小説吉田学校・再見

「小説吉田学校」(1983年・フィルムリンク・インターナショナル・森谷司郎監督)再見していました。
物語は、敗戦直後の昭和20年代、「ワンマン」と言われた吉田茂首相(森繁久彌)と彼の弟子たち-佐藤栄作(竹脇無我)、池田勇人(高橋悦史)、田中角栄(西郷輝彦)、娘和子(夏目雅子)の夫・麻生太賀吉(村井国夫)ら通称「吉田学校」の人々と、吉田の宿敵鳩山一郎(芦田伸介)、河野一郎(梅宮辰夫)、三木武吉(若山富三郎)らとの政権抗争を描いた娯楽政治史ドラマです。

原作は政治評論家戸川猪佐武の同名ベストセラー小説。
「歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は茶番として」(カール・マルクス)
と言う言葉どおり、つい先日の総選挙では吉田茂の孫と鳩山一郎の孫との間で政権争奪戦が行われた挙句、最後は鳩山が勝ったのも同じです。それが茶番なのかどうかはともかくとして、映画だから美化されている点を考慮しても、この映画を観ていると孫より祖父、今より昔の政治家の方が偉く思えてしまうのは致し方のないところです。
ちなみにこの映画は封切当時に映画館で観ていますが、公開当時だと映画に扱われた時代からまだ30年後だったので劇中人物の多くは存命で現役でした。吉田とか鳩山はさすがにもう亡くなっていましたが、田中角栄、中曽根康弘(映画では勝野洋)、三木武夫(峰岸徹)、宮澤喜一(角野卓造)などはバリバリの第一線でした。
また、公開当時は「ニューリーダー」と言われた安倍晋太郎とか竹下登なんかが「ポスト中曽根」を伺っていた頃なので、映画の中にもちょろっと出てきます。昭和20年代はまだ無名だったはずなんですが。
そういう意味じゃ、公開当時に観た時はリアルに知ってる政治家たちがたくさん出ているせいもあって、別に「偉い」って感じにはなりませんでしたけどね。まあ、今も昔も政治家なんて所詮同じもんだっ、てね。
なのに20年経った今では田中も中曽根も、或いは竹下も安倍パパも、今現在の政治家より何となく偉く思えてしまうから不思議です。「昔は良かった」と言う懐古趣味な部分もあるんですけど、小林秀雄の言うような「死んだ人間の方が人間らしい形をしている」からなのかもしれません(おっと、中曽根はまだ存命か^^;)

映画に話を戻すと、映画の構成は、前半が吉田茂首相(森繁久彌)が艱難辛苦を乗り越え日本の講和独立を勝ち取るまで。後半が、宿敵鳩山一郎(芦田伸介)、特に鳩山派の謀将・三木武吉(若山富三郎)との抗争を描いた、事実上の二部構成となっています。
前半で日本がまだ敗戦国で占領軍(GHQ)統治下に置かれている時代はモノクロで描かれ、講和独立とともにカラーパートに移っています。つまりカラーになってからが今(公開当時)に繋がる「現代」。吉田茂が現代政治の楚を作ったと同時に、吉田vs鳩山の争いこそが自民党派閥抗争の原点であった、と意識させる効果を狙っていると思われます。

内容的には主役が吉田茂である以上、吉田派は概ね善玉の扱い。
しかし、美男子の佐藤栄作が竹脇無我と言うのはまだいいにしても、田中角栄が西郷輝彦って…。口髭生やして扇子バタバタさせている「角さん」のパブリックイメージに笑わされてしまうのですが、やっぱ西郷輝彦の「どてらい奴」的なキャラに重ね合わせたキャスティングだったのでしょうか。
一方、反吉田派は悪玉と言うわけではありませんが、人相の悪そうな顔触れが演じているのが特徴。
三木武吉=若山富三郎、河野一郎=梅宮辰夫、浅沼稲次郎=小池朝雄なんて、ヤクザ映画かと思いました。特に病床から起き上がる鳩山の背中に羽織をかける河野、その傍らで腕組みする三木武吉 …なんてシーンは、まさに老親分と若頭、叔父貴分ヤクザそのまんま!まあ政治家もヤクザも似たようなもんですけどね。。河野一郎とか三木武吉なんかは、実物の映像も見た事がありますが、ひょっとしたら二、三人殺してるんじゃと思わせるような凄みと迫力のある風貌していました。この点はふやけた顔つきの、近年の二世政治家と違うところです。
出演している役者さんでやはり上手いな~と思うのは、日和見の田舎代議士・廣川弘禅を演じた藤岡琢也と、吉田派の策士・松野鶴平を演じた小沢栄太郎。いかにも下品で小狡い小狸の藤岡と憎たらしい狸親父の小沢。こういう癖のあるキャラクターを演じられる役者さんがいるといないとでは人間群像劇の幅が雲泥に違いますね。


