プロ野球カード・松原誠

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カルビープロ野球カード。今回は大洋ホエールズ(現横浜ベイスターズ)の松原誠選手(1962-80大洋、81巨人)です。
大洋の主力打者として活躍し2000本安打を達成した名選手。また一塁守備の上手さにも定評がありました。ただ同時代の同じポジションに「世界の王」こと王貞治がいたために、一度もベストナインやゴールデングラブ(当時はダイヤモンドグラブ)に選ばれたことがないのは不運でした。
それにしても、このいかつい顔と、オレンジと緑のド派手な色(所謂「湘南カラー」)のユニホームが何ともアンバランス。こういう、見るからにオッサン顔の野球選手って、今はいなくなりましたな。


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刑事コロンボ

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「うちのカミさんがねえ・・・」と言う台詞が有名になった人気テレビドラマ・シリーズ。日本ではNHKで1972年から79年にかけて放送されました(その後日本テレビでも放送)。
この作品がヒットした理由は勿論、推理物としてしっかりしたドラマ構成、そしてコロンボ役ピーター・フォークの個性にもよりますが、日本では、やはりコロンボの声を吹き替えた小池朝雄のキャラに負うところが大きいでしょう。実際のピーター・フォークの声や喋り方は小池朝雄とは全然違うのですが、小池亡き後にコロンボ役の声を引き継いだ石田太郎も小池コロンボの台詞パターンを模倣していることからも明らかなように、コロンボ=P・フォーク+小池というのは既に切り離せないものになっています。
「刑事コロンボ」は二見書房からノベライズ版が出されていました。と言っても、これはそもそもがドラマですから原作の小説があるわけではなく、翻訳する際にシナリオを膨らませて小説化したものです。全部読んだわけじゃありませんが、微妙にドラマと違うところもあったように記憶しています。


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ゴジラ(1984年版)

9年ぶりに復活したゴジラの売り物は「原点に還った怖いゴジラ」でした。なので、私も楽しみにして映画館に行ったのですが・・・。残念ながら、良かったのは最初の5分間だけ。巨大フナムシの時点で早くも駄作の予感。以後は退屈で苦痛な時間が終わりまで続きました。
期待と現実がずれてしまった理由は、こっちは「怪獣映画」を見に行ったつもりだったのに、出てきたものは「災害パニック映画」だったことです。ゴジラ対策に苦慮する政府の姿は「日本沈没」だし、ビルに閉じ込められた田中健と沢口靖子の脱出ショーは「地震列島」。肝心の「ゴジラの脅威」が描かれていません。そもそも東京の都心部を再現した豪華な特撮セットを組んでいる割には、ゴジラが暴れまわって建物を破壊するシーンが殆どありませんでした。破壊しようにも、高層ビルより遥かに小さくなってしまったゴジラにはなすすべがなかった、と言った方が正確かもしれませんが。当時この情けない有様を見て、ああ、ゴジラも時代遅れになってしまったんだなあと思ったものです。
ゴジラが期待はずれなら、東宝自衛隊の活躍も不完全燃焼。スーパーXなる、架空の空飛ぶ要塞が登場しますが、やたら華々しいBGMがそぐわない見栄えの悪さ。一瞬、メカ巨大フナムシかと思いました。しかも、カドミウム弾をゴジラに飲み込ませる前段として照明弾を打ち上げてゴジラにあんぐり口をあけさせる…って、何をやってるんだか。リアリズムの意味をはき違いした細かい描写にこだわっているヒマがあったら、ほかにもっと描くべきことがあるでしょう。
米ソから核兵器使用を迫られた首相が非核三原則を説くシーンも白けました。東宝って、どうして為政者を奇麗事で描きたがるんですかね。
カメオ出演的な石坂浩二、ムッシュかまやつ、浮浪者役の武田鉄矢はシリアスを撮りたいのか荒唐無稽を撮りたいのか、製作意図を怪しくするものだったし、追い討ちをかけるようなエンディングの妙な英語の歌に激しく虚脱。友達複数と見に行ったんですけど、終わって劇場を出た後もしばらく無言で、お互い話題にするのをことさら避けるような、あのぎこちない間合いが忘れられません。

