白昼堂々

原作は結城昌治の同名小説(1968年・松竹・野村芳太郎監督)

物語。元スリで今は足を洗ってデパートの保安係をしている富田銀三(藤岡琢也)は昔仲間だったワタ勝(渥美清)と再会。九州の炭鉱で働いていたワタ勝だったが、今は鉱山が閉鎖され、職を失った仲間とともにスリ集団の長になっていた。ワタ勝は昔のよしみで、盗品を売りさばく手伝いをしてくれるように銀三に頼む。
或る日、銀三は鮮やかな手口の一匹狼の女スリ・よし子(倍賞千恵子)と知り合い、ワタ勝の仲間に加える。しかし、ワタ勝とは昔なじみのベテラン老刑事・森沢(有島一郎)がデパートに配属されてからは、次々と仲間が逮捕されてしまう。弁護士の坂下(フランキー堺)から弁護料を釣り上げられたワタ勝は、最後の大仕事に臨もうとするが…

九州の筑豊に実在したという泥棒部落の実話に基づいた作品。
この作品は後に「女咲かせます」(1987年・松竹・森崎東監督)と言うタイトルでリメイクされています。松坂慶子扮する女スリと役所広司の貧乏音楽家の恋愛談中心の話に改変されていましたが、私は先にリメイク版を観ていたので、オリジナルも予め筋がわかってしまいました。
それはともかく、この映画を観ていると渥美清と言う俳優の資質について考えさせられます。この映画は一応渥美さんが主役であるにもかかわらず、影が薄いからです。むしろ副主人公である相棒で元スリの藤岡琢也や、女スリの倍賞千恵子、更に老刑事の有島一郎らが活き活きとしているのに対して、渥美清は所謂「キャラ」が立っていません。と言って、渥美さんはいつも通りの渥美さんなんですけどね。ただこの話のメインはスリ集団の縦横無尽な活躍ぶりにあって、渥美清の個性で引っ張るようなタイプの話ではないせいか、こう言う群像劇の中では演技の幅の狭い渥美さんは埋没してしまうんですよね。渥美清はやはりピンの主役でこそ活きる役者なのだなと言うことを、感じた次第です。
登場人物で感情移入し易いのは藤岡琢也演じる元スリです。年頃の娘のため一度は足を洗う決意をしたものの、渥美清に頼まれると断れずにずるずる仲間に引っ張り込まれてしまいます。最後も、しらん顔していれば自分は無事だったにも関わらず、渥美を庇ったため一緒に捕まってしまうという要領の悪さ。腐れ縁から抜け出せず人生の再出発に迷っている中年男の悲哀に、なんかシンパシーを感じちゃいますね^^;ちなみに、渥美さんとフジタクじゃ、渥美さんの方が2つ年上なんですけど、フジタクの方が大人に見えてしまうのは、渥美さんのイメージが永遠の不良少年だからでしょうか。
渥美清と倍賞千恵子と言うと、寅さんとさくらのイメージが強いですが、この映画ではなんと夫婦になっています。倍賞千恵子は古風なさくらさんとは正反対の、割とクールで合理的な考え方の現代的女性の役柄。最後の方では、着物の裾をまくって太股を露わに啖呵を切ると言うシーンもあります。
フランキー堺が特別出演で悪徳弁護士の役。2シーンながら印象は強烈。冒頭にはコント55号(萩本欽一、坂上二郎)もゲスト出演しています。
出演者はほかに新克利、生田悦子、三原葉子、田中邦衛、佐藤蛾次郎など。


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父子草

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渥美清主演の隠れた名作(1967年・宝塚映画・丸山誠治監督)

物語。戦地から「生きていた英霊」として帰還した平井義太郎(渥美清)は、妻が弟と再婚してしまっていたため故郷に戻れず、全国の飯場を渡り歩く日々。ある晩、竹子(淡島恵子)のおでん屋台で隣り合わせた苦学生の西村茂(石立鉄男)に酔って絡んだ平井は、取っ組み合いの喧嘩になる。しかし、茂が仕事と勉強の両立による過労で倒れたと知ると、代わりに学費を稼ごうとする。平井は茂に、故郷に残してきた息子を重ね合わせていたのだ…

