地獄

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見所は詰襟服姿の天知茂!?(1960年・新東宝・中川信夫監督)

物語。大学生の清水四郎(天知茂)は教授の娘・幸子(三ツ矢歌子)と婚約。だがその晩、学友の田村(沼田曜一)の車に同乗したところ、田村はヤクザの恭一をひき逃げしてしまう。
平然とする田村とは反対に良心の呵責に悩まされた四郎は警察に自首しようとするが、乗っていたタクシーが事故を起こして同乗していた幸子が死んでしまう。自暴自棄となった四郎は酒場で知り合った女・洋子と関係する。洋子は死んだ恭一の情婦だった。洋子と恭一の母親は四郎に復讐をしようとする。
母親の危篤の知らせに四郎が故郷に帰ると、養老院を経営する父親は愛人と戯れている。間借りをして地獄絵を描いている画家の娘サチ子(三ツ矢二役)は死んだ幸子そっくりだった。
そこへ田村、教授夫妻、更に洋子と母親らが次々やってくる。やがて彼等は全員死んでしまい、地獄へ堕ちる…

「地獄」と言うタイトルを聞いて比喩的な意味で使われているんだろうと思ったら甘い。文字通り、正真正銘、地獄の話です。
合理的な解釈から程遠い狂った映画なので、何がなんだかわけわからないし、別にわかろうと言う気も起きません。でもこう言うのを一所懸命解釈して古今東西の文学なんぞと比較してみせる人が評論家になれるんでしょうな(個人的には夢野久作の世界を連想しましたが)。
物語は前半が現世のパート。天知茂が行く先々で不幸に見舞われ、ただでさえこの世の苦悩を一身に背負ったかのような表情をしている天知茂先生が、ますます眉間の皺を深めます。登場人物の大半がそれぞれ悪業を背負っていて、挙句の果てに全員死んでしまいます。
そして後半は地獄の描写。賽の河原や針の山、血の池などお馴染みの場面がビジュアル化されています。美術や特撮なんかは今からすればチープなんでしょうけど、あんまり生々しい描写なんぞは観たくないので、個人的にはこの程度で十分。特に主人公の父親が皮剥ぎの刑に合い内臓が露出する場面などはよく作ったと思います。
しかしこの映画で一番怖いのは、メフェストフェレスのような男・沼田曜一の怪演。天知先生につきまとい悪魔の囁きを行う男で、地顔も怖いし陰々滅々としているのですが、演技自体は妙に陽気なのが尚更怖い。
天知先生はきりっとしまった顔の輪郭がさすがに若い。でも終始「許してください」ばっか言っている、らしからぬ気弱な役(笑)。本人がどう思って演技してたかわかりませんが、何事にも全力投球する人なので、その情けなさもそれはそれでサマになっています。
歌舞伎のような隈取りをした閻魔大王に扮するのは、天狗のおじさんこと嵐寛寿郎。魑魅魍魎が跋扈する中で、若くて可憐な三ツ矢歌子が一服の清涼剤です。
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関連タグ: 新東宝

眠狂四郎殺法帖

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おしゃべりな狂四郎(1963年・大映・田中徳三監督)

物語。眠狂四郎(市川雷蔵)は加賀藩奥女中の千佐(中村玉緒)から、陳孫(城健三朗、後の若山富三郎)と言う唐人から守って欲しいと依頼される。一方、陳孫からは、かつて加賀藩主前田宰相(沢村宗之助)と組んで抜け荷をやっていたが裏切られて仲間の銭屋(伊達三郎)を殺されたので、復讐の手助けをして欲しいと頼まれ…

