文庫本あれこれ

現在は絶版のもの、版は重ねているが装丁が異なるものがあります。

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坂口安吾『不連続殺人事件』と『復員殺人事件』(角川文庫)
『不連続』の表紙は映画のスチール。たぶん10年以上この表紙が続いたんじゃないかと思うのですが、ATGのマイナー作品な上、あまりテレビで放送されたこともないので(私は一度観ましたが)殆どの読者に何の場面だかわからなかったのではないかと思うのですが^^;
『復員』は絶版みたいですね。

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三島由紀夫『仮面の告白』と『音楽』(新潮文庫)
新潮文庫の三島作品と言えばタイトルと名前を大書きしただけのシンプルな装丁が定番でしたが、最近のものはだいぶカラフルなデザインになっているようです。
ちなみにこちらは角川文庫の三島作品ですが、
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…なんで同じような装丁だったんでしょうか(笑)

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カミュ『太陽の讃歌』と『反抗の論理』(新潮文庫)
新潮文庫はこういうシンプルな装丁が多かったですね。現在は絶版です。
しかし俺、こんなの本当に読んだのかな^^;

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安部公房『幽霊はここにいる・どれい狩り』と『緑色のストッキング・未必の故意』(新潮文庫)
これも今、絶版なんですね。知りませんでした。うかうかしてると、みんな絶版になっちゃいますね。。。

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岡本綺堂『半七捕物帳』(旺文社文庫)
受験で有名な旺文社は昔、名作物を中心に文庫を出版していました(現在は廃刊)

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田河水泡『のらくろ漫画集(1)』(講談社・少年倶楽部文庫)とつげ義春『腹話術師』(講談社漫画文庫)
漫画の文庫本化のはしりとなったのが、たぶんこの「少年倶楽部文庫」ではなかったかと思います。
以後漫画を扱う出版社からは続々漫画文庫が創設されました。


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ミステリーあれこれ

別に珍しいものはありませんが、お慰みに載せときますね。

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『江戸川乱歩傑作選』(新潮文庫)
現在でも出版されていますが、装丁が違います。

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海野十三『美しき鬼』(ポプラ社)は「名探偵シリーズ」の第9巻。内容は海野十三の『蝿男』をリライトしたものです。右は『深夜の市長』(桃源社)

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『久生十蘭全集』(三一書房)第7巻(「十字街」等収録)と『魔都』(社会思想社・教養文庫)
久生十蘭、結構好きでしたね。

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空前のブームとなった角川文庫の横溝正史作品。

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『横溝正史の世界』(徳間書店)と『探偵小説五十年』(講談社)
エッセイ集もでました。

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『死仮面』(カドカワノベルス)
こちらは横溝死去の直後に出された新刊。
「さよなら」の文字が悲しい…

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小栗虫太郎『黒死館殺人事件』(桃源社)
うー。実はこれ、いまだに読んでいない。。。

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『新青年傑作選』
戦前の探偵小説誌「新青年」の傑作選。左は立風書房版、右は角川文庫版

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『宝石推理小説傑作選』(いんなあとりっぷ社)
戦後の推理雑誌「宝石」の傑作選。

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昭和54年版「江戸川乱歩全集」(講談社)

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現在では江戸川乱歩の全作品(小説、少年物、随筆、評論)を網羅した全集が文庫廉価版で容易に手に入りますが、私が乱歩を読み始めた当初は、ポプラ社の少年探偵シリーズのほかには春陽堂文庫版と角川文庫版、それと新潮文庫の『江戸川乱歩傑作選』があるぐらいでした。
しかし昭和54年に講談社から乱歩の全集(全25巻)が出版され始めました。
しかもこれはその10年前の昭和44年に出版されその後は絶版になっていた全集を増補した「決定版」とのこと。乱歩ファンとして買わずにはいられません。毎月980円×2冊ずつ配本で1960円ですから、その頃いくら小遣いを貰っていたか忘れましたが、当時の中学生としちゃ、結構高い買い物でしたね^^;
尤もこの全集、「決定版」と言いながら実は少年物と評論・随筆は一部しか収録されていません。なので数年後に同じ講談社から旧版をさらに増補した全集が、しかも文庫廉価版で出たときには、「騙された」と思いました^^;まあ、後から出る方がだんだん内容が充実していい物になっていると言うのは、よくある話ですが。
全集の内容は、1~15巻が「小説」、16~22巻が「評論・随筆」、23~25巻が「少年物」となっており、各巻毎に中島河太郎の「解題」と、著名な作家評論家らの「解説」が付き、イラストは古沢岩美、永田力、横尾忠則の各氏(ただし横尾氏のイラストは昭和44年版全集からの使い回し)でした。
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第1巻『屋根裏の散歩者』挟み込みの「月報」1。横溝正史が乱歩の思い出を書いています。