見たいと思っていた映画「父子草」がなんとYoutubeにアップされていたので、もう1本の「白昼堂々」ともども見てしまいました。後者はともかく、前者はビデオにもDVDにもなっていない幻の作品。私は子供の頃に一度テレビで観て感動した記憶があったのですけど、、、残念ながら感受性が鈍くなってしまったのか、今観るとそれほどでもありませんでした。でもいい映画であることには違いありません。
抑留などで戦地から帰るのが遅れ、戦死したと思われてしまったために、妻が別の男と再婚してしまう…という実例は戦後少なからずあったようです。あの勝新太郎主演の「新・悪名」にもそう言う話がありました。このへんは学校で教えてくれない歴史、「映画が歴史の教科書」といわれる所以ですが、本作で渥美清演じる主人公もその1人。そのため故郷に帰るに帰れず、全国の工事現場を転々とする日々を送っていた彼が、ふとしたことから息子ぐらいの年頃の青年・石立鉄男と知り合い…と言うストーリーです。
ちなみに、このあたりの設定には渥美清が後年主演した「友情」(1975年)ともちょっと似たところがあります。と言うか、渥美さんの演じるキャラクターはいつも同じなんですけどね。
本作でも、見かけは粗暴ですが心根の優しい主人公は、苦学生の石立が大学に合格するまで学費を送り続けます。やがて石立は無事合格。再会した二人は、抱き合って泣く…と言う、ベタベタの松竹大船調人情劇…って、実際は松竹じゃなくて東宝系の宝塚映画の作品なんですけどね。でも脚本が木下恵介な上に、更にそれを監督の丸山誠治が生真面目な演出で撮っちゃっているもんだから、松竹以上にベタベタにお涙頂戴の雰囲気があります。
登場人物は渥美と石立、そして2人を見守るおでん屋のおばさん・淡路恵子と、石立と同じ下宿に住む娘・星由里子の事実上4人だけ。セットもほぼおでん屋の屋台周辺と石立の下宿だけのシンプルな作りの中でこじんまりと展開しています。
渥美清は当時40にならないのですが、50過ぎの初老の労務者役で違和感ありませんし、淡路恵子もまだ30代なのにおばさん役でも貫禄十分。
長髪でもカーリーヘアでもない、そして独特の石立節で喋らない真面目な青年役の石立鉄男と言うのは殆ど見た事がないので新鮮です。
星由里子は美人で清純で、ちょっとお茶目なところがとてもチャーミング。昔の映画の女優さんはみんな綺麗です。私ももう少し早く生まれていて、リアルタイムに映画館で観たかった。
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十八歳、海へ

中上健次の同名短編小説集の中から「隆男と美津子」を脚色した作品(1979年・にっかつ・藤田敏八監督)

物語。東京の予備校で夏期講習を受講している高校三年生の有島桂(森下愛子)と二浪生の桑田敦夫(永島敏行)。鎌倉の夜の海へ出かけた2人は、暴走族に絡まれていた同じ予備校の五浪生森本英介(小林薫)が、素潜りで喧嘩の決着をつけるのを見る。翌朝2人は真似をして海に潜り、心中と間違えられて金持ちの老人(小沢栄太郎)に助けられて金貰う。心中ゴッコに夢中になった佳と敦夫は、英介のバイトしてるホテルで再び心中騒ぎを起こす。佳の姉(島村佳江)は2人を別れさせようと…