市川雷蔵の代名詞となった眠狂四郎シリーズの第1作目。
一般的に1作目と言うのはまだキャラクターの造形が固まっていないものですが、本作の狂四郎が口数多いことには驚かされます。ややべらんめえに近い口調でよく喋ること喋ること。終いには海に向かって「この世にもう美しいものはないのか、どこにあるんだあああ」なんて頭痛くなりそうな台詞を叫んじゃったりしています。
本気で女に惚れるし、無聊を持て余していて事件に積極的に首を突っ込んでいくのも後年には考えられない行動パターン。時代劇の主人公としてありがちなごく普通のアウトローという感じで、まだまだ狂四郎らしさからは程遠いです。
ストーリーの方は、密貿易を巡る加賀藩の陰謀をメインに、狂四郎と千佐との悲恋、宿敵陳孫との対決を絡ませていますが、中途半端なエピソードと登場人物を無駄に投入しすぎているのでかなり雑然としています(特に、狂四郎に雇ってくれと付きまとってくるわけのわかんない忍者なんかは要らなかったのでは)。お陰で千佐との悲恋もさっぱり心に迫りません。
若富扮する陳孫は少林寺拳法の達人。江戸時代に少林寺拳法があったのか!?(そのくせ何故か投げ技なんかもやってる^^;)と言うのはいいとしても、刀と素手じゃ対決シーンとしてあまり様になりませんね。しかも決着は持ち越しというのでは消化不良(ちなみに陳孫は第4作「女妖剣」にも出てきますが、そこでもまた決着は付かず、結局そのままシリーズから消えてしまいました)。
「シリーズ物1作目にハズレなし」と言うのが定説ですが、狂四郎シリーズに限ってはそうでもなさそうです。
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関連タグ: 市川雷蔵 大映

座頭市の歌が聞える

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座頭市は歌っていません(1966年・大映・田中徳三監督)

物語。イカサマ博打をやって追われている男(木村玄)がやくざに雇われた浪人(天知茂)に斬られる。そこへ通りかかった座頭市(勝新太郎)は、男から死に際に財布を息子の太一に渡してくれと頼まれる。やがて一の宮の茶店で市は偶然男の母親おかん婆さん(吉川満子)と孫の太一(町田政則)と出会う。一の宮はやくざのいない平和な町だったが最近は権造(佐藤慶)一家によって蹂躙されていた。太一とともに夏祭りに出かけた市は、因縁をつけて絡んできた権造の子分たちを蹴散らす。だが琵琶法師(浜村純)から「子供がお前に憧れて道を外したらどうするんだ」と説教され…

シリーズ第13作。
タイトルからすると勝新が主題歌でも歌っていそうですが、そういうわけではありません。座頭市シリーズではタイトルと内容が一致しないことが多く、例えば「座頭市牢破り」は牢破りなんかしないし、「座頭市果たし状」にも果たし状は出てきません(そうかと思うと「座頭市関所破り」ではちゃんと関所破りしてるんですが^^;)。
さてこの作品で座頭市と対決する刺客は第1作以来の出演となる天知茂先生です。でも本筋とはあんまり関係がなく、天知先生は相変わらずカッコイイのですが、別に誰がやってもいいんじゃない?という扱いなのが残念。
また、眼の見えない座頭市の唯一の頼りは異常に発達した聴覚。そこで悪知恵に長けた権造が、座頭市の側で太鼓をドンドン叩いて、その耳を封じる大作戦を敢行します。座頭市ぴーーーんち!…と思いきや、これが全くの役立たずで効果なし。
むしろこの作品で面白いのは、座頭市の内面をズバズバ指摘する琵琶法師が出て来ること。この法師から「子供は強いものに憧れる。もし太一がお前に憧れてやくざ者にでもなったらどうするんだ」と言われて悩んだ市は、剣を抜けなくなってしまいます。で、次にまたやくざが絡んできた時には、わざと子供の前で殴られ蹴られているところを見せます。尤も、結局最後にはバッタバッタと斬り捨てるんですけどね(笑)子供の教育問題はどう解決したのかよくわからないままです。脳内で補完すれば、単なる強さではなく、弱い者を守ることこそが真の強さだ、ということを身をもって教えた、ということになるのでしょうけど、そこらへんがちょっと説明不足でわかりにくいです。
監督はシリーズ三度目の登板となる田中徳三で、普段は特に印象的な絵を撮るような人には感じませんが、本作では青い月夜をバックにしたシルエットでの殺陣シーンが非常に美しかったです。
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関連タグ: 勝新太郎 天知茂 大映

