あなたと私の合言葉 さようなら、今日は

有楽町で逢いましょう…ではありません(1959年・大映・市川崑監督)

物語。青田和子(若尾文子)には渡辺半次郎(菅原謙二)と言う婚約者がいるが、母親代わりに失業中の父(佐分利信)と妹の通子(野添ひとみ)の世話をしなければならない和子は、なかなか結婚する気になれない。和子は親友の梅子(京マチ子)に、半次郎に会って結婚を断ってくれと頼む。ところが半次郎に会った梅子は、彼に一目惚れしてしまう。それを聞いた梅子の義兄の虎雄(船越英二)はがっかりする。虎雄は自分が梅子と結婚するつもりだったのだ。一方、近所のクリーニング屋で働きながら夜間大学に通う片岡哲(川口浩)は和子に憧れていたが、その哲には妹の通子が惚れていて…

大映東京のオールスターが出演する都会派ホームドラマ。
男やもめの父親と、その父を気遣う余り婚期を逃してしまう娘…と言うシチュエーションだけ見ると、何だか小津安二郎の映画みたいです。特に終盤、佐分利信と若尾文子の父娘がちゃぶ台を挟んで対話するシーンでは、正面から捉えたショットを切り返すという、まるっきり小津そのままの演出が続きます。ほかにも、短い台詞をポンポンと交互に受け答えするあたりには小津調のパロディが見られます。

尤も、演じるのが笠智衆より無骨な佐分利信と原節子より逞しい若尾文子、そして演出するのが小津より都会的で現代的な市川崑ですから、映画自体の趣きはだいぶ異なりますけどね。何せ、嫁き遅れた若尾は最後に平凡な見合い結婚をする…などと言うことはせずに、アメリカに留学してしまうのですから。。。この辺のあっさりと割り切った女性の決断は現代でも通用します。「メガネっ子」の若尾文子と言うのも珍しいですね。

現代的と言えば、京マチ子、野添ひとみら自己主張のはっきりした女性陣に比べて、何だか煮えきらずに流されて行ってしまう主体性のない佐分利信、船越英二、菅原謙二、川口浩ら男性陣の情けなさは、まるで現代を予見しているかのようでもあります。まぁ、情けない色男が持ち味の船越英二は相変わらずですが、無骨な明治男の佐分利信や柔道家の菅原謙二までもが、市川演出に掛かっちゃ骨抜きと言う感じです。

川口浩は野添ひとみと結婚すると言う、実生活とも同じ展開。リアルタイムでは「探検隊長」としてサバイバルしている姿しか知りませんでしたが、若い頃のちょっとやんちゃで甘ったれて頼りない二枚目の川口浩には、母性本能をくすぐられる何かがあります(って、私は男ですけど^^;)
そして、無骨で朴訥とした中年男の佐分利信。やっぱりいいなぁ。。。この人は、ホント「へたうま」って言葉がぴったり。ぼそぼそと何を言っているのかよくわからない口調に味があります。
ちなみに、冒頭に登場するサラリーマン三人組の一人が、柴田吾郎こと無名時代の田宮二郎。後のアクの強い田宮さんとは似ても似つかないキャラを飄々と演じています。


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江戸川乱歩の陰獣

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見所は時代劇の大御所・大友柳太朗先生…?(1977年・松竹・加藤泰監督)

物語。探偵作家の寒川(あおい輝彦)は知り合いになったファンの実業家夫人・小山田静子(香山美子)から意外な相談を受ける。彼女の元の情夫で今はエログロ探偵作家になっている大江春泥から脅迫されているというのだ。春泥からの手紙には他人には知りえないはずの夫婦生活のことまで事細かに書かれていて、そのため静子は神経衰弱になっていた。寒川は編集者の本田(若山富三郎)の手を借り、春泥の行方を捜す。だが春泥は謎の作家で、遥としてその正体は掴めない。やがて春泥から殺人予告状が届き、その予告通り静子の夫の小山田(大友柳太朗)の遺体が発見され…

