忍びの者 続・霧隠才蔵

市川雷蔵主演の「忍びの者」シリーズ第5作目(1964年・大映・池広一夫監督)

物語。大阪夏の陣で敗れた真田幸村(城健三朗、後の若山富三郎)は霧隠才蔵(市川雷蔵)に助けられ薩摩に落ち延びる。薩摩の島津親子(沢村宗之助、五味龍太郎)は幸村を軍師に迎え外様大名を結集し徳川打倒の機会を窺っていた。だがその情報は既に駿府の家康(小沢栄太郎)に洩れていた。藩の剣術師範が間者とわかり処刑され、その娘志乃(藤村志保)は才蔵を父の仇と恨む。
種子島で開発された新式鉄砲を手に入れるため、才蔵は島に潜入。そこで才蔵は遊女のあけみ(藤由紀子)と真鶴(明星雅子)の姉妹に出会う。2人は大阪で才蔵に殺された忍者武部与藤次の娘だった…

続と言うからには前作の続きなのですが、物語的には独立しているし、また史実を完全に離れたフィクションが大部分なのでこれ単独でも観られます。個人的には、藤村志保さんと藤由紀子さんのダブルヒロインかと思って期待していたのですが…
志保さんは序盤でたった2シーンほど出てきただけで、殆ど物語に絡むことなくすぐ消えてしまいました。え~これだけ?と唖然とする扱いの軽さ。そう言えば志保さんはこの直前の「眠狂四郎女妖剣」でも、更にその後の「若親分」でも(って、全部監督は池広一夫だ)便利使いされていましたが、この頃あんまり役に恵まれてなかったんですかね?
一方の藤由紀子さんも、才蔵を仇と狙いつつ好きになってしまい苦悩するくのいちの役と言うことで、こちらが本命ヒロインかと思いきや、あっさり死んでしまい、またしても途中で消えてしまいました。
おまけに肝心のメインストーリーの方でも、薩摩の計画は事前に頓挫し真田幸村の若山富三郎は全く活躍の場がないまま無言で自害。
志保さん、藤さん、そして若富と、サブキャラクターは殆ど添え物扱いです。かと言って主演の雷蔵さんが大活躍するというわけでもありません。
一人復讐の念に燃える雷蔵さんの才蔵は、最後に寝所の家康を毒殺し、狂喜乱舞するのですが、この姿に被せて、
「即日喪は発せられたが 政局は微動する気配さえなかった」
と、後年の「真田幸村の謀略」を思わせるようなテロップ。って、これじゃまるで雷蔵さんがピエロだよ。
あまりにもまとまりのないストーリーと虚しいだけの結末に唖然とする間もなく「完」。
むぅぅ、何なんだこの映画は…。シリーズ当初にあった思想性も、かと言って娯楽映画としてのカタルシスも全くない中途半端な内容になっています。しかしそれでもまだ人気があったのか、シリーズはこの後も8作まで続いています。


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江戸川乱歩の黄金仮面 妖精の美女 明智小五郎対怪盗ルパン

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眠狂四郎女地獄

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市川雷蔵の眠狂四郎シリーズ第10作目(1968年・大映・田中徳三監督)

物語。旅の途中の眠狂四郎(市川雷蔵)は騎馬の侍(北城寿太郎)が浪人(田村高廣)に斬られて密書を奪われる現場に遭遇する。狂四郎は今際の侍から手絡を預かるが、それを角兵衛獅子の姉弟に与えてしまう。実はその手絡にこそ本物の密書が隠されていた。そのため姉弟は佐伯藩士に斬られてしまう。角兵衛獅子の姉は「兄がお父様を殺します。殺させないで」と言い残して死ぬ。狂四郎はその遺言を果たすため佐伯藩に向かうが行く手に次々と刺客が襲ってきて…