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傷だらけの山河

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山本薩夫監督の社会派人間ドラマ(1964年・大映・山本薩夫監督)

物語。有馬勝平(山村聰)は鉄道、不動産、百貨店などを手がける西北グループの総帥。これまで非情な手段で事業を拡大してきた。関東開発の香月(東野英治郎)とは長年の競争関係にある。勝平には家族のほかに妾が3人とその子供たちがいる。或る日、勝平は会議にお茶を出しにきた会社の事務員・福村光子(若尾文子)を気に入り4人目の妾にする…

カネに、事業に、女にと貪欲な実業家とその一家を描いている点で、同監督による後年の「華麗なる一族」(1974年)を連想させる作品です。
主人公・有馬勝平には本宅に長男(北原義郎)、次男(高橋幸治)、そして娘婿(船越英二)がいて、長男だけは社長として会長の勝平を助けていますが、次男は精神病院に入退院を繰り返す社会的廃人。妻にコンプレックスを抱いている娘婿もやがて事業上の失策で勝平から縁を切られてしまいます。更に、妾の2人の子供も父親を疎んじていて離反。
しかし家族が崩壊して行っても勝平の欲望は衰えを知らず、勲章を貰い、学校経営に乗り出し、更に4番目の妾・若尾文子に逃げられても5番目の妾・滝瑛子を手に入れてご満悦。家族や他人がどうなろうと、あくなき事業欲で遮二無二突き進みます。ただ、それを演じているのが見かけは温厚で上品な山村聰だけにあまり悪辣な感じはしません(佐分利信だったらもっと憎々しい感じが出たでしょうが)。演出の意図はさておき、良きにつけ悪しきにつけこう言う人物が戦後日本を発展させてきたのが現実なのだと納得させられます(ちなみにモデルは西武グループ創始者の堤康次郎だと言われています)。
若尾が父親の妾とも知らず愛してしまい精神に異常を来たす繊細な次男の役が高橋幸治。「太閤記」の信長様でブレイクのするのはこの翌年なんですけど役柄は正反対。尤も、何せあの特異な風貌ですからどっちにしろノーマルな役柄ではありませんね^^;
山村に若尾を譲り渡す代わりにパリへ留学させてもらう情けない画家の夫の役が川崎敬三。それまで貧乏だった若尾が、愛人になった途端ゴージャスな毛皮を着てトーテムポールみたいな帽子を被っているのには笑えました。
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華麗なる一族

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華麗なる社会派エンターテイメント(1974年・芸苑社・山本薩夫監督)

物語。関西財界の雄・万俵財閥の一族を構成するのは、当主の大介(佐分利信)、妻の寧子(月丘夢路)、長男の鉄平(仲代達矢)、鉄平の妻・早苗(山本陽子)、次男の銀平(目黒祐樹)、次女の二子(酒井和歌子)、そして長女の一子(香川京子)とその夫で大蔵省主計局次長の美馬中(田宮二郎)たちである。更に、万俵家の執事兼家庭教師、実は大介の愛人である高須相子(京マチ子)もいた。
阪神銀行オーナー頭取である大介は、近い将来の金融界再編に先駆けて自行に有利な合併を実現すべく、娘婿の美馬らを使って画策していた。一方、阪神特殊鋼専務の鉄平は長年の夢であった高炉建設のため、大介に融資を依頼するとともに旧知の大同銀行頭取・三雲(二谷英明)にも協力を要請していた。大介は、阪神特殊鋼を意図的に倒産に追い込み大同銀行を吸収合併する計画を企てる。その背景には、鉄平の出生に関する重大な疑惑が隠されていた…