華麗なる一族

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華麗なる社会派エンターテイメント(1974年・芸苑社・山本薩夫監督)

物語。関西財界の雄・万俵財閥の一族を構成するのは、当主の大介(佐分利信)、妻の寧子(月丘夢路)、長男の鉄平(仲代達矢)、鉄平の妻・早苗(山本陽子)、次男の銀平(目黒祐樹)、次女の二子(酒井和歌子)、そして長女の一子(香川京子)とその夫で大蔵省主計局次長の美馬中(田宮二郎)たちである。更に、万俵家の執事兼家庭教師、実は大介の愛人である高須相子(京マチ子)もいた。
阪神銀行オーナー頭取である大介は、近い将来の金融界再編に先駆けて自行に有利な合併を実現すべく、娘婿の美馬らを使って画策していた。一方、阪神特殊鋼専務の鉄平は長年の夢であった高炉建設のため、大介に融資を依頼するとともに旧知の大同銀行頭取・三雲(二谷英明)にも協力を要請していた。大介は、阪神特殊鋼を意図的に倒産に追い込み大同銀行を吸収合併する計画を企てる。その背景には、鉄平の出生に関する重大な疑惑が隠されていた…

山崎豊子の原作を豪華なキャストとスケールの大きい演出で描いた社会派エンターテイメントの傑作。
私は政治物好きなので山本薩夫も大好きな監督なのですが(と言うほど見ていなかったりもしますが^^;)、おそらくヤマサツほど巨悪を魅力的に(本人の意に反して?)描いてしまった映像作家はいないでしょう。
政治家、財界人、高級官僚等、ヤマサツが描く権力者たちはリアルで憎たらしく、ことによれば本物より本物らしく、ヘンな話、政治家や役人たちがこれぐらい老獪冷酷かつ悪辣なのだったら案外日本は安泰なんじゃないかと思うぐらい。
この映画では一応、仲代の純粋で一途な青年実業家や二谷英明の清廉潔白な銀行頭取は「善玉」で、彼等を陥れる佐分利、田宮、更に小沢栄太郎の大蔵大臣、大滝秀治や金田龍之介の代議士たちは「悪玉」なんですが、後者の悪の魅力の方が勝ってしまい、ひ弱で無能なお人好しの仲代たちに同情する気があんまり起きなかったりします。
物語は万俵大介の金融界再編を巡る野望と、万俵家内部のドロドロした愛憎劇が交錯する形で進み、京マチ子の一人勝ちで終わるかに見えた家庭内の愛憎劇が最後で逆転し、一方万俵の目論見どおり進んだかに見える金融界再編自体も実は…という構造がパラレルになっている点が、厚みを与えていると思います。
ヤマサツの政財界物はこの後「金環蝕」(1975年)「不毛地帯」(1976年)へと引き継がれて行きますが、ドラマ性と言う部分で一番楽しめるのはやはりこの作品でしょう。

長い原作小説を映像化する場合、どこを縮めるかに脚本のセンスが現れますが、原作者がこだわっていたと言う大蔵委員会のだらだらした場面をカットして、代わりに野党と首相が裏取引する挿話を入れたのは正解。この野党はおそらく当時の社会党がモデルでしょうが、共産党員であるヤマサツにとっては社会党も「敵」なわけで、政府と野党が裏で繋がっているなれあい政治の実態をここまでストレートに描写したのは珍しいかも。
一方で、いくら大富豪でも普段の夕食の時からロングドレス着てスペイン料理(「オードブルはガンバス・エスパニョール!」)とか食べていたりしないだろうと思うのですが、作り手の方でもあえて「いかにも庶民の想像しそうなブルジョワの贅沢な生活」を描写しているのでしょうね。