予備校生の森下&永島と、彼等より少し上の島村&小林の2組のカップルの、ひと夏の出会いと別れを描いた作品。
原作は昔読んだのですが、映画を観るのは初めて。原作はごく短いものですし、映画はプロットを借りているだけなので話の中身はかなり違っています。
「心中ゴッコ」を繰り返していた森下&永島は、最後に本当に死んでしまうのですが…、彼等が何故死を弄ぶのか、物語の上からはさっぱり掴めません。陳腐な言葉ですが、あえて言えば70年代後半の若者の不安定感や無気力感、それゆえの刹那主義的発想と言うことになるんでしょう。本作にしろ、受験生がキレる「高校大パニック」にしろ、或いは行き当たりばったりで原爆を作ってしまう「太陽を盗んだ男」にしろ、通底するのは今、自分たちに無為を強いている「怠惰な日常」への反抗です。劇中に描かれるこの時代の若者の気分はいつも同じようなものに見えます。尤も、そういうものに共感できるかどうかは観る人次第ですが。
一方、妹たちの事件が縁で知り合って関係を結ぶ島村&小林。こちらの方は割り切った大人の恋なのかと思ったらそうでもなくて、なんだか情念的になって来てドロドロ。結局、森下&永島が死んだ後で、島村さん曰く「あの2人にはこの夏しかなかったのね…」とか言って、こちらも別れるのですが…そんなふうに勝手に納得して終わられても、観てる方としちゃ困ります。要領を得ないまま、ただ"雰囲気"だけでだらだらと話が進行して行って、そのまま終わってしまうのは、よくも悪くもこの時代の日本映画の典型的パターンです。

が、そんなことは実はどうでもよくて^^;私がこの映画を観たかったのは島村佳江さんが出ているから。
前にも書きましたが、サスペンスドラマなどで翳のある役を演じることの多かったクール・ビューティな女優さん。私が10代の頃好きだった方でした。
この映画では妻子ある男との不倫関係に疲れて、小林薫とひと夏限りの約束で愛し合うと言う役柄。最初は単に妹思いの姉の役なのかと思いきや、途中でいきなりロタ島へバカンスに行ってしまうと言うストーリー展開の唐突さには唖然としましたが(単にスタッフが行きたかっただけだったりして^^;)都会にいようと、南の島にいようと、このひとの周りにだけ透明な膜が張ってあって、別の潤んだ空気が流れているような雰囲気が素敵です。ベッドシーンでの官能的な表情のアップとか、浴衣姿とかも色っぽかったし。やっぱり島村さんいいわ~。って、オッサン興奮しすぎ?^^;
島村さんは、90年代初めぐらいまではテレビドラマで見かけましたが、その後は活動歴が途絶えてしまいました。どうされているのかとずっと思っていたのですが、今年3月に亡くなった女優の藤間紫の葬儀の写真中に、位牌を持つ喪服姿の島村さんの姿があってびっくり!少しお年を召していましたが、確かに島村さんです。て言うことは、藤間紫の息子と結婚したんですか!?知らなかった…。つーか、そんなこと今まで全く話題になったこともなかった気がするが。。。しかも息子さんが現在、ジャニーズJrなんだとか。ただただ、驚きです(ちなみに息子さんの画像見ましたが、切れ長の目が島村さんそっくりです)

小林薫は「新人」の表記がありますが、その前にもいくつか出演作はあるようなので、メジャーデビュー作と言うことでしょうか。永島敏行と森下愛子は前年の「サード」(ATG、東陽一監督)に続くコンビ。本作でも、森下の形良いきれいな胸が拝めます。あ、あと小沢栄太郎(当時71歳)のふんどし姿も観られますよ、って、それこそどーでもいいですね。
出演者はほかに小松方正、鈴木瑞穂、下条アトム、小中陽太郎(特別出演)など。


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高校大パニック

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数学できんのが、何で悪いとや~!!(1978年・日活・沢田幸弘&石井聰瓦監督)

物語。蒸し暑い夏。福岡の進学高校で受験ノイローゼの生徒が飛び降り自殺。それをきっかけに落ちこぼれ生徒・城野(山本茂)の怒りが爆発。教室を飛び出し銃砲店からライフルを奪った城野は、再び教室に戻るや数学教師(久富惟晴)に銃を乱射し射殺。更に駆けつけた警官たちにも重傷を負わせた後、女生徒(浅野温子)を人質に屋上の倉庫に立て篭もり…