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全巻が揃った場合の箱の背の絵柄はこうなります。

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第3巻の箱帯に「江戸川乱歩ポスター」プレゼントの告知がありました。
応募しなかったので、どんなポスターが貰えたのか知りませんが…。


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ポプラ社「少年探偵シリーズ」旧版27巻以降

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昨年来、ポプラ社の「江戸川乱歩全集・少年探偵シリーズ」が、私が子供の頃に愛読していた時代の懐かしい表紙・装丁により文庫版で復刻しています。
特に、大半の表紙絵・挿絵を手掛けた柳瀬茂氏の、ちょっとレトロ感覚でロマンティックでミステリアスな画風には、当時どれほど想像力を掻き立てられたことでしょう。やっぱり「少年探偵シリーズ」はこれでなくっちゃ、と思います。
でも…残念ながら、と言うか、当然ながら、と言うか、旧版の27巻以降、つまり乱歩の大人物小説を他の人が書き改めた作品は復刻しませんでした。
件の旧版27~46巻のうち、私が持っているのは6巻分だけです。だって貧乏な小学生だったから、お金がなくて買えなかったんだもん^^;それに途中から、乱歩のオリジナルの方を読み始めてしまったので、ポプラ社版は買い揃える必要もなかったのです。
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現在も手元にあるのは第27巻『黄金仮面』、28巻『呪いの指紋』、30巻『大暗室』、31巻『赤い妖虫』、34巻『緑衣の鬼』、42巻『蜘蛛男』です。ただこのうち『黄金仮面』は「少年探偵シリーズ」ではなくて「名探偵シリーズ」の第1巻となっています。
これは確か古本屋で買ったのですが、元々旧版の27巻以降は「少年探偵シリーズ」とは別のシリーズとして発行されていたらしいです。この「名探偵シリーズ」には乱歩だけではなく横溝正史や高木彬光、海野十三らのジュナイブル作品も収録されています。
しかし便利な時代になったもので、ネット上を検索すると「少年探偵シリーズ」の表紙は比較的容易に画像が検索できるので、旧版27巻以降の分も見ることができます。ただ、さすがに中身の挿絵まで見せてくれているところは、ないようです。ならば、かくなる上は私が…と思ったのですが、私が持っているのは6冊だけだし^^;それに1冊分を全部見せるわけにもいきません。そこで、ほんのごく一部だけですがアップしてみますので、往時を懐かしんで貰いたいと思います(なお挿絵は柳瀬茂氏です)。
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『赤い妖虫』

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『呪いの指紋』

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『蜘蛛男』

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江戸川乱歩「白髪鬼」より 宝石の美女

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新座頭市物語 笠間の血祭り

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勝新太郎の座頭市シリーズ第25作目(1973年・勝プロ製作/東宝配給・安田公義監督)

物語。座頭市(勝新太郎)は二十数年振りに故郷の笠間に帰ってくる。時を同じくして、江戸で豪商になっていた市の幼馴染・新兵衛(岡田英次)も故郷に錦を飾る。新兵衛は不作続きで苦しんでいた村人たちのために千両箱を土産に持って来たので名主総代(土屋嘉男)たちは大喜び。だが新兵衛の本当の狙いは他にあった…