山崎豊子の原作を豪華なキャストとスケールの大きい演出で描いた社会派エンターテイメントの傑作。
私は政治物好きなので山本薩夫も大好きな監督なのですが(と言うほど見ていなかったりもしますが^^;)、おそらくヤマサツほど巨悪を魅力的に(本人の意に反して?)描いてしまった映像作家はいないでしょう。
政治家、財界人、高級官僚等、ヤマサツが描く権力者たちはリアルで憎たらしく、ことによれば本物より本物らしく、ヘンな話、政治家や役人たちがこれぐらい老獪冷酷かつ悪辣なのだったら案外日本は安泰なんじゃないかと思うぐらい。
この映画では一応、仲代の純粋で一途な青年実業家や二谷英明の清廉潔白な銀行頭取は「善玉」で、彼等を陥れる佐分利、田宮、更に小沢栄太郎の大蔵大臣、大滝秀治や金田龍之介の代議士たちは「悪玉」なんですが、後者の悪の魅力の方が勝ってしまい、ひ弱で無能なお人好しの仲代たちに同情する気があんまり起きなかったりします。
物語は万俵大介の金融界再編を巡る野望と、万俵家内部のドロドロした愛憎劇が交錯する形で進み、京マチ子の一人勝ちで終わるかに見えた家庭内の愛憎劇が最後で逆転し、一方万俵の目論見どおり進んだかに見える金融界再編自体も実は…という構造がパラレルになっている点が、厚みを与えていると思います。
ヤマサツの政財界物はこの後「金環蝕」(1975年)「不毛地帯」(1976年)へと引き継がれて行きますが、ドラマ性と言う部分で一番楽しめるのはやはりこの作品でしょう。

長い原作小説を映像化する場合、どこを縮めるかに脚本のセンスが現れますが、原作者がこだわっていたと言う大蔵委員会のだらだらした場面をカットして、代わりに野党と首相が裏取引する挿話を入れたのは正解。この野党はおそらく当時の社会党がモデルでしょうが、共産党員であるヤマサツにとっては社会党も「敵」なわけで、政府と野党が裏で繋がっているなれあい政治の実態をここまでストレートに描写したのは珍しいかも。
一方で、いくら大富豪でも普段の夕食の時からロングドレス着てスペイン料理(「オードブルはガンバス・エスパニョール!」)とか食べていたりしないだろうと思うのですが、作り手の方でもあえて「いかにも庶民の想像しそうなブルジョワの贅沢な生活」を描写しているのでしょうね。

佐分利信はド迫力。あの凄まじい形相は夢に見そうです。仲代は例によって目ん玉ひん剥いて血管切れそうな大芝居ですが、その力演があるからこそその後の哀れなピエロ振りが効果的になります。そして田宮二郎は本来鉄平役を熱望したと言いますが(「自分ならもっとうまく死ねるのに」とも)、キザで嫌みったらしく冷酷な官僚を演じきった存在感は大きいです。大映時代の大先輩・京マチ子とタイマン芝居を演じるシーンなどもファンとしては感慨深いです。
大同銀行の叩き上げ友情コンビ(西村晃、小林昭二)、お上品ぶった首相夫人(北林谷栄)、小心な小役人(五藤雅博)、強欲な土地成金農家(花沢徳衛)ら脇役・端役も素晴らしく、細部に至るまでヤマサツの人間描写が行き届いています。
ちなみに、映画版と同時期にテレビドラマ化もされていて、見たことはありませんが、万俵大介=山村聡、鉄平=加山雄三、銀平=林隆三、二子=島田陽子、美馬中=佐藤慶、寧子=久我美子、高須相子=小川真由美、三雲頭取=池部良、永田蔵相=山形勲等の配役だった模様。こちらの方も豪華だし、本物の華族出身の久我美子が寧子役とか、実生活でも会社を倒産させた加山雄三が鉄平役というのは面白いと言うか皮肉な配役ですね。
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生きものの記録