この映画をリアルタイムでは知らなかったのですが、そう言えば当時「数学できんのが何で悪いとや~」と叫びながら銃をぶっ放すテレビCMをやっていたような記憶があります(この台詞はこの年に始まった「うる星やつら」でもネタに使われていました)。
って言うか、これ、「帰らざる日々」との併映だったんですねえ。。。「帰らざる日々」で感動した直後に引き続きこれを観た観客は、さぞ鬱になったんじゃないかと想像します。「マタンゴ」&「ハワイの若大将」の二本立てに比肩する凄まじい組み合わせですね。

「帰らざる日々」が、あまり高校生に見えないオッサン俳優による作り物めいた青春ドラマであるのに対して、こちらの方は殆ど無名の、いかにも等身大っぽい高校生の出てくるドキュメント仕立て。思い起こせば当時、「受験地獄」と言うのが社会現象だったのでしょう(漫画「東大一直線」もこの頃)。
石油ショックを契機に戦後一貫して続いていた右肩上がりの経済成長が終焉、不況のどん底に喘いでいたがゆえに、受験生にはよりいい大学へ、会社へとプレッシャーが掛けられる一方、ついて行けない者は落ちこぼれとして切り捨てられる…そんな時代の始まりだったのではないかと思います(尤もその頃やっと田舎の中学生だった私には、それ程の感覚はありませんでしたが)。本作はそうした時代に対する抑圧された世代の怒りと復讐をストレートに表した作品です。

ヒューマニストぶっていたくせに自分が銃を向けられるや「城野を殺せ」と錯乱する生活指導主任の河原崎長一郎。学校の体面ばかり気にしている校長と教頭。騒ぎによる受験勉強の遅れを心配する同級生たち。脈絡なく突然現れ日教組批判をぶつ街宣右翼。キレイ事を並べるテレビ局のレポーター。その他、いかにもと言う感じの野次馬たち。
シリアスとコミカルが入り混じったような展開の中で、「犯人射殺」の決意を秘めた青木義郎扮する捜査主任だけは着々と準備を固めていきます。
哀しいのは、たまたま逃げ遅れて人質になってしまった、浅野温子扮する女生徒。彼女も母子家庭育ちの落ちこぼれで、普段いつも教室の窓から外を眺めていた孤独な少女。ところが警察の誤射によって命を落としてしまったのは彼女の方で、強行突入した警官隊によって逮捕された城野が「来年受験があるんだ~、ラジオ講座があるんだ~」と意味不明なことを叫びながら連行され去った後、取り残された遺体にすがって泣く母親の宮下順子…と言う、何ともリアルでやりきれない結末。
いかに無差別通り魔殺人が横行している現在の狂った世の中とは言え、幸いにして日本は銃社会ではないため、この映画が未来を予言した作品になっていないのだけは救いです。

当時17歳だった浅野温子。カッワイイ~と言いたいところですが、醒めた少女を演じていてもうこの頃から既に不思議な貫禄があります。撃たれた後で小ぶりの胸をさらけ出すシーンはご愛嬌。
出演者はほかに赤座美代子、梅津栄、稲垣昭三、内田稔など。
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帰らざる日々

泥臭くて垢抜けなくて、切なくてほろ苦い1970年代の青春像(1978年・日活・藤田敏八監督)

物語。東京で小説家を目指しながらキャバレーのボーイをしている野崎辰雄(永島敏行)の許に父親の訃報が届く。6年ぶりに故郷長野県飯田へ帰る列車の中で、辰雄は高校三年の夏のことを思い出していた…。
喫茶店のウエイトレス・真紀子(浅野真弓)に思いを寄せていた辰雄は、真紀子と親しげな黒岩隆三(江藤潤)に反感を抱く。隆三が真紀子といとこ同士だと知らない辰雄は突っかかって行くが、やがて2人は惹かれ合うようになる。隆三は辰雄と真紀子と間を取り持とうとお節介を焼くが、内心では隆三もいとこの真紀子に惚れていた。だが真紀子には妻子ある愛人(中尾彬)がいることを知り…