1962年から始まった映画の座頭市シリーズは、本作を以ってひとまず終止符が打たれました。この後テレビに場を移した(1974年~79年)後、89年に16年振りの映画版が公開されましたが、結局それが最後の座頭市となってしまい、勝新の死とともに封印されたわけです(北野?香取?知りません)。
それはさておいて、
物語の冒頭、故郷の笠間の近くまで来た座頭市は懐かしさの余り思わずそちらに足を向けます。この時点でもう次にどういう展開が来るか想像がつくのですが、案の定、成功者である新兵衛の帰郷に湧く村人たちは市なんかに目もくれません。また、幼い頃一緒にスイカ泥棒をした仲だった新兵衛にも冷たくされます。帰ってくるんじゃなかった…と言う座頭市の孤独と悔恨が手に取るようにわかり、観ているこっちもぐっと来ます。でもその後はあまり胸に迫りません。いつも同じ感想なんですが、シリーズ後半の作品は登場人物が多すぎてごちゃごちゃする分、どうも話が薄いんです。
市は乳兄妹にあたるおみつ(十朱幸代)とその祖父(志村喬)に出会って懐かしんでもらい、やっぱり帰ってきてよかった…と言うことになるのですが、その後志村喬は市とさほど絡むでもなくすぐ殺されてしまうので、あたら名優も持ち腐れな感じ。存在感が薄いといえば名主総代の土屋嘉男も、何か一癖ある役なのかと思ったら新兵衛に騙されてあっさり首を吊ってしまうだけでした。うーん。五社協定が崩れて出演者が豪華になるのはいいんですが、文字通り役不足と言うか、大映時代だったらこの程度は京都撮影所専属の脇役さんクラスで十分な役だったんですけどね。
サイドストーリーに絡むのは、市と相前後して村にやって来たフーテンたち(岸部シロー、横山リエら)。彼等のキャラクターなんかはいかにも70年代ぽくて面白いのですが、ただ、こんな連中に構ってるヒマがあるならおみつたちとの交流をもっとじっくり描いて欲しかったところ。あれもこれもと詰め込みすぎて、物語の中心がどこにあるのかわからなくなります。
本作の悪役である新兵衛は市の幼馴染と言うことで、一見シリーズ初期にあった「本来斬っちゃいけない人を斬らねばならない」と言う、座頭市の宿命と業を路線に回帰している観はあります。しかし、市と新兵衛が幼馴染であった、と言うのは言葉の上で語られるだけんで、旧友を斬らねばならない市の心の陰影とか情念が物語に反映されて来ない憾みがあります。はっきり言えば別に悪役が幼馴染である必要もないんですね。故郷の村人たちを情け容赦やくだまくらかして村の石切り場を自分のものにしてしまおうとする、冷酷で知能犯的な悪役を演じた岡田英次は好演でしたが。
この新兵衛と結託する代官に佐藤慶、やくざに遠藤辰雄(太津朗)。最後に佐藤慶は市に頚動脈をぶった切られて、血しぶきとともに「キャーッ」という叫び声をあげながら死んでゆくのですが、あの佐藤慶のどっからこんな声が出るんだと思うような黄色い声でした。それにしても遠藤太津朗は、このシリーズで何回やくざの親分を演ったんだと思うぐらいよく出ています。
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江戸川乱歩「暗黒星」より 黒水仙の美女

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全日本プロレス中継

子供の頃はプロレスに興味がありませんでした。親が嫌っていたからです。
従って殆どプロレス中継も観たことがなかったのですが、興味を持ち始めたのは、「全日本プロレス中継」(日本テレビ)が土曜日の夜から夕方に放送時間帯を移してからでした。
晩御飯前のひまな時間にぼんやり観ているには格好の番組だったし、またプロレス嫌いの親も夕方に観ている分にはそう文句も言いませんでしたから。従って私は、猪木より馬場のファンでした。
(念のため説明しておくと、アントニオ猪木率いる「新日本プロレス」を放送していたのがテレビ朝日、ジャイアント馬場率いる「全日本プロレス」を放送していたのが日本テレビ。両団体は交わるとなく対立していました。
が、それはさておき…)