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原水爆の恐怖を描いた、黒澤流の反核映画(1955年・東宝・黒澤明監督)

物語。中島喜一(三船敏郎)は職工から叩き上げて町工場の主となり、正式の家族の他に妾2人とその子供3人も養っている、エネルギッシュな老人。しかし原水爆への恐怖から被害妄想に陥り、もはや地球上で安全な場所は南米しか思い込み、工場も財産も捨てて一家のブラジル移住を計画する。そのため息子(千秋実)たちから準禁治産者にされてしまうが…

この映画も10代の頃、夜中のテレビ放送で初めて見たのですが…以来10回以上繰り返して見ていますが、何度見てもわけがわかりません。晩年の黒澤も独りよがりで退屈な映画ばかり撮っていましたが、それらと違ってこれは面白いし、非常に惹き付けられます。でも反核のことを訴えるのになんでこういう描き方しなければならないのかが理解できないので、ずっと小骨が喉に突き刺さったままのような釈然としない思いを抱いていました。
で今般、あれこれ考えているうちにふと思い出したのは、黒澤監督が自作「生きる」(1952年)について語った言葉。

「僕は時々ふっと自分が死ぬ時のことを考える。すると、これではとても死に切れないと思って、居ても立ってもいられなくなる。もっと生きているうちにしなければならないことが沢山ある。こんな気がして胸が痛くなる。『生きる』という作品は、そういう僕の実感が土台になっている」(東宝事業部刊『黒澤明全作品集』より)

ああ、そうか、とこれを読んだ時、漸く少しわかった気がしました。この中の「自分が死ぬ時」を「原水爆」に置き換えるとこの「生きものの記録」になります。つまり「生きる」の主人公が「癌で余命あと半年」という現実に直面したのと同様に、この映画で三船扮する主人公の老人は「原水爆の恐怖」という問題を、まるで自分が癌宣告でも受けたかのように1人で引き受け、なんとかしようとするのです。この映画の特異な点(と言うか、ちょっとずれている点)はここにあるんですね。

さて「生きる」の主人公がまず家族の愛情にすがろうとして拒絶されたように、この映画の主人公も家族のことを考えますが、自分のことしか考えていない息子たちによって拒絶され準禁治産者にされてしまいます。原水爆がテーマなのに話が家族の問題として展開するのもこの映画の特異な点ですが、物語の根底が「生きる」と同じであると考えれば不思議はありません。それどころか、この時点で孤絶してしまった主人公はまさに癌宣告を受けた「生きる」と同様。
ところがそこからは話が全く逆の方向へと向かっていきます。

「死の恐怖」から逃れることばかり考えていた「生きる」の主人公は、やがて余命を公園建設に注ぎ、死後、町の人々から感謝されるのですが、この映画の場合、主人公は「原水爆の恐怖」から逃れようとして挙句に周りの人々まで巻き込んで破滅に追い込まれて行きます。「自分の死」という「個人」の問題から始まって「個人」の問題に終わっている「生きる」に対して、この映画は「原水爆」という個人でどうにもならない問題を自分1人で抱え込んでしまった結果、悲劇(見ようによっては喜劇)となって終わるのです。
ここから逆説的に導き出される結論は「原水爆の恐怖から逃れることは出来ないし、また個人の力で解決できる問題ではない」(=だから原水爆を無くすことをみんなで考えなければいけない)ということになるのでしょうか。
黒澤は前掲書の中でこの映画については「僕としてはやっぱりストレートに、真っ向からいくやり方をとるのが最もいいと思った」と言っているのですが、あまりにも事柄を「個人」の観点からストレートに捉えすぎたがために結論が非常に迂遠なものになっているのだとしたら皮肉なことだし、或いは黒澤という映画作家の特質を浮き彫りにしているのかもしれません。

主人公の70歳の老人を演じた三船敏郎は当時まだ35歳。特殊メイクなどない時代なのに、その表情、或いは所作、物腰は全く老人のそれ。特に、映画の後半ではあばら骨が見えるほど痩せ細り、弱弱しい老人になり切っています。前作「七人の侍」(1954年)の時は筋肉隆々だったのに、いったいどんな役作りをしたんだと驚く変貌です。三船をよく大根役者だなんて言いますが(確かに所謂「演技派」ではありませんが)とんでもない話で、この映画は三船の演技を見るだけでも価値があります。
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不毛地帯