♪最後の電話を握り締めて…
♪bye bye bye 私の心~
で有名な(と言っても若い人は知らんでしょうが^^;)アリスの同名ヒット曲名に因んだ青春映画。70年代の日活と言うとロマンポルノのイメージが強いですが、一方ではこういう一般映画、青春映画も撮っていたんですね。
物語は、父親の訃報で故郷へ帰る主人公の、青春時代の回想と言う形式で展開します。
自分の中途半端さを持て余している少年の倦怠。父親の不倫、年上の美しい女性への憧れ、男同士の汗臭い友情、異性との初体験、大人との間の越えられない壁、そして失恋と、友との悲しい別れ…等々。
青春映画にありがちな要素を全て詰め込んだようなストーリーですが、最後はじーんと来てしまいました。私自身にはこう言う青春は全然なかったんですけどね、でも時代が被っているだけに映画で青春の追体験をしているような気分になりました。木造の校舎や緑の山々に囲まれた地方都市の風景が郷愁を誘うし、緑とオレンジのツートンカラーの電車なんかも懐かしくて、この映画の撮られていた時代そのものが自分にとっての「帰らざる日々」のような、センチな気分にさせられます。

70年代後半の青春映画を代表するスターと言えば永島敏行と江藤潤…と言い切ってしまっていいのかどうかわかりませんが、ちょっと田舎の、垢抜けない素朴な高校生役と言ったらこの二人の顔がまず浮かびます。特に、江藤潤。この映画では不良っぽく斜に構えた一見感じの悪い奴なんですが、内面は繊細で傷つき易いキャラクターを好演しています。ちなみに2人とも既に二十歳を超えていましたので、当時から見てもあまり高校生とは思えないのですが、20代の俳優が高校生役を演じるのは、少なくとも80年代前半ぐらいまでは普通のことでした。

主人公の憧れる年上の女性を演じた浅野真弓。NHK少年ドラマシリーズ「タイムトラベラー」のヒロインを演じた頃とは、別人かと見違えるぐらい雰囲気が変わっていますが、これでもまだ21ぐらい。昔は二十歳ぐらいを境に大人と子供の区別がはっきり存在していたんだなあという気がします。
その愛人役の中尾彬。池波志乃と結婚してからはすっかり鴛鴦夫婦、愛妻家に収まってしまいましたが、それ以前は私生活でプレイボーイと噂され、役柄もそんな役が多かったように思います。
ちなみに、辰雄と電車の中で出会った元同級生・丹波義隆のフィアンセが、どっかで見たと思ったら、江戸川乱歩の美女シリーズ「悪魔のような女」で早苗役をやっていた加山麗子でした。
出演者はほかに朝丘雪路、中村敦夫、竹田かほり、吉行和子、草薙幸二郎、小松方正など。


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男たちの旅路 第2部

1976年2月にNHK「土曜ドラマ」枠で放送された山田太一シリーズ「男たちの旅路」。警備会社を舞台に、戦中派で特攻隊の生き残りの吉岡晋太郎(鶴田浩二)と戦後生まれの若者たちとの対立を描いて好評を博したドラマ。それから1年振りに放送された第2部です(1977年2月5日~19日・NHK・山田太一脚本)

今回から新たに鮫島壮十郎(柴俊夫)が加入。更に吉岡の警備会社の社長の小田(池部良)がレギュラーに加わっています。杉本陽平(水谷豊)、島津悦子(桃井かおり)は引き続き同じ。出演者はほかに五十嵐淳子、金井大、橋爪功ら。
第1部では戦中派としての吉岡の心情を描くこと自体がメインでしたが、今シリーズからは様々な社会問題に踏み込んでいます。

第1話 廃車置場(1977年2月5日放送)
物語。大企業を辞めて警備会社にガードマンとして就職した壮十郎(柴俊夫)。彼は採用されるにあたって、司令補の吉岡(鶴田浩二)に「仕事を自分で選ぶ権利が欲しい」と申し入れる。吉岡は何故かその条件を呑み、反対を押し切って採用する。しかし他の警備士たちからの猛烈な反発を招き、社長の小田(池部良)は吉岡の真意を質す…