乱歩の映像化作品にはイマイチ興味が持てません。作り手の過剰な思い込みに付いていけないからです。「美女シリーズ」ような娯楽作品なら安心して観られますけどね。
本作の加藤泰は東映で緋牡丹博徒シリーズなどを撮っていた監督です。あまり詳しく知りませんが、「映像にこだわる職人監督」という感じでしょうか。
公開されたのは、乱歩没後12年目の1977年6月。横溝正史ブームの真っ最中でした。当時、この映画のポスターには「乱歩か、正史か」なんて、明らかに市川崑監督の金田一シリーズを意識した惹句が記されていたように記憶しています。
尤も、映画そのものは観に行かなかったんですけどね。いくらなんでも子供が観に行ける作品じゃないし。数年後、夜中にテレビ放送された時にはじめて見ました。

内容はかなり原作に忠実。大作ではなく小品と言った印象のある映画ですが、昭和初期のレトロな雰囲気は再現されているし、特に浅草界隈の猥雑な感じなどには乱歩らしさが出ていると思います。出演者にも端役で倍賞美津子や加賀まりこ、野際陽子、藤岡琢也、仲谷昇たちが出ていて何気に豪華。
映像面ではアップやローアングル、カメラの前に物を置いて向こう側の人物を撮るショットが多用されているのが特徴的です。この物語は背景にSM趣味があるのですが、大友柳太朗と愛人の田口久美が碁を打っていると、碁石が碁盤を打つ音が途中から鞭を打つ音に変わって、両者の関係を暗示する演出などは、よくぞ考えたものだと思います。

ただ物語的にはやや退屈。この作品の場合、あまり原作らしさを出してしまうと映画としてはさっぱり面白くないんですよね。乱歩の探偵小説は基本的に心理小説なので、動きが少なくて非常にのろのろと話が進行して行きます。小説を読んでいる分にはいいんですけど、映像でそれをやってしまうと非常に間延びした展開になってしまいます。
まあ、前半は映像美で何とか魅せるとしても、最後までそれで押し通してしまったところが致命的です。肝心の謎解きは、赤い部屋の中で何だか情欲に狂っている香山美子の横であおい輝彦の台詞によってなされるのみ。あれじゃ原作を読んでいる人以外には、さっぱりわからないでしょう。犯行の再現映像的な場面を挿れたりするような説明的演出は陳腐で野暮天だと思ったのでしょうが、ミステリー映画だと言うことを忘れて演出家の勝手な趣味に走られても観る者が迷惑するだけです。この辺が、自分の映像美学と両立させながら観客サービスも忘れない市川崑監督との差だと言ったら、酷でしょうか。

ほっぺたの丸い健康的な若僧という感じのあおい輝彦はとても理知的な本格探偵小説家に見えないし、乱歩の妖しい世界にもそぐわない完全なミスキャスト。香山美子と言うと、どうしてもTV版「銭形平次」の恋女房お静さんの清楚なイメージが浮かんでしまうので、この映画でのあられもない痴態はちょっと見てはいけないものを見てしまった気分。
しかし、なんと言っても一番驚くのは大友柳太朗がSM狂の変態おやじで、しかもヅラを被ったパンツ一丁の死体で川の中から吊り上げられる役をやっていることです。まさかと目を疑い、一瞬、よくできた人形か?とも思いましたが、間違いなく本人が演じてます。よくもまあ、大御所の俳優さんがこんな役をやりましたねえ。。。
ちなみに音楽は「美女シリーズ」の鏑木創。劇中劇「パノラマ国殺人事件」のBGMは後に「天国と地獄の美女」に使いまわされています。
(過去記事を全面改稿しました)
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非情のライセンス

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「特捜最前線」を取り上げたからには、こちらにも触れなければ。
第一シリーズ(1973年)第二シリーズ(77年)第三シリーズ(80年)と三期に分かれて放送された、我らが天知茂主演の硬派な刑事ドラマです(テレビ朝日、原作は生島治郎)。