日本テレビのスポーツテーマ曲に乗って始まる「全日本プロレス中継」。
登場するのは、”世界の巨人”ジャイアント馬場、”若大将”ジャンボ鶴田、相撲から転向した天龍源一郎、大熊元司&グレート小鹿の”極道コンビ”。
対する外国人レスラーは、”黒い呪術師”アブドーラ・ザ・ブッチャー、”アラビアの怪人”ザ・シーク、”仮面貴族”ミル・マスカラス、”テキサスブロンコ”ザ・ファンクス(ドリー&テリー)、”ミスタープロレス”ハーリー・レイス、”超獣”ブルーザー・ブロディ、”不沈艦”スタン・ハンセン…etc
ああ、こうして名前を挙げているだけでも、何だか思わずワクワクして心が少年時代に戻って来てしまいます^^;

一方、テレビ番組としての「全日本プロレス中継」を支えていたのは、実況の倉持隆夫(日本テレビアナウンサー)、解説の山田隆(東京スポーツ)のご両人でした。
倉持アナウンサー(画像左)は一見、地味で生真面目な正統派スポーツアナウンサー風。しかし興奮すると自分でも何を言っているのかわからなくなるのか、時々突拍子もないことを言い出すのが特徴。
対する解説の山田さん(画像右)はブルドックのような顔が印象的。やたらとアメリカのプロレス事情に造詣が深く、独特のしわがれ声で滔々と語る口調が特徴でした。
そしてもう1人。

画像がないのが残念なのですが、セミレギュラーの解説者として田鶴浜弘さんという方がいました。
この方は漫画「キン肉マン」のキャラクター・タザハマさんのモデルとして有名ですので、知っている人は知っているでしょう。オールバックの見事な白髪と高い鉤鼻が特徴的な解説者でした。
何しろ戦前のアメリカのプロレスから見ていると言うプロレス評論の大御所なのですが、私が観た頃はかなりのご老体で、ちょっとボケかかってもいたのでしょうか。トンチンカンな解説で、倉持アナを困らせていましたね。
例えば。

●マスカラス&ドス・カラス対ブロディ&ハンセンにて
田鶴「あのね、これは映画のスターウォーズ、あれを私は思い出しますよ」
倉持「はい」
田鶴「両方の体重差がね、えー70(kg)、70ありますねー」
倉持「ええ…」
田鶴「ですからまぁ編隊飛行、なんて華やかな事をやってもらいたいな。えー空軍と地上軍の対決、えー地上軍でもこれはエアフォースとネイビー、じゃなくて、このぐらいの馬力になると、あー、ネイビーですね」
倉持「はい…」
田鶴「アーミーじゃないや、軍艦並だ、こりゃ。ハッハッハッハ」
倉持「(無視して)今、ドス・カラスが先に登場してまいりました…」

↑倉持アナと田鶴浜さんの間に流れる微妙な空気が、字面の上からでも伝わったでしょうか。
ある意味じゃ試合よりシビアな実況解説を味わうのも、昭和のプロレス中継の楽しさでしたね。。。


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小説吉田学校・再見

「小説吉田学校」(1983年・フィルムリンク・インターナショナル・森谷司郎監督)再見していました。
物語は、敗戦直後の昭和20年代、「ワンマン」と言われた吉田茂首相(森繁久彌)と彼の弟子たち-佐藤栄作(竹脇無我)、池田勇人(高橋悦史)、田中角栄(西郷輝彦)、娘和子(夏目雅子)の夫・麻生太賀吉(村井国夫)ら通称「吉田学校」の人々と、吉田の宿敵鳩山一郎(芦田伸介)、河野一郎(梅宮辰夫)、三木武吉(若山富三郎)らとの政権抗争を描いた娯楽政治史ドラマです。