新登場である壮十郎の紹介も兼ねた、今シリーズのプロローグ編。
「自分の納得できる仕事とは何か」「仕事の範囲とは何か」と言う、組織の中で仕事をする人間が一度は遭遇するであろうテーマを扱っていますが、最後はイマイチ釈然としません。
壮十郎は30歳で、20代前半の陽平や悦子より年長。つまり多少なりとも社会経験のある彼を吉岡と陽平たちとの間に挟むことで、単純に世代の断絶にとどまるのではなくて、共有する問題に対するそれぞれの葛藤を描く意図が明白になっています。
もう1人、今回から登場したのが吉岡たちの警備会社の社長役池部良。出番は少ないのですが、組織人としては少し外れた言動も多い吉岡にも理解のある頼れる経営者として、ストーリーの幅を広げる役割を担っています。
新人警備士の研修にあたった陽平が、1年前には自分が吉岡に言われていた台詞をそっくりそのまま言っているのが笑えます。重厚な鶴田と軽妙な水谷とのコンビネーションがこのドラマの原動力でした。
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第2話 冬の樹(1977年2月12日放送)
物語。吉岡(鶴田浩二)は人気バンドのゴダイゴ(本人)のコンサートで熱狂して頭を打った女子高生・平山美子(竹井みどり)を家まで送り届ける。父親(滝田裕介)は警備会社の不備をなじるが、吉岡は逆に「あなたは娘さんを叱らないのか?」と父親に説教してしまい、10日間の停職処分を受ける。そんなある日夜遅く、美子が吉岡のアパートを訪ね…

この話はシリーズきっての名作でしょう。
世間体ばかり気にしていて、子供からは逃げている未熟な親。そういう親の気持ちに敏感な少女の、反発と孤独。
30年前のドラマですから、女子高生の描き方に少し時代を感じる部分もありますが、「親子の断絶」と言うテーマは現在でも全く古びていません。
私に子供はいませんが、「親に理解されない」子供の気持ちも、そして大人になった今では「子供にどういう態度をとったらいいのかわからない」親の気持ちも、よくわかります。
勿論、子供のいない吉岡の気持ちも。
子供視点で観ていた当時は、娘のことを親に話してしまう吉岡に「なんだ、裏切んのかよ」と思ってしまったのを覚えていますが…でも、やっぱり、話すのが当然ですよね。子供に責任を持てるのは、親しかいないのですから。
「いい年をして自分の生き方が決まっておらんから、娘を満足に叱ることもできんのだ!」「子供の生活に本当に心を寄せたことがあるか?どんなことを考え、どんな寂しさをもっているか、本気で想像したことがあるか?」「あの子を叱ってやらねばいかんのだ…抱きしめてやらねばいかんのだ…」etc
吉岡の熱い説教には、もう、涙ボロボロ。
吉岡は、未熟な親たちに説教しているかのように見えながら、実は本人が最も大人気なく熱くなってしまい、若者たちからたしなめられてしまう、そういう姿がまた魅力でもあります。
嗚呼、昔のNHKはホントに素晴らしいドラマを作っていたんだなあ。。。今の堕落したNHKには「受信料返せ」としか言いたくありませんけどね。
女子高生役の竹井みどりが、懐かしい。って、今でも現役の女優さんですけどね。気丈そうでいてナイーブな眼差しに、いかにも"この頃の十代"って感じがしました。
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第3話 釧路まで(1977年2月19日放送)
物語。芸術展に出品中のカンボジアの石像が北海道に空輸されることになっていたが、「展覧会を中止して石像をカンボジアに返さなければ爆破する」と言う脅迫状が届く。そのため急遽裏をかいてフェリーでの輸送に変更され、吉岡(鶴田浩二)と陽平(水谷豊)、壮十郎(柴俊夫)の3人がその警備を命じられる。だがフェリーにはテロリストの三浦(長塚京三)が乗っており、休暇で同乗していた悦子(桃井かおり)と聖子(五十嵐淳子)が人質になってしまう…

