングルマッチに登場。
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いつもと変わらぬブルロープで観客を蹴散らすパフォーマンスで入場します。
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試合そのものはハンセンが伝家の宝刀ラリアットで冷静に高木を一蹴。
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しかしその直後、遂にこらえきれなくなったハンセンはこぶしを高く突き上げてブロディの名前を連呼し始めます。
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観客もそれに和して場内に巻き起こる大ブロディコール!
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最後は両手を天にかざしたハンセン。
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更に帰り際で振り返ってもう一度ブロディの名を叫んだ涙声のハンセン。
実況の倉持隆夫アナ「なんだか僕たちも涙声になりますね」
解説の竹内宏介さん「男の友情ですねえ!」
最後の竹内さんのコメントがちょっと安っぽくて興醒めでした^^;
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ブルーザー・ブロディ日本ラストマッチ

”超獣”ブルーザー・ブロディが最後に来日したのは、1988年春の全日本プロレス「'88チャンピオン・カーニバル」でした。 ブロディは日本武道館でジャンボ鶴田からインターナショナルヘビー級王座を5年ぶりに奪取し、翌週は名古屋で谷津嘉章を一蹴して初防衛。 その翌週は大阪でPWF&UN王者の天龍源一郎と初の三冠統一戦を実現(結果は30分両者リングアウト)。結局、仙台でのリターンマッチで鶴田にインターを奪還されたもの、4週連続でテレビ中継のタイトルマッチでメインイベンターを務め、その凄さを見せつけました。
そして迎えた1988年4月22日、川崎体育館でのシリーズ最終戦。
この日ブロディはジミー・スヌーカとのタッグで天龍と阿修羅原のコンビ「龍原砲」の持つPWFタッグ王座に挑戦する予定でしたが、スヌーカの怪我で急きょパートナーをトミー・リッチに変更。結果的にはこれがブロディと天龍の最後の対戦、そしてブロディの日本での最後の試合になってしまいました。

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入場する天龍、原の「龍原砲」。
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方やブロディとリッチは即席コンビ。
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ブロディはチェーンを振り回し観客を蹴散らす独特のパフォーマンスで入場。
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PWFタッグ選手権。王者チーム・天龍&原vs挑戦者チーム・ブロディ&リッチの一戦です。
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元NWA王者(だだし3日間だけ)の”野生の炎”トミー・リッチ。
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”超獣”ブルーザー・ブロディ。
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”ヒットマン”阿修羅原。
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”風雲昇り龍”天龍源一郎。
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原とリッチの先発で試合開始。
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グラウンドで天龍を締め上げるリッチ。
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睨み合う天龍とブロディ。
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ブロディのギロチンドロップが天龍に炸裂。
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そしてドロップキックで天龍を吹き飛ばします。
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しかし最後は天龍のパワーボムがリッチに決まり3カウント。
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収まらないブロディが天龍に襲い掛かります。止めに入るセコンドは川田利明とサムソン冬木。
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チェーンで天龍を締め上げるブロディ。
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更に観客席へ雪崩れ込んで大暴れ。
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まさかこれが最後の雄姿になろうとは知る由もなく、次の来日を楽しみにしていたのですが…。
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福澤朗の「プロレスニュース」2

「プロレスニュース」で脚光を浴びた福澤朗アナウンサーはやがてバラエティアナとして重宝され、1991年後半から「全国高等学校クイズ選手権」「アメリカ横断ウルトラクイズ」、そして「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」の司会を任されるなど、あっという間に日テレの看板アナに上り詰めます。
こうなればさっさとプロレスからおさらばしてバラエティに専念するだろう…と言う予想に反して、意外にもプロレス実況も継続。

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副音声ゲストにアイドルを招いてセクハラまがいに密着しながら実況するなど、ますますやりたい放題(隣は立花理佐)

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それまで「NNNニュース」などのスタジオに間借りして行っていた「プロレスニュース」にも専用の特設セットが完成します。

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「プ、プ、プ、プロレスクイ~ズ」などの新企画で攻めまくり、「全日本プロレス中継」の視聴率は日曜深夜としては異例の8%台を記録。 自信を深めた福澤アナは「視聴率10%を達成できなかったら小橋健太のムーサルトプレスを受ける!」と公言(結局10%には届かず、「毎分視聴率が10%を超えた瞬間があった」と言うことで逃げましたが)

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翌92年には「プロレスニュース・プラス1」へと衣替え。

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ただし折角の専用セットが剥奪され放浪スタイルとなるも、相変らず福澤節は好調。

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しかしバラエティ番組で多忙な福澤アナは欠場も増え

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後輩アナが登板する機会も多くなります。

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当時入社1年目だった、後の元木大介夫人や、

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何故かこの2人まで登場。

ともあれ、当初の賛否両論を強引に吹き飛ばした「プロレスニュース」は「全日本プロレス中継」の名物コーナーとして完全に定着。
このまま永遠に続くかと思われました。
しかし94年3月…

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なんと福澤アナが狂信的なプロレスファンに刺されて収録中に殉職!

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突然あっけなく最終回を迎えました。

と言うのは勿論やらせで、実は「全日本プロレス中継」の放送時間枠が30分に短縮されたために「プロレスニュース」コーナーが廃止されたのですが、最後まで悪ふざけに徹する「プロレスニュース」らしい幕切れで4年間の歴史を閉じたのでした。
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