本作の狂四郎はとことん疫病神。
まず、密書の隠されていた手絡(女性が髪に飾る布)を角兵衛獅子の姉弟に与えたことから、可哀想に、2人はとばっちりで殺されてしまいます。狂四郎とてその手絡が曰くあり気なものだということぐらいわかりそうなものですが…まあ、何も考えていないのでしょうね^^;
それでも責任を感じたのか、「兄が父を殺すのを止めて…」と言う、それだけでは何のことやら意味不明な遺言を果たそうと佐伯藩に向かいます。その行く手を阻むのが女刺客。つまりタイトルにある「女地獄」なんですが…これが笑っちゃうぐらい陳腐なエピソードの羅列。
しおらしい生娘(渚まゆみ)やら後家(三木本賀代)やら盲目の女(しめぎしかこ)やら、はたまた飲み屋の女将(水谷良重)やら…いずれも「抱いてくれ」と色仕掛けで油断させて狂四郎を討とうとしますが、狂四郎にはとうにお見通しで悉く失敗。わかりきった展開の連続に「もういいよー」と言いたくなりますが、公開当時はこの程度のエロでも観客は期待して観ていたんでしょうから、笑っちゃいけませんね。
後半はお家乗っ取りを図る佐伯藩の2人の家老(小沢栄太郎、安部徹)の争いがメイン。
そしてこの2人にそれぞれに雇われた凄腕の浪人が伊藤雄之助と田村高廣。
顔はコワイがとぼけた伊藤雄之助がいい味出しています。一方、狂四郎に負けず劣らずニヒルっているのが田村高廣ですが、実は彼こそ角兵衛獅子の言った「兄」で、実の「父」である家老の小沢栄太郎を殺そうとしていることが判明します。それを阻止しようとお節介する狂四郎ですが、これがまたも裏目。疫病神・狂四郎のせいで田村は非業の最期を遂げるはめになります。結局、独りますます虚無の影を深めて去って行く、相変わらずな狂四郎なのでした。
狂四郎シリーズにはロードムービー調の話(女妖剣、多情剣など)と一箇所(江戸)定在型の話(勝負、無頼剣など)の2パターンありますが、前者の場合どうも話が散漫でまとまりがなくてあまり好きになれません。本作も前半のだらだらした女地獄をはしょって伊藤、田村との関わりをもっとじっくり描いて欲しかったところです。
佐伯藩の姫を演じたのはシリーズ2度目の高田美和。死人ぞろぞろの狂四郎ガールズの中で2度とも死ななかったのは珍しいです。
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エマニエルの美女 江戸川乱歩の「化人幻戯」

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大時計の美女 江戸川乱歩の幽霊塔

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座頭市御用旅

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勝新太郎の座頭市シリーズ第23作目(1972年・勝プロ・森一生監督)

物語。妊婦が斬られて金子を奪われたところに通りかかった座頭市(勝新太郎)。女は子供を出産するが「父親は塩原の佐太郎…」と言い残して死ぬ。市は赤子を塩原の宿に届けるが、佐太郎は8年前に家出していた。市は赤ん坊を佐太郎の妹・八重(大谷直子)に預ける。
塩原はかつて目明しの藤兵衛(森繁久彌)の活躍によりやくざのいない平和な街になっていたが、その藤兵衛も今は老いていた。そこへ矢板の鉄五郎(三國連太郎)一家が乗り込んでくる…