佐分利信はド迫力。あの凄まじい形相は夢に見そうです。仲代は例によって目ん玉ひん剥いて血管切れそうな大芝居ですが、その力演があるからこそその後の哀れなピエロ振りが効果的になります。そして田宮二郎は本来鉄平役を熱望したと言いますが(「自分ならもっとうまく死ねるのに」とも)、キザで嫌みったらしく冷酷な官僚を演じきった存在感は大きいです。大映時代の大先輩・京マチ子とタイマン芝居を演じるシーンなどもファンとしては感慨深いです。
大同銀行の叩き上げ友情コンビ(西村晃、小林昭二)、お上品ぶった首相夫人(北林谷栄)、小心な小役人(五藤雅博)、強欲な土地成金農家(花沢徳衛)ら脇役・端役も素晴らしく、細部に至るまでヤマサツの人間描写が行き届いています。
ちなみに、映画版と同時期にテレビドラマ化もされていて、見たことはありませんが、万俵大介=山村聡、鉄平=加山雄三、銀平=林隆三、二子=島田陽子、美馬中=佐藤慶、寧子=久我美子、高須相子=小川真由美、三雲頭取=池部良、永田蔵相=山形勲等の配役だった模様。こちらの方も豪華だし、本物の華族出身の久我美子が寧子役とか、実生活でも会社を倒産させた加山雄三が鉄平役というのは面白いと言うか皮肉な配役ですね。
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武蔵野夫人

大岡昇平のベストセラー小説の映画化(1951年・東宝・溝口健二監督)

物語。東京・武蔵野に住む旧家の一人娘・秋山道子(田中絹代)は戦中から戦後にかけて両親と財産を相次いで失う。大学教授の夫・忠雄(森雅之)は道子に冷たく、道子の従兄(山村聰)の妻(轟夕起子)と不倫関係を結ぼうとしていた。やがて従弟の勉(片山明彦)が戦争から復員してくる。道子と勉はお互いに惹かれ合うが…

戦後解放された新しいモラルと古い道徳観の葛藤を背景に、男女4人の愛憎を描いた作品。
この手のテーマは当時でこそ新鮮だったのでしょうが、今見ると古臭いし、かったるくて見るに耐えない部分もありますね。
強いて言えば、この映画は古き良き武蔵野の美しい風景が失われていく様子を、主人公(道子)の姿に仮託して描いたんでしょう。道子の煮え切らない現状維持的な生き方には共感も理解もできないんですが、彼女自身が押し寄せる開発の波に抗うこともできない武蔵野の自然を体現しているのだと考えれば、多少わからぬでもありません。
田中絹代は非常に古風で道徳的な美しさの反面、あまりにもお人形さんのようで情念が感じられず、同じような役だった「雪夫人絵図」の木暮実千代の方が魅力的でした。一方、だらしのないインテリを演じたら森雅之は右に出るものがいないし、山村聰もうまいです。

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ある殺し屋の鍵

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市川雷蔵がクールな現代の殺し屋を演じた「ある殺し屋」シリーズの第2作目(1967年・大映・森一生監督)

物語。日本舞踊の師匠・新田(市川雷蔵)は凄腕の殺し屋と言う裏の顔を持っている。石野組の組長(中谷一郎)と荒木(金内吉男)から、政財界の秘密を知る朝倉(内田朝雄)の殺しを依頼された新田は、ホテルのプールで朝倉を仕留める。だが、新田もまた口封じのため消されそうになり、芸者の秀子(佐藤友美)を通じて荒木と石野を誘い出し復讐する。更に石野に殺しを依頼したのが建設会社社長の遠藤(西村晃)であると知るが、その背後にはもう1人の黒幕・北城(山形勲)がいた…