原作は政治評論家戸川猪佐武の同名ベストセラー小説。
「歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は茶番として」(カール・マルクス)
と言う言葉どおり、つい先日の総選挙では吉田茂の孫と鳩山一郎の孫との間で政権争奪戦が行われた挙句、最後は鳩山が勝ったのも同じです。それが茶番なのかどうかはともかくとして、映画だから美化されている点を考慮しても、この映画を観ていると孫より祖父、今より昔の政治家の方が偉く思えてしまうのは致し方のないところです。
ちなみにこの映画は封切当時に映画館で観ていますが、公開当時だと映画に扱われた時代からまだ30年後だったので劇中人物の多くは存命で現役でした。吉田とか鳩山はさすがにもう亡くなっていましたが、田中角栄、中曽根康弘(映画では勝野洋)、三木武夫(峰岸徹)、宮澤喜一(角野卓造)などはバリバリの第一線でした。
また、公開当時は「ニューリーダー」と言われた安倍晋太郎とか竹下登なんかが「ポスト中曽根」を伺っていた頃なので、映画の中にもちょろっと出てきます。昭和20年代はまだ無名だったはずなんですが。
そういう意味じゃ、公開当時に観た時はリアルに知ってる政治家たちがたくさん出ているせいもあって、別に「偉い」って感じにはなりませんでしたけどね。まあ、今も昔も政治家なんて所詮同じもんだっ、てね。
なのに20年経った今では田中も中曽根も、或いは竹下も安倍パパも、今現在の政治家より何となく偉く思えてしまうから不思議です。「昔は良かった」と言う懐古趣味な部分もあるんですけど、小林秀雄の言うような「死んだ人間の方が人間らしい形をしている」からなのかもしれません(おっと、中曽根はまだ存命か^^;)

映画に話を戻すと、映画の構成は、前半が吉田茂首相(森繁久彌)が艱難辛苦を乗り越え日本の講和独立を勝ち取るまで。後半が、宿敵鳩山一郎(芦田伸介)、特に鳩山派の謀将・三木武吉(若山富三郎)との抗争を描いた、事実上の二部構成となっています。
前半で日本がまだ敗戦国で占領軍(GHQ)統治下に置かれている時代はモノクロで描かれ、講和独立とともにカラーパートに移っています。つまりカラーになってからが今(公開当時)に繋がる「現代」。吉田茂が現代政治の楚を作ったと同時に、吉田vs鳩山の争いこそが自民党派閥抗争の原点であった、と意識させる効果を狙っていると思われます。

内容的には主役が吉田茂である以上、吉田派は概ね善玉の扱い。
しかし、美男子の佐藤栄作が竹脇無我と言うのはまだいいにしても、田中角栄が西郷輝彦って…。口髭生やして扇子バタバタさせている「角さん」のパブリックイメージに笑わされてしまうのですが、やっぱ西郷輝彦の「どてらい奴」的なキャラに重ね合わせたキャスティングだったのでしょうか。
一方、反吉田派は悪玉と言うわけではありませんが、人相の悪そうな顔触れが演じているのが特徴。
三木武吉=若山富三郎、河野一郎=梅宮辰夫、浅沼稲次郎=小池朝雄なんて、ヤクザ映画かと思いました。特に病床から起き上がる鳩山の背中に羽織をかける河野、その傍らで腕組みする三木武吉 …なんてシーンは、まさに老親分と若頭、叔父貴分ヤクザそのまんま!まあ政治家もヤクザも似たようなもんですけどね。。河野一郎とか三木武吉なんかは、実物の映像も見た事がありますが、ひょっとしたら二、三人殺してるんじゃと思わせるような凄みと迫力のある風貌していました。この点はふやけた顔つきの、近年の二世政治家と違うところです。
出演している役者さんでやはり上手いな~と思うのは、日和見の田舎代議士・廣川弘禅を演じた藤岡琢也と、吉田派の策士・松野鶴平を演じた小沢栄太郎。いかにも下品で小狡い小狸の藤岡と憎たらしい狸親父の小沢。こういう癖のあるキャラクターを演じられる役者さんがいるといないとでは人間群像劇の幅が雲泥に違いますね。


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ルージュの伝言(松任谷由実)

rougenodengon.jpg『ルージュの伝言』と言うのは松任谷由実(ユーミン)の曲のタイトルであると同時に、彼女の自伝的エッセイの題名でもあります。1983年に角川書店から発行され翌年には文庫化されています。