1971年に大映が倒産、日活はポルノ転向。残った東宝も自主製作を事実上放棄し、松竹の製作も縮小。映画を映画会社で色分けすることにだんだん意味がなくなって来たのがこの時代です。本作も勝プロが旧大映のスタッフを使って製作し東宝は配給だけした作品。出演者にも森繁やヒロインの大谷直子、或いはちんぴらやくざ役の石橋蓮司、蟹江敬三、用心棒役の高橋悦史など、大映時代にはいなかった顔ぶれが目立ちます。
物語は冒頭、座頭市が瀕死の女を助産し、産まれた赤ん坊を父親の元へ届けると言う、第6作「座頭市血笑旅」の完全なバリエーション。勿論、出産シーン自体は直接見えないのですが、女の股に座頭市が頭を突っ込んで赤ん坊を取り上げる描写が何だか生々しくて、少し嫌悪感を覚えました。また、赤ん坊を相手の一人芝居は観ていてイライラさせられるので、のっけからうんざりしかかりましたが、幸いその話で引っ張ることなく早々終了。
さて物語の根幹は非道な鉄五郎一家と座頭市の対決なんですが、サイドストーリーとして森繁とそのグレた息子・酒井修の親子愛や、市が人殺しとして疑われる展開、更に凄腕の浪人・高橋悦史との対決ありーの、笑福亭仁鶴、正司玲児・敏江、田辺一鶴など当時のお笑い芸人のコントありーの、と、てんこもり。エピソードを詰め込みすぎて構成が破綻するのはシリーズ後期の特徴なんですが、その中では本作の場合、まあ纏まりの良い方か。特に高橋悦史との最後の最後の対決は爽快。ただ高橋悦史って切れ者と言う感じはあっても、あんまり強そうな感じはしないんですけどね。
シリーズ2度目の三國連太郎は目の上に濃いアイシャドウなんか入れて悪党らしさを出していますが、前回「座頭市牢破り」でのクセのある悪役が良過ぎたので、本作でのストレートな悪党振りはこの人らしくもなくてちょっと物足りない感じ。森繁は東宝の社長シリーズで手馴れたコミカルな芝居を封印して、頑固で人情家の老目明しを好演しています。
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拝啓天皇陛下様

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「寅さん」以前の渥美清が演じた、人情喜劇の傑作(1963年・松竹・野村芳太郎監督)

物語。昭和6年、徴兵検査を受け岡山の連隊に入隊した棟本博(長門裕之)は、自分の名前も満足に書けぬおかしな男、ヤマショウこと山田正助(渥美清)と知り合う。初年兵のヤマショウは同僚の鶴西(桂小金治)とともに二年兵の原(西村晃)からいじめに合うが、幼い頃から孤児として苦労して育ったヤマショウは、三度の飯が食えて俸給まで貰える軍隊を天国のように思っていた。そんなヤマショウを哀れんだ中隊長(加藤嘉)は、代用教員をしていた柿内(藤山寛美)に命じて読み書き教える。
やがて秋の大演習が行われ、間近で天皇陛下の姿に接したヤマショウは、その温和な表情に魅了される…

「天皇」と言うと、今でも私などは現在の天皇より昭和天皇の姿を反射的に思い浮かべてしまったりします。
尤も私がリアルタイムで知っているのは、背中を曲げて柔和な表情で「あっそう」を連発していた晩年の昭和天皇に過ぎません。ちなみに作家・三島由紀夫はこのような戦後の親しみやすい天皇のあり方を「お茶の間天皇」と呼んで侮蔑していました。三島にとって天皇とは戦前の「現人神」であり、背筋をピンと伸ばし白馬に跨っていた「大元帥」としての姿にほかならなかったからです。
この映画でも冒頭の方で、「畏れ多くも…」と天皇に関する話題が出ると兵隊たちが直立不動になるシーンがあります。従って主人公、ヤマショウも、天皇はそれほど威厳のある怖ろしい存在と思い込んでいました。ところが初めて天皇の姿に直に接したヤマショウは思います。
(ひゃー、あれが天皇陛下様かー。何と優しい顔をしとんなさるんかいのー。あれじゃちっとも怖いことありゃせんわい…)
以来ヤマショウは天皇に対して、ある種の「親しみ」を抱き始めます。
この映画のコンセプトはここに込められていると思います。

「大元帥」としてでも「現人神」としてでもない、実は大部分の庶民にとって親近感の持てる存在だったであろう戦前の天皇。この映画はそんな天皇の「赤子」(=赤ん坊、子供)として生き、そして死んだ男の半生を通じて描く昭和の庶民史です。