ちなみに、私がリアルタイムで観ていたのは第三シリーズのみで、その理由も「明智小五郎が出てる」からでした^^;
尤もここでの天知先生は知的で紳士的な明智先生とは全く別人。非情でハードボイルドな刑事を演じています。
どれぐらい非情なのかと言うと…、何しろOPからいきなり凶悪犯のように眼光鋭い天知先生の顔ドアップ写真が現れ、その眉間から「非」「情」の二文字が飛び出して来るんですから、度肝を抜かれます。正直言って最初に観た時にはギャグかと思いましたよ^^;そーまでして非情をアピールせんでも、と言う感じですが、、、しかしそーしたくなるほど、こうまでタイトルと主役の顔がマッチしていたドラマは滅多にないでしょう。

主人公、天知先生扮する警視庁特捜部の会田健は、かつて姉を暴行され殺された暗い過去を持つゆえ犯罪を激しく憎悪する、アウトローの刑事。チームワークなどクソ食らえで常に単独行動、殆どリンチに近いような暴力行為で犯罪者を締め上げる捜査方法でいつもマスコミに叩かれたり、捜査一課のエリート刑事の渡辺文雄とも対立したり、問題が絶えません。
ショッキングだったのは、犯罪者の頭に拳銃を突きつけて、数を数え終わるまでに白状しろと強要した会田刑事、普通の刑事ドラマだったら直前に相手が「ま、待ってくれ」と自白する展開に至るところですが、このドラマでは会田が「ひとつ…ふたつ…みっつ…」と最後まで数えても自白せず、そのまま撃ち殺してしまったことです。
もうひとつは、確かその同じ回だったと思うのですが、会田の同僚刑事・柳生博の娘が誘拐された挙句に殺害されてしまうという結末があったこと。まさかレギュラーの刑事の娘が殺されてしまうとは夢にも思わなかったので衝撃を受けました。このふたつは、かなりトラウマになりましたね。
そして最終回がまた極め付けに暗くて^^;かつて会田が取り逃がした女の娘の幸せを守るために、会田の上司の特捜部長・山村聰はなんと爆死し、また会田自身も女の頼みで彼女を撃ち殺したために真相を知らない娘から「人殺し」と罵られながらニヒルに刑務所の門をくぐる…というもの。一見非情な表向きとは裏腹に、実は飛び切り温かい心の持ち主なのに何も報われることなくあえて汚名を着たまま去って行く会田刑事・・・なんとも切ない幕切れでした。

このドラマも外見こそハードボイルドではあれ、テーマ自体は「特捜」と同じく、市井に生きる薄幸な人々、特にまだ戦争の影を引きずっている人々の悲哀が取り上げられることが多かった社会派のドラマ。最後に事件が解決しても心の傷は癒されず何も問題は解決しない…と言う結末に至ることが大部分で、そのやりきれなさを代弁するかのようにエンディングで天知先生が暗く切なく「生まれた時が悪いのか それとも俺が悪いのか」と歌う「昭和ブルース」で終わるのが常でした。全く救いのかけらもないまま終了してしまう重いドラマの作りは、やはり戦後二十数年しか経っていなかった時代ならではのものなのでしょう。


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関連タグ: 天知茂

特捜最前線

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愛と死と、憎悪が渦巻くメカニカルタウン
非情の犯罪捜査に挑む、心優しき戦士たち
彼ら、特捜最前線!!
―――――――――→

オレンジ色の夕陽をバックに飛び出すゴシック体のタイトル文字、そして木下忠司作曲のテーマ音楽と中江真司の重々しいOPナレーションが印象的だった「特捜最前線」(1977~87年、テレビ朝日)。10代後半から20代にかけて好きだった刑事ドラマです。
同時期の刑事ドラマとしては「太陽にほえろ!」(73~86年、日本テレビ)「西部警察」(79~84年、テレビ朝日)のような若手刑事の活躍する派手なアクション物もありましたが、こちらの方は地味な社会派の人間ドラマ。出演者の平均年齢もやや高めだし、放送時間も水曜夜10時と言う、当時としては「大人の時間」帯。同じくテレ朝で木曜夜10時放送だった天知茂主演の「非情のライセンス」(73~80年)と並んで暗くて硬派な刑事ドラマの代表格でした。