私の手元にあるのは昭和60年(1985年)の文庫版第12版ですが、当時これを読んだ時の感想は「イヤな女だな~」と言うものでした。

再読していないので、どこがどうしてそう思ったのか細部は忘れてしまいました。ただ、ひとつ覚えているのは、ユーミンが学生時代だかの取り巻きの中に、彼女の真似ばっかりしてる子がいて、その後何年も経ってから(つまりユーミンが有名になってから)偶然再会した時に、相手は懐かしそうに話しかけて来たのに、ユーミンは昔のことを思い出して不快になって無視した、と言うようなエピソードが書かれていたことです(違っていたらごめんなさい)
「オリジナリティのないものを憎む」と言う、彼女の面目が躍如としていて面白くはあるのですが、一般人に過ぎない相手からしてみたら、有名になったとたん見下しているようにしか感じられなかったでしょうね。

あともうひとつは、伊勢正三(「二十二歳の別れ」を作詞作曲した「風」のリーダー)から「ユーミンが都会派とか言ったって、所詮八王子だもんね」と言われて、"田舎者のアンタと一緒にされてたまるか!"と猛烈な反発を感じた、と言うエピソードです。
伊勢正三は確か九州ですよね。1960年代頃の九州と東京八王子と、どっちが田舎なのか私にはわかりません。ただユーミンは「八王子で三代続いた老舗の呉服店」とやらのお嬢様であることが誇りであり、「東京オリンピック」を間近で経験した、と言うことが自慢であることは間違いありません。

まあ伊勢正三の「東京コンプレックス」もどうかとは思いますが、少なくとも1970年代までの「東京」は、確かに「地方」とは違う、洗練された別世界と言うイメージだったと思います。

例えばマイペースの「東京」(1974年)と言う曲があります(♪東京へは、もう何度も行きましたね。君の住む、美し都~)。東京へ行った恋人との遠距離恋愛を歌った、太田裕美の「木綿のハンカチーフ」系のテーマの曲ですが、ここでの東京は「遠い世界」「夢のような憧れの大都会」として描かれています。当時はまだ、東北新幹線も開通していなかったですしね。その「遠い距離」に引き裂かれた恋人たちの、切ない哀感がこれらの歌には込められていました。
しかしJRのイメージソングにも使われたユーミンの「シンデレラ・エクスプレス」(1985年、アルバム「DA・DI・DA」に所収)となると、もう全く違ってしまっています。そこでは「東京」と「地方」とが物理的にも心理的にも、それほど遠い距離ではないと言う感覚になっているからです。うっかりすると「遠距離恋愛こそ今のトレンドなんだぁ♪」と勘違いして憧れてしまいそうな、軽いノリですね。
ちなみに当時(80年代)、地方都市(県庁所在地)のJR駅舎が建て替えられ、どの都市の駅もみんな同じような外観、そして駅前の様子は全て似たような佇まいになってしまいました。これは当時、私自身が身近で経験したことですから間違いありません。
一方、70~80年代初めぐらいまでのユーミンのアルバムは、せえぜえ30~50万枚ぐらいしか売れていません。それが一挙に100万枚を超えるミリオン・セラーになったのは、80年代後半からです。
つまり地方都市もただの「小都会」や「小東京」になってしまい、それぞれの街の特色や質的な違いがだんだん薄れてしまった時代と、ユーミンが広く一般大衆に受け入れられるようになった時代とが、リンクしていることになります。
ユーミンは『ルージュの伝言』の中で「渋谷の路地裏が私にはロンドンに見える」と書いています。これはユーミンの曲を聴く者にとって「地方都市の路地裏が私には東京に見える」と言うのと同じことでもあります。
「ユーミンの時代」(それは現在も続いている)とは、「何を見ても所詮みんな、表層的で同じものしか見ていない」と言う、想像力の欠如と現実からの遊離を加速した時代の始まりだった…と言ったら、言い過ぎでしょうか。。。


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