製作・配給/東宝 公開日/1984年12月15日
監督/橋本幸治 特技監督/中野昭慶
出演/小林桂樹 夏木陽介 田中健 宅間伸 沢口靖子 ほか
公開当時のパンフレットです。


この映画がデビュー二作目だった沢口靖子。素晴しい大根の演技を見せてくれました(笑)


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火の鳥(手塚治虫)

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手塚治虫が「ライフワーク」と位置づけていた「火の鳥」は、様々なバージョンが出版されています。これは1977年にた朝日ソノラマの『マンガ少年』別冊として1978年に発行された「望郷編」です。
「火の鳥」は最も遠い過去と未来から交互に物語が展開して徐々に現在に近づく、という壮大なスケールで構想された大作ですが、結局、手塚の死によって未完に終ってしまいました。そもそもこの作品は掲載誌が悉く廃刊・休刊になってしまうという不運というかジンクスにつきまとわれ、この『マンガ少年』(1976年創刊)もやがて休刊の憂き目を見てしまいました(ちなみに「火の鳥」はその後角川書店の『野性時代』で書き継がれましたが、手塚死後に雑誌のサイズが小さくなってしまい、「火の鳥の祟りか」と言われたとか)

手塚治虫は真面目なストーリー漫画の中で時々流行ネタのギャグを差し挟むことが多いです。例えばこの「火の鳥・ヤマト編」(1968-69年連載)の中の次のシーン。
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「長島も王もいる川上タケルの巨人クマソ!」
これは当時の読売ジャイアンツ、つまり巨人の川上監督、王選手、長島選手に因んだダジャレです。
その下のコマ、
「飲んでますか?」
これは俳優・三船敏郎の出演していたアリナミン(胃腸薬)のCMです。
と言っても、こういう時事ネタは、後になってしまったら、何のことやらわかりませんね。私も子供の頃に初めてこれを読んだとき、川上や王・長島はわかりましたが、アリナミンのCMは既に理解不能でした。作者自身も気になったらしく、その後に発行された版では別の台詞に変えられていたようです。


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プロ野球カード・高橋一三

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カルビープロ野球カード第三弾。巨人の高橋一三投手(1965-75巨人、76-83日本ハム)です。
ちなみに今現役の高橋尚成投手の背番号が今年から17→21に変わりましたが、これは原監督の「左のエース」になって欲しいという要望によるものだとか。「巨人の21番=左のエース」のルーツがこの高橋一三です。V9時代には2度の20勝(うち1度は最多勝)と活躍しました(漫画『巨人の星』にも登場しています)。
しかし1975年オフ、張本勲との1対2のトレード(巨人からは他に富田勲)で日本ハムに移籍。私自身がよく覚えているのもむしろ日ハム時代の頃です。81年のリーグ優勝に貢献し、日本シリーズでは古巣巨人と対戦しています。
このカードは1973年、V9当時のもので、前回の長嶋と同様、ひとからの貰いものです。


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プロ野球カード・長嶋茂雄


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「カルビープロ野球カード」の第2弾は"ミスター・ジャイアンツ"巨人の長嶋茂雄選手です(ちなみに当時は「長"島"」でしたが)。
尤も、私自身は長嶋の現役時代をよく知りません。このカードも自分で集めたわけではなく、後で誰か知り合いのお兄さんに貰ったものです。今調べてみたところ、カルビープロ野球カードの歴史は1973年から始まっており、これがその記念すべき第1枚目と2枚目だったようです(事実、カード裏の通しナンバーはそれぞれ「1」と「2」になっています)。いや、自分でも今の今まで気が付きませんでした。そういう意味では価値があるものなのかもしれませんが・・・ただ、残念なことに裏にペンで落書きがしてあるんですよね(><)私が書いたわけではなく最初からあった、つまり元の持ち主である件のお兄さんがしたものですが。まぁ、だからこそ要らなくなって、私にくれたのでしょうけどね(笑)

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長嶋は現役引退後すぐ颯爽と"青年監督"として采配を取ったものの、1年目の1975年は球団史上初の最下位に沈む屈辱を味わいました。左のカードは、捲土重来を期して臨んだ翌76年の春季キャンプでノックバットをふるう姿です。カード裏の解説にも「陽気なチョウさんのニックネームとは打って変わって、今年はキャンプから厳しい姿勢を打ち出す」と書かれてあります。事実その甲斐あってか、この年は見事リーグ優勝を果たしました。しかしやがて3年連続で優勝を逃すと「カンピュータ采配」が批判され、1980年に「解任」。再びユニホームを着たのはそれから12年も経ってからのことでした。