放送初期には西田敏行とか桜木健一なんかも出ていたみたいなんですが、私が観始まった頃(80年頃)からのレギュラーは、
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二谷英明(神代警視正)

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大滝秀治(船村刑事)

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本郷功次郎(橘刑事)

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横光克彦(紅林刑事)

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夏夕介(叶刑事)

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誠直也(吉野刑事)

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関谷ますみ(高杉婦警)

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藤岡弘(桜井刑事)

の8人が不動のメンバー。
刑事の殉職やら何やらによる出演者の交代が滅多にないのがこのドラマの特徴で、上記のメンバーでは5年ぐらい続いたんじゃないですかね。

物語は警視庁に設けられた架空の「特命捜査課」が舞台。扱う事件は広範囲に及び様々なのですが、最後に事件が解決しても問題そのものは解決せず、登場人物の刑事たちにはやりきれない思いが残る、と言う展開が多かったように思います。第一次(73年)第二次(79年)のオイルショック後の不況と暗い世相も反映していたのでしょうね、社会の底辺に生きる人々を描いて救いのない結末が顕著でした。エンディングで夕暮れの東京のビル街をバックに流れる、チリアーノ(クロード・チアリではない^^;)の歌う哀愁に満ちた「私だけの十字架」を聞くと、いつも切なく淋しい気持ちに襲われたものです。

二谷英明演じる神代課長は部下に厳しく、温かく、またどこぞの電話番専門のボスと異なり時には自ら捜査の第一線に出て陣頭指揮も取る、頼り甲斐のある上司。ロマンスグレーの二谷さんは渋くてかっこいいナイスミドルでした。そしてこのドラマのキーパーソン、大滝秀治扮する人情派のベテラン船村刑事。大滝さんは昔から顔がジジイなのでいつ見ても年齢不詳なのですが^^;犯人を説教するときなどの興奮した口調が演技だか地だかよくわからないのも印象的でした。

最盛期には連続して20%を越える視聴率を稼いでいたこともある特捜ですが、やがて大滝秀治の船村刑事と誠直也の吉野刑事が相次いで降板し、更に「ニュースステーション」の放送開始によって時間帯が夜9時に変更のあおりを受けて低迷し丸10年でピリオドを打ちました。時代も80年代後半のバブル期に入り刑事物も「あぶない刑事」のような軽くてお洒落なドラマが主流になり、重厚で硬派なドラマは敬遠され淘汰されてしまったのでした。


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続・座頭市物語

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勝新太郎の座頭市シリーズ第2作目(1963年・大映・森一生監督)

物語。座頭市(勝新太郎)は1年前に自分が斬った平手造酒の墓参りに笹川へ向かう途中、黒田家の若殿の療治を頼まれる。しかしその若殿はキ印だったので、秘密が市の口から漏れるのを恐れた黒田家の家臣とやくざの勘兵衛(沢村宗之助)一家に狙われるはめに…

「座頭市物語」のヒットを受けて製作された続編。
映画がシリーズ化されるには、1作目がヒットすることは勿論ですが、2作目もヒットすることで初めて3作目からシリーズと呼べる。そういう意味じゃ、2作目の方が重要…とは言わないけど、2作目ならではの難しさと言うものもあります。
折角1作目が受けたのに、2作目で違うことをやってコケたら大変。なので一番無難なのは、たとえ二番煎じと言われようと前作の内容に乗っかった当たり障りのない話で、とりあえず次作に繋ぐことです。本作の場合、まさにそういう内容になっています。

お話は前半、勘兵衛一味に追われる座頭市と市を助けた娼婦(水谷良重)との交情が描かれ、前作とは違う話かと思いきや、後半になると一転、前作で市が助っ人した飯岡の助五郎(柳永二郎)やら市に想いを寄せていたおたねさん(万里昌代)やらが出てきて、一気に後日談的色彩を帯びてきます。それはいいのですが、おたねさんなどはいつの間にか物語からフェイドアウトしてしまうので、何のために出てきたのかわからない上、前作でのラストシーンがぶち壊しになってしまっています。