私事ですけどこの映画は子供の頃テレビで観た記憶があって、タイトルも内容も忘れていましたが、改めてこれだったのかと言う感じです。
それはともかく、雷蔵さん扮する殺し屋が前作は小料理屋の主人、今作は日本舞踊の師匠と設定が異なりますが、針1本で相手を仕留めると言うのは同じ。前作に比べストーリーが起伏に富みアクションの要素も増えていて、雷蔵さんがブレーキの効かない車から飛び降りる場面では「江戸川乱歩の美女シリーズ」かと思ってしまいました(そう言えば音楽も同じ鏑木創だった)。その分ストーリー構成がちょっと雑な感じもしますが、これはこれで私は好きです。ヨット上の雷蔵さん、プールで泳ぐ雷蔵さんが観られるのも貴重。前作ではモノクロを意識した画面でしたが、本作は全体的にブルーを基調にした色使いがスタイリッシュな印象を与えます。
西村晃と中谷一郎は、よく考えたら二代目黄門様と弥七だし、山形勲も柳沢吉保だ。佐藤友美って80年代の「金妻」とかトレンディドラマに出ていましたが、この当時から全然変わっていなかったのですね。
ちなみに劇中に登場する「朝倉メモ」と言うのは、当時、闇の金融王と言われた森脇将光が独自ルートで政財界の情報を収集したことで有名な「森脇メモ」をモデルにしているものと思われます。
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ある殺し屋

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市川雷蔵が殺し屋を演じた異色現代劇(1967年・大映・森一生監督)

物語。小料理店の主人・塩沢(市川雷蔵)は凄腕の殺し屋と言う裏の顔を持つ男。或る日、無銭飲食をした圭子(野川由美子)というフーテン娘の代金を支払ってやったが、圭子は塩沢の店に押掛けて来て女中のみどり(小林幸子)を追い出し自分が居座る。その頃、塩沢は木村組の組長(小池朝雄)と前田(成田三樹夫)から対立する大和田組の組長(松下達夫)の殺しを2000万円で請け負う。塩沢の腕に惚れ込んだ前田は弟分にしてくれと頼み込むが、断られる。やがて前田は大和田組から2億円のヤクを奪う計画を持ち込むが…

時代劇スター市川雷蔵さんの数少ない現代劇。
劇中で、雷蔵さんと成田ミッキーの出会う場所が「動乱のベトナム」と題された大きな写真パネルの前だったりします。そう、当時はベトナム戦争の真っ最中だったんですね。いつもは時代劇でばかり見ているので何となく浮世離れした感じのする雷蔵さんが、急に現代人として現れた気がします。小池朝雄の親分や成田三樹夫のやくざなども既に70年代仕様の登場人物。雷蔵さん扮する塩沢の、表向きは平凡な小料理屋の主人、実は凄腕の殺し屋が、針1本で相手の首筋をひと突きして葬り去ると言う設定にも、後年の「必殺」シリーズを連想させます。
物語は、空港近くの埋立地にやって来た雷蔵さんがボロアパートの二階を借りるところから始まり、メインストーリーの中にフラッシュバックする形式で過去の野川由美子、成田三樹夫との出会いが挿入されるという風に進みます。はっきり言って筋立て自体は割とどうって言うこともない感じなんですけど、殺風景なアパートの一間の中で淡々と演じられる、三者三様の佇まいが非常に雰囲気を醸し出している作品ですね。特にラストで雷蔵さんをも食ってしまう成田ミッキーの存在感が圧巻。ギター1本で奏でられるスペイン風のテーマ音楽が渋いし、画面の色使いにも凝っていて淡いトーンの中にふっと現れる原色が印象的です。
まだ10代でスッピンの小林幸子は予め配役を注意していないと誰だか気づきません(ちなみに雷蔵さんと野川の後ろに通行人役で一瞬だけ映っている背の高い男はたぶん、団次郎@帰ってきたウルトラマンですね)
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後ろに団次郎
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座頭市あばれ火祭り

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シリーズ最高悪役が登場!(1970年・勝プロ/大映・三隅研次監督)

物語。関八州のやくざの親分たち全てを束ねる巨大な組織を支配していたのは、「闇公方」と呼ばれる盲目の大親分(森雅之)だった。闇公方は、同じ盲目でありながら自分に従わぬ座頭市(勝新太郎)の抹殺を指令する…!