東京から釧路までの33時間、フェリーの中で対峙するテロリストと吉岡たち。
当時は、過激派のハイジャックや爆破テロなどが国内でもまだ横行していた時代。正義だ、思想だなどといろいろ御託を並べていても、やっていることは所詮卑劣で意味不明なものとしてテロリストを描いています。
犯人1人を断続的に追いかけるだけの展開が少しショボイ感じもありますが…しかしこのドラマのテーマはそういうところにあるのではありません。
フェリーの船長(田崎潤)は吉岡と同じ戦中派。「戦争中の我々もあのテロリストと同じように見えていたのではないか?」と自問しますが、吉岡は「あんな若者とは全然違っていた」と否定します。
また、彼には犯人と同じぐらい年齢の息子がいますが、「宇宙人と話しているみたいで言葉が通じない」と嘆きます。前作に引き続き親子(世代)間の断絶を描くとともに、戦後三十年経ってしまった同じ戦中派世代内での共感と相違する部分も絡めているところがこの話のミソです。
犯人役の長塚京三が若い(しかも長髪w)。あとフェリーの乗客役で、ケビン・コスナーの吹き替えでもお馴染みの津嘉山正種がちらっと出ていましたね。
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関連タグ: 男たちの旅路

三沢光晴…

プロレスラーでプロレス団体「ノア」社長でもあった三沢光晴選手が13日夜、試合中にバックドロップを受けて頭から落ちた直後に意識を失い、そのまま帰らぬ人になったとのこと。
訃報は当日夜中にネットのニュースサイトで知りました。
正直言って、全然実感が湧きませんね…。
これでジャイアント馬場、ジャンボ鶴田、そして三沢と、全日本プロレスの歴代エースが悉くこの世を去ってしまいました。。。

私は鶴田ファンだったため、三沢と言うと、「鶴田超え」に挑んでいた1990年から92年までの姿が最も印象的です。
当時の鶴田は「怪物」「完全無欠のエース」と称され、余りにも強すぎて面白くないとまで言われる程の大レスラー。その鶴田より10歳以上も若くてキャリアが浅く、また体格的にも劣る三沢が真正面からぶつかって行く姿は悲壮ですらありました。
従って、鶴田ファンでありながら、年齢的には近い三沢にも心情的には肩入れしたくなるような気持ちで闘い振りを見ていました。
その鶴田が92年、突如病いに倒れた時には、一気にプロレス熱が冷める思いでしたが、それでもファンを止めるまでは至らず、今や全日のエースに上り詰めた三沢の姿を見続けていました。
でも、特にこれと言って思い出せる試合や場面と言うのはないんですよね。当時の全日は毎回固定された同じメンバーで毎回同じような展開の試合ばかりでしたので、どれがどの試合のことだったのかと記憶が曖昧になります。
ただ、「こんな試合ばっかりやっていて、体は大丈夫なのか?」と毎回ひやひやしたことだけは覚えています。
当時はプロレス人気が完全に下降してテレビに依存することができなくなり、リング上の熱い闘いのみで観客を惹きつけるしか術のなくなっていた時代。これでもかこれでもかと言うぐらい過激な技がエスカレートする一方なので、三沢も満身創痍という感じでした。いかに類稀な身体能力を持つ三沢と言えど、この頃から疲労が蓄積していたのでしょうね。テレビの解説席に座っていた馬場さんが、余りにも凄まじい三沢の試合に涙ぐんで絶句してしまうと言うシーンがあったほどです。
その馬場が99年に死去。更に、既に第一線から退いていた鶴田も完全にリングを去った上、翌00年には急死。すると全日本プロレスでは内紛が表面化し、三沢たちが離脱して分裂してしまいました。
この時点で私のプロレスへの関心は全くなくなり、その後のプロレス界がどうなっているのかも殆ど知りません。
ただ、たまに最近の三沢の画像などを目にした時には、「三沢も老けたなぁ」と思うことはありました。私の中では全日本プロレスのエースとして活躍していた90年代の、まだ若く精悍な風貌を残していた当時のイメージで止まっているので、あまりの変わりように驚かされたものです。年齢も年齢だけど、社長レスラーとしての心身の疲労が顔に表れている…と言う印象でした。
が…まさかこんなに早く、こんな形での訃報を聞くことになろうとは…。

三沢選手、今までありがとう、お疲れ様でした。
安らかにお眠り下さい。


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