また、前作の後日談だけじゃさすがにつまらないので、与四郎と言う座頭市と曰くあり気な謎の片腕の浪人を冒頭から絡ませて話を盛り上げようとしていますが、この扱い方がどうもいただけません。
与四郎の正体は、実は座頭市の兄。しかもそれを勝新太郎の実兄である城健三朗こと若山富三郎が演じていると言う、楽屋落ち的な配役がミソ。若富にとってはこれが大映入社第1作目だったようですが、兄弟が兄弟を演じるのはさぞかし面白かろうと思えばこれが、全然つまんないんですよねえ。

座頭市と与四郎とはかつて兄弟の間で一人の女を奪り合った因縁があり(って、実生活でも本当にそういうことがあったのか?と言う下世話な興味はともかくとして^^;)盲目の自分を捨てて女が与四郎に走ったことに激怒した座頭市は兄の片腕を叩っ斬って村を飛び出した…と言う過去が明かされます。
ただし、二人が兄弟であることは物語上で最後の最後になって急に明かされ、しかも過去の経緯も単に言葉の上だけで語られるに過ぎないので、市が涙を飲んで実の兄を斬る…と言う展開にも観てる方としちゃあんまり心に迫るものがありません。
また、若富は片腕の設定なので、座頭市との対決シーンにもイマイチ殺陣に迫力が欠けますね(尤もその分は、兄弟2度目の対決となった第6作の「座頭市千両首」での対決で補ってお釣りが来ますが)。

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山田太一シリーズ 男たちの旅路 第1部

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1976年から79年までNHK「土曜ドラマ」枠で4シリーズが放送された名作ドラマの第1シリーズ(1976年2月28日~3月13日放送・山田太一脚本)。

物語。吉岡晋太郎(鶴田浩二)は警備会社の司令補。特攻隊の生き残りで戦後を余生と言い切る吉岡は現代の軽薄な若者に激しい嫌悪感を抱いている。その彼の下に、新入りの若いガードマン、杉本陽平(水谷豊)と柴田竜夫(森田健作)が配属される。或る夜、飛び降り自殺が多発するビル警備にあたった3人は、自殺志願者の島津悦子(桃井かおり)という若い女を助け…。出演者はほかに五十嵐淳子、前田吟、中条静夫、久我美子など。

「男たちの旅路」第1部(全3話)観ました。
後半シリーズのいくつかは再放送でも何度か目にしていますが、一番最初の3話を観るのは本放送以来だったかも。約三十年ぶりに再見して、昔は「大人のドラマ」をやっていたんだな~としみじみ思いました。出ているのが「大人」なら、それを観ているのも大人。今はもう、そんなドラマはありません。「大人のドラマ」がなくなったと言うより、「大人」そのものがいなくなってしまったからです。

主人公、鶴田浩二扮する吉岡は、戦中派で特攻隊の生き残りの五十代の男。この経歴には鶴田自身の経歴が反映しています。「鶴田浩二が元特攻隊だ」と言うのは親同士の会話から当時小学生の私でも知っていました(実際は特攻隊を送り出す側の、飛行整備士だったようですが)。
吉岡は、何かと言うと特攻隊で死んでいった昔の仲間の話を持ち出しては、「甘ったれたことを言うな!」「お前たちはギリギリまで生きてみたのか?」と水谷豊たち戦後世代の若者を説教します。こんな「大人」、今はもういませんね。戦後64年。戦争を経験している、しかも兵隊に行っている世代は既に八十代でしょう。
また、「私は今の若い奴が嫌いだ!」などと言い切れる大人も殆どいないでしょう。むしろ今は若者に迎合して、必死になって若者に好かれようとしている大人ばっかり。尤も^^;そう言う私も今の若者は別に好きじゃないけど、かと言ってあんまり嫌われたくもないですけどね。第一、「今の若者は」などと大見得を切れるほど自分が若い頃に特別な経験を積んでいるわけじゃありませんから、その点では今の若者と何ら変わりません。そういう意味では、今は「若者」すらいないのでしょう。対立する「大人」がいないのですから、「若者」もまた、いようはずがありません。本作は、「大人が大人」らしく、そして「若者が若者」らしかった最後の時代の作品だったのかもしれません。