シリーズ第21作目。
前作(20作目)「座頭市と用心棒」では三船敏郎、そして本作には森雅之、仲代達矢と、勝プロが製作を手がけるようになってから続々大物が登場しています。
もし市川雷蔵が生きていたら「座頭市対眠狂四郎」も実現していたんでしょうか。
狂四郎「円月殺法をご覧にいれよう」座頭市「俺にゃあ回る目がねえんだ!」…なーんてね。
などと言う馬鹿な話はともかくとして^^;

本作にはシリーズ最高最大の悪役とも言うべき闇公方が登場し、森雅之が貫禄たっぷりに演じています。
関東の親分衆の上に君臨する大親分、言わばゴッドファーザー、ラスボスが闇公方で、大名行列のように籠を繰り出して民衆を土下座させたり傘下の名だたる親分も闇公方の機嫌ひとつで消されてしまったり、冷酷で絶大な権力を握っています。しかも座頭市同様、盲目。森さん、灰色のコンタクトレンズなんか入れちゃったりしていて、その表情も怖いのですが、見えない眼で暗闇を凝視したり、端然と座して僅かな物音にぴくりと反応したり、静かな佇まいの中に品格と凄みがにじみ出ています。ドスの効いたしゃがれ声も和製マーロン・ブランドという感じで決まっています。尤も、最期のシーンで「静かだ…」とか言い出した時にはちょっと笑ってしまいましたが、自信たっぷりだった闇公方が最後に見せる驚愕の表情が非常に印象的です。
ただ物語自体は、勝新(脚本にも参加している)のサービス精神旺盛な余りか、あれもこれもと話を詰め込みすぎていささか迷走気味。
特に仲代の机竜之介もどきの虚無ってる浪人は、仲代自身は相変わらずの陰陰滅滅たる力演なんですけど本筋と関係なくて余分だし、ピーター演じる若僧の話とか正司敏江・玲児のドつき漫才もくどい。また本作のヒロインは大原麗子ですけど、そもそも座頭市ともあろう者がこの手の馬鹿っぽい女に執心する理由がわからないし、だらだらと二人の旅道中が続く中盤が退屈です。折角座頭市対闇公方と言う太い幹があるのだからそれに絞って枝葉を膨らませていけばいいのにと惜しまれます。
他の出演者も吉行和子、西村晃、近藤洋介、金田竜之介、田中邦衛など豪華で、中でも妾市で競り落とされる仲代の元妻を演じた吉行和子の色っぽい美しさにびっくりします。
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日本一のホラ吹き男

植木等の「日本一の男」シリーズ第2作目(1964年・東宝・古沢憲吾監督)

物語。西北大学の初等(はじめひとし、植木等)はオリンピックを目指す三段跳びの選手だったが、練習でアキレス腱を切ってしまい断念。田舎に帰った等は、浪人から一万石の大名に出世したご先祖・等ノ助(植木二役)の自伝を読み発奮。日本一の大会社増益電機への就職を目指す。入社試験では落ちてしまったが、社長(曾我廼家明蝶)に取り入り正社員となった等は、1日19時間労働であっという間に係長に昇進。更に課長、部長へと出世し、ミス増益の加奈子(浜美枝)とも結婚する…。