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影武者(黒澤明)

「羅生門」「七人の侍」「用心棒」などで国際的にも知られた「世界のクロサワ」こと黒澤明監督。しかし70年代後半には既に「伝説の巨匠」と化していました。邦画界の斜陽化で、巨匠と言えども映画を撮る機会はめっきり少なくなってしまっていたからです。
その黒澤監督が久しぶりにメガホンをとった超大作時代劇「影武者」が公開されたのは、1980年のことでした。この映画にはフランシス・コッポラ、ジョージ・ルーカスというハリウッドの人気監督が協力、更に当初主役に予定されていた勝新太郎が黒澤監督と喧嘩して降板するなど、事前の話題にも事欠きませんでした。私もクロサワ映画を初めてオンタイムで観られるとあって、ワクワクしながら映画館に行ったのですが・・・。
残念ながらさしたる話の盛り上がりも、また黒澤監督らしいアクションの見せ場なく続いた3時間の上映時間は、あまりにも長く、そして退屈な時間に過ぎませんでした。尤も、今にして思うと、そんなにつまらない映画でもなかったのかもしれません。ただ、事前の期待があまりにも強過ぎ、「いったいクロサワはどんな凄いものを見せてくるんだろう!?」と過剰な思い込みをしていたせいで、却って大いなる失望を味わうはめになってしまったのでした。一部のマスコミには映画の中の織田信長の台詞「さすがは信玄。死してなお3年の間、よくぞこの信長をたばかった!」をもじって、「さすがはクロサワ。製作発表以来3年の間、よくぞファンをたばかった!」などとも揶揄されたものです。結局、カンヌ国際映画祭でグランプリを獲得したにもかかわらず世評はイマイチでした。黒澤監督はこの5年後には再び超大作時代劇「乱」(1985年)、そして遺作「まあだだよ」(1993年)に至るまで映画を撮り続けましたが、これら「後期クロサワ作品」については、いまだに映画ファンの評価が分かれているようです。

製作/黒澤プロダクション 東宝 配給/東宝 公開日/1980年4月26日
外国版プロデューサー/フランシス・コッポラ ジョージ・ルーカス
監督/黒澤明
出演/仲代達矢 山崎努 萩原健一 隆大介 他

公開当時のパフンレットです。

左から黒澤監督、ひとり置いてコッポラ、ルーカス。

信玄と影武者のニ役を演じた仲代達矢。


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石立鉄男

「パパと呼ばないで」石立鉄男さん死去
 「パパと呼ばないで」などテレビドラマで活躍した俳優の石立鉄男(いしだて・てつお)さんが1日、静岡県熱海市内で死去した。64歳。神奈川県出身。葬儀・告別式の日取り、喪主は未定。

 高校卒業後に俳優座養成所に入り、1963年にテレビデビュー。文学座座員を経て70年、コメディードラマ「おくさまは18歳」で人気を獲得し、72年の「パパと呼ばないで」では、当時人気子役だった杉田かおるさんとのコンビが大人気に。石立さんのせりふ「チー坊」は話題となった。

 独特の口調と髪形で親しまれ、ほかに「噂の刑事トミーとマツ」「スチュワーデス物語」などテレビドラマや映画、舞台でも活躍した。

 所属事務所などによると同日、熱海市内の自宅で家族が部屋に様子を見に行くと息をしておらず、病院に搬送したが、死亡が確認された。

64才ですか・・・早過ぎますね。。。
70年代にはラブコメに欠かせない、人気俳優の1人でした。当時はアフロヘアと言ったらこの人が代名詞でしたね。
個人的にはエースコックの「わかめラーメン」のCM、そして毎夜12時なると「この薄汚ねえシンデレラ!」と小泉今日子の主人公を脅しに来る刑事役の大映ドラマ「少女に何が起こったか」が印象的でした。
ご冥福をお祈りいたします。
YouTubeより
「お前はどこのわかめじゃ?」
http://www.youtube.com/watch?v=m6Yg_-PE_DM
「薄汚ねえシンデレラ!」
http://www.youtube.com/watch?v=IeaHXj393ic


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