この第1部では、2人の若者、水谷豊と森田健作が鶴田の下に配されるところから始まります。母親への反発から決められたレールに乗ることを拒否してガードマンになった優等生タイプの森田健作と、ただ単に高い給料に惹かれてガードマンになっただけの「軽薄でチャラチャラした」現代(70年代後半)の典型的な若者の水谷豊。更にここに、自殺しようとしたところを鶴田たちに助けられたことが機縁で自らもガードウーマンとなった桃井かおりが加わります。若者たちは理不尽で時に暴力的な鶴田に反発しながらも、やがてその強い信念に基づいた言動に惹かれて行く…と言う展開です。一方鶴田の方でも若者嫌いを公言しながら徐々に若者たちとも心を通わせて行くのですが、この第1部ではまだ「戦中派世代」としての鶴田の心情を描くことがメインとなっています。
ちなみに、森田はこの第1部だけで消えてしまうのですが、水谷と桃井は引き続き第2部、3部にも出演して、特に水谷はこの物語のキーパーソンとなってゆきます。当時、森田のことは「俺は男だ!」で既に知っていましたが、水谷や桃井はこのドラマで初めて見ました。2人とも23、4ぐらいなのかしらね、この頃。外見は今の同年代と比較したら遥かに大人に見えるのですが、桃井は後に「シラケ世代の代表」と言われたその特徴である甘えた気だるそうな口調が既に堂に入っていますし、水谷は威勢のいいあんちゃんという感じで若さが溢れています。
鶴田浩二は、のっぺりした二枚目の優男だった若い頃より、深く刻まれた皺とともに人生の年輪を感じさせる渋い中年以降の頃の方が断然に魅力的です。
一方、二十代だった水谷豊は現在、当時の鶴田より既に年上になってしまいましたが、若い頃の軽いフットワークのまま年を取ってしまった感じがします。それがまあ、この人の良さでもある反面、昔の鶴田が若い世代との「断絶」を表現していたのに対して水谷の場合の立ち位置がまさに「相棒」であるのは、現代と言う時代の何事かを象徴しているかのようでもあります。
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おとうと

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幸田文の自伝的小説の映画化(1960年・大映・市川崑監督)

物語。げん(岸恵子)と碧郎(川口浩)は仲の良い3つ違い姉弟だが、作家の父(森雅之)は子供に無関心、病気がちの継母(田中絹代)は嫌味ぱかり並べていて、姉の心配をよそに碧郎はだんだんグレて行く。しかしやがて碧郎が結核で余命幾許もないことがわかり…

岸恵子と川口浩の姉弟愛を中心に作家一家の愛憎を描いた家族ドラマ。大正時代の雰囲気を出すため、カラーでありながらモノクロのようなくすんだ色調になる「銀のこし」と言う技法を初めて用いたことで知られる作品です。ですが正直言って私にはその映像美ぐらいしか見所がありませんでした。自分に兄弟がいなかったせいもあるのか、肝心の姉弟関係の機微がどうもよく理解できません。並みの監督ならウエットに扱ってしまいそうなテーマをドライでスタイリッシュに描いてしまうところは市川監督らしいのですが。
岸恵子(当時28歳)はとても10代に見えない上、ぶっきら棒な口調でやたら娘っぽく演技しているところも却って違和感ありあり。この人は美人なのかもしれませんが夜叉系のキツイ顔立ちなんで、ただでさえ老けて見えます。一方、川口浩(当時24歳)の演技はヘタクソですが、本人の育ちの良さから来るのか、甘ったれたやんちゃ坊主らしい感じが出ています。
田中絹代は、リウマチで体が動かないことから終始イライラしていて、ことあるごとに宗教を持ち出して家族を閉口させている継母役。森雅之は子供と上手く向き合えない不器用な性格の父親役。この両ベテランの演技には味がありました。
継母の宗教仲間で家族を引っ掻き回しに来る岸田今日子が相変わらずの怪演。医者役の浜村純は髪が金色がかっていてまるで人間豹のよう^^;あと看護婦役で江波杏子が出ているのですが、後年と全く違う可愛いアニメ声なので驚きました。いつ声変わり?したのでしょうか。
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土曜ドラマ 松本清張シリーズ