無学で粗野だが、憎めない愛嬌のある男・ヤマショウは、どこか寅さんに似ています。と言うより、渥美清が演じるキャラクターはいつも同じなんだと言うべきでしょう。ただ故郷・柴又に帰れば暖かく迎えてくれる家族のいた寅さんと違い、天涯孤独のヤマショウには帰るべき故郷もなければ、迎えてくれる家族もいません。ここに、寅さんにはないヤマショウの寂しさがあります。社会に居場所のないヤマショウにとって唯一の安らぎの場は、そこに行けばいつも腹いっぱい食え、仲間がいる軍隊しかありませんでした。いわばヤマショウにとって軍隊とは擬似家族のようなもの。そしてその「家長」こそが天皇でした。
これはもう、天皇制がいいとか悪いとか、そういう問題ではなく、おそらくヤマショウのような庶民がおそらく当時は少なからずいたことなのでしょう。渥美清はそんな時代を不器用に、そして精一杯生き抜いた一人の庶民・ヤマショウを好演しています。「面白うて、やがて哀しき…」の役をやらせたら、やはり渥美清の右に出るものはいませんね。「寅さん」ではもう泣けも笑えもできなくなってしまっている私ですが、この映画の渥美清には素直に笑い、そして泣かせて貰いました。
ヤマショウを常に暖かい眼差しで見つめ続ける親友の棟本・長門裕之のとぼけた演技がいいです。棟本の妻を演じた左幸子もびっくりするほどチャーミング。放浪の画家・山下清(本物)が見られるのも貴重です。
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本陣殺人事件

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横溝正史原作ミステリーの佳作(1975年・たかばやしよういちプロ+映像京都+ATG・高林陽一監督)

物語。4月も末と言うのに季節外れの雪の降った日、岡山の旧本陣家の当主・一柳賢蔵(田村高廣)と克子(水原ゆう紀)の婚礼が行われる。その夜、琴の音と女の叫び声が聞こえ、新郎新婦が血まみれの死体となって発見される。現場は完全な密室であり、凶器の日本刀は庭に刺さっていた。磯川警部(東野孝彦、後の東野英心)は婚礼の前日、一柳家を尋ねて来た三本指の男(常田富士男)に疑いをかける。一方、克子の叔父の銀造(加賀邦男)は探偵の金田一耕助(中尾彬)に捜査を依頼する…

1970年代の横溝正史ブームの先陣を切って、角川の「犬神家の一族」より1年前に公開された作品。
貧乏所帯のATG映画と言うことで、時代を現代に置き換え、金田一も70年代風にジーンズ姿。出演者もビッグネームは田村高廣ぐらいなので、市川崑=石坂浩二コンビの絢爛豪華な金田一シリーズを見慣れた目からするとかなり地味で違和感もあります。
しかし作品の出来は上々。個人的には横溝映画化作品のトップに推したいぐらいです。
ストーリー自体は原作に極めて忠実。本作の場合、他の横溝作品にありがちな複雑な人間関係はないし、事件も冒頭にひとつだけ。物語の大半は犯人とトリックの解明に費やされます。特に映画では推理の部分を思い切り捨象して、「旧家の血の悲劇」を浮き彫りにしています。
異常なまでに潔癖性でプライドの高い賢蔵、その兄に激しい劣等感を抱く弟の三郎(新田章)、そして末の妹で少し知恵的遅れの少女・鈴子(高沢順子)。
中でも、純粋無垢な鈴子が愛猫と兄夫婦の死を通してやがて訪れ来る自分の運命を予感するプロセスが、淡々と描かれている点が秀逸。琴の音色、鈴の音、水車の回る音がBGMとして効果的に使われ、大映京都の残党である映像京都の西岡善信(美術)、森田富士郎(カメラ)らのスタッフ、そしてメジャーデビュー以前の大林宣彦が担当したと言う音楽も非常に叙情的で、日本的無常美の世界を詩情豊かに表現しています。
ストーリー構成に凝り過ぎていて、ややとっつきにくい面はありますが、元々ATGは商業主義と一線を画した芸術映画を志向していたのですからそれはやむを得ないところでしょう。
金田一を演じた中尾彬については当時、横溝先生が「爽やかな感じのする人」と評していたのを読んだ記憶がありますが、確かに後年のアブラギッシュなエロ親父からは想像できないほど若くて細くて、クールな探偵を好演しています(ちなみに角川文庫の旧版『金田一耕助の冒険』表紙絵の金田一は、明らかに中尾彬をモデルにして描かれていました)。
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