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戦争に負けても誇りは失わなかった男が戦後ビジネスの世界で見たのは荒涼たる風景だった(1976年・芸苑社)

物語。11年間のシベリア抑留から帰国した元大本営参謀の壱岐正(仲代達矢)は近畿商事に入社。当時近畿商事は次期戦闘機選定を巡って東京商事と熾烈な競争下にあったが、戦争が心の傷になっている壱岐は当初、軍関係の仕事を避けている。しかし国防が政治家の利権絡みで決められてしまうことを憂える戦友の川又空将補(丹波哲郎)の勧告もありやがて商戦に参画。ライバル東京商事の鮫島(田宮二郎)を相手に、政界を巻き込んだ激しい売り込み工作を繰り広げて行く。最終的に商戦には勝った壱岐だが、その代償に失ったものは・・・

「華麗なる一族」(1974)「金環蝕」(1975)と続いてきた山本薩夫監督の政財界物の第3作です(原作は全部山崎豊子・・・?いや「金環蝕」だけ石川達三)。ただしエンターテイメントとしての醍醐味は作を追うごとに低下しシリアス度が上昇。
群像劇として展開された前2作に比べ本作は専ら壱岐1人が主役。特に前半は、軍関係の仕事を拒んでいた壱岐が何故戦闘機売り込みの商戦に携わるようになったのかという経緯を、途中シベリア時代の回想シーンなども織り交ぜつつ長々描いているのでちょっと退屈。仲代独特の陰々滅々たるマイナスパワーが炸裂します。
漸く面白くなってくるのは商戦が本格化する後半からですが、それでも陰気なトーンは相変わらずでなかなか話に乗っていけません。極めつけは、最後に商戦の犠牲となった川又が自殺か事故かわからない轢死を遂げ人間の原型をとどめないほどバラバラの肉片で発見されるという生々しくもやりきれない結末。これが現実と言ってしまえばそれまでですが、娯楽映画としてはどうしたものか。前2作ではさほどでなかったヤマサツの左翼プロパガンダもかなり露骨になっています。

近畿商事社長役の山形勲は、「巨悪」と言ったら真っ先にこの人が浮かぶ重厚な風格のある役者さん。敵役・防衛庁の貝塚官房長役の小沢栄太郎は嫌になるぐらい憎々しく、小沢の狸芝居が大好きな私でもこの映画に限っては投げ飛ばしてやりたい気分になります。
ちなみに貝塚のモデルとされる海原治は80年代始め「竹村健一の世相講談」ゲストで何度か見かけたことがあるので、へぇあの人が・・・と感慨深いです。モデルとなっている実在の政治家では
久松経企庁長官(大滝秀治)・・・迫水久常(元書記官長、池田内閣経企庁長官)
山城防衛庁長官(内田朝雄)・・・赤城宗徳(岸内閣防衛庁長官)
三島幹事長(杉田俊也)・・・川島正次郎(岸内閣幹事長)
原田空幕長(加藤嘉)・・・源田実(自衛隊空幕長、のち参院議員)
などは容易に推定できます。他にも、岸信介もどきの出っ歯の総理大臣はギャグに近いし、神田隆と久米明は「金環蝕」に引き続きそれぞれ佐藤栄作と池田勇人のそっくりさんで出演。
またヤマサツの社会派オールスター映画では脇役チョイ役にまで無駄に?有名俳優が出演しますが、この映画でも仲谷昇、山口崇、北大路欣也、山本圭、中谷一郎、石浜朗などが顔見せ。
一方、豪華男優陣に対して女優陣は八千草薫(壱岐の妻)、秋吉久美子(壱岐の娘)、そして藤村志保(川又の妻)の三人だけ。
ちなみに藤村志保さんにとっては大映倒産後初めての、6年ぶりの映画出演だったわけですが、出番は最後の最後にちょっとあるだけ、それも泣き役に過ぎないのでさしたる見所はありません。
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