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親がNHK好きだったので、必然的に私自身が子供の頃に観ていた懐かしい番組も多くはNHKの番組です。1975年から始まった「土曜ドラマ」も両親の傍らでずっと見ていました。銀座の電光掲示板に「土曜ドラマ」と言う字幕が流れるオープニングは今も印象に残っています。
この枠の特徴は1話完結、または数話で終わるシリーズ物であることで、その最初に取り上げられたのが「松本清張シリーズ」(全4回)でした。清張シリーズはこの枠の看板とも言えるシリーズで、以後も数度に渉り放送されています(全部の思い出を書くのは大変なので、特に印象に残っている作品のみ簡単なあらすじを付記します)

●1975年
『遠い接近』(小林桂樹、笠智衆、荒井注)
※戦時中、理不尽に徴兵された小林が戦後、関係者に復讐を図る話。荒井注は小林をいびる古参兵役。
『中央流沙』(川崎敬三、佐藤慶、中村玉緒)
※中央官庁の汚職にまつわる殺人事件。佐藤慶はエリート局長、川崎は小心な小役人役。
『愛の断層』(平幹二郎、香山美子、中谷一郎)
『事故』 (田村高廣、山本陽子、佐野浅夫)
●1977年
『棲息分布』(滝沢修、佐藤慶、津島恵子)
※戦後のどさくさにのし上がった巨悪(滝沢)と元憲兵(佐藤)の複雑な絡み合い。
『最後の自画像』(いしだあゆみ、内藤武敏、山内明)
※定年を迎えた元銀行員(山内)が謎の失踪。その真相を追う刑事役に内藤。
『依頼人』(小沢栄太郎、太地喜和子、二木てるみ)
『たずね人』(林隆三、鰐淵晴子、小山明子)
※元日本兵の父を探しに来日した娘(鰐淵)。だが今は政治家になっている父親は、過去をもみ消そうと…
●1979年
『天城越え』(大谷直子、佐藤慶、鶴見辰吾)
※大正15年、16歳の少年(鶴見)は娼婦(大谷)への憧れから、彼女を抱いた渡り職人(佐藤)に殺意を抱き…
『虚飾の花園』(岡田嘉子、奈良岡朋子、内藤武敏)
『一年半待て』(香山美子、藤岡弘、南風洋子)
※DVに耐えかねて夫を殺した女(香山)は女性解放を唱える評論家(南風)の力で無罪となるが…
『火の記憶』 (高岡健二、秋吉久美子、村野武憲)
●1980年
『天才画の女』全3回(竹下景子、鹿賀丈史、佐藤慶)
●1982年
『けものみち』全3回(名取裕子、山崎努、西村晃)

このシリーズに何度も出演していて「ミスター清張シリーズ」と言えるのは佐藤慶。演じた役柄もエリート官僚から渡り職人まで様々ですが、あの特異な風貌がよほど清張物にマッチしていたのでしょうか。
また、シリーズ初期には原作者・松本清張自身がヒッチコック張りにチョイ役でドラマのどこかに必ず登場していることでも話題になりました。ちなみに演出の多くを手がけたのは当時NHKの名ディレクターと言われていた和田勉でした。フリーになった後に、ダジャレ好きのエロ親父として登場した時はびっくりしましたが。
清張作品は民放でも映画でも数え切れないほど映像化されていますが、私は最初にNHKの生真面目でシリアスな作風に馴染んでしまったせいか、他局のわざとらしい演出のものはイマイチ受け付けません。尤も、今はNHKもロクなものがないので観る気がしませんが、、、昔のNHKは受信料を払うだけの価値のある素晴らしい番組をたくさん作っていたと思います。


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