前身の「無責任」シリーズは2作で打ち止めとなり新たに「日本一の男」シリーズに衣替えして、本作がその2作目です。
これ子供の頃テレビで見た時はメチャクチャ面白かった記憶があるのですが、今見るとそうでもないです。昔は単に植木等の言動だけを面白がっていられたのに、サラリーマン社会の現実を知った今では身につまされてしまうからでしょうか。。
植木等扮する調子のいい男があれよあれよと言う間に出世する…と言うパターンは前身の「無責任男」も同様です。しかし決定的に違うのは、無責任男の場合、「結果的に」出世してしまうとしても本人にその気はサラサラなく、それよりも人生を面白おかしく過ごせればいいと言うのがポリシーであることです。無責任男の言動が今見ても痛快で魅力的なのはこの点にありました。
それに対してホラ吹き男の目的はあくまで出世。しかもそのために人の20倍努力すると言うモーレツサラリーマン。なので、この映画のストーリーは簡単に言えば、努力した男が、その努力が報われて一大出世を遂げるというだけの話なので、そこには何のヒネリもオチもありません。しかも、無責任男はいい加減な言動で周りを巻き込みながらも最後はみんな揃ってハッピーエンドを迎えるのに対して、ホラ吹き男は結局自分1人が幸せになることを自己目的にしているので、カタルシスにも欠けます。5人の側室を傅かせて優雅に暮らしたご先祖とは違って等の方は女房の尻にしかれてしまうというオチがちょっと笑える程度。
勿論入社1ヵ月で係長になったりとかあり得ない話だし、相変わらず植木等の言動は豪快でパワフルですが、こういう話なら別に主人公がホラ吹き男である必要はなく、例えば加山雄三が若大将のノリで演じてもいいんじゃないかという感じ。アナーキーな言動が魅力だった前身の「無責任男」と比べてちっとも面白くないのですが…まあ、でも「努力を尊び、努力したものが報われる」という日本人の美意識にはこういう展開の方が合致していたのでしょう。
他の出演者はクレージーから安田伸、桜井センリ、谷啓(ハナと犬塚、石橋は不出演)、三井弘次、山茶花究、飯田蝶子、草笛光子など。これがデビュー作だったという沢井桂子(「怪獣大戦争」のヒロイン)はどこに出てるのかと思ったら、最後に等ノ助の側室の1人として一瞬顔が映るだけでした。

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ニッポン無責任野郎

植木等の「無責任」シリーズ第2作目(1962年・東宝・古沢憲吾監督)。

物語。正体不明の風来坊・源等(植木等)は、偶然道でぶつかった明音楽器の部長・長谷川(ハナ肇)を言葉巧みにバーに誘う。長谷川から、次期社長の座を巡って専務(犬塚弘)と常務(人見明)が争っていることを聞き出した等は、その派閥間対立を利用してまんまと入社。更にしっかり者の女子社員・丸山英子(団令子)を口説き落としてあっと言う間に結婚にこぎつける。
長谷川から未収金の取立てを命じられた等は、回収した500万円を自分名義で預金して利息を稼ぐ。更にサックス吹きのゲーリィ(ジェリー伊藤)をスミス楽器社長の弟に仕立て上げて、専務と常務からリベートを巻き上げる。しかしあっさりバレてしまい、クビになった等は行方不明に。やがて会社は北海物産に身売りされてしまうが、新社長とともに現れたのは…。

サラリーマン社会を笑い飛ばす痛快シリーズ第二弾は、前作も凌ぐ傑作。
冒頭、いきなり無賃乗車で駅の改札口を素通りして登場する植木等。前作の主人公・平等には、競馬で会社をしくじり失業中という一応背景らしきものがあったのに対して今作での源等は住所不定、経歴も不明、天涯孤独の全く正体不明の男。たまたまハナ肇とぶつかっただけの縁を頼りに、あれよあれよと言う間に入社、そして結婚。その間、やることなすこと全て行き当たりばったりの無責任なのですが、何故か帳尻が合ってうまく行ってしまいます。しかし単に調子がいいだけでなく、ひと目見ただけでバーのママ・草笛光子がハナに気があることや、団令子がしっかり者であることを見抜くなど、人間観察眼もなかなか卓越しています。
途中ちょっとやり過ぎじゃないかと思うところもないではありまんせんが、単に自分だけが幸せになるのではなく、ハナと草笛、谷啓と藤山陽子の縁を取り持ち、嫁姑問題で別居した浦辺粂子と谷親子の間を改善、更に対立していた専務と常務も最後には和解。みんなが幸せになってハッピーエンドで終わるというのがこのシリーズのいいところです。ラストでは第1作目「無責任時代」の主人公だった平等(植木二役)が現れて、実は前作と今作との世界観が繋がっていた、と言うちょっと楽屋落ち的な展開もあって楽しいです。

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