美女と液体人間

1959年/東宝/本多猪四郎監督
出演/白川由美、佐原健二、平田昭彦、佐藤允、千田是也、小沢栄太郎、土屋嘉男、田島義文、中丸忠雄ほか
物語。銀座の街角で麻薬ギャング団の1人、三崎(伊藤久哉)が服だけ残して忽然と姿を消す。富永捜査一課長(平田昭彦)らは三崎の愛人のクラブ歌手新井千加子(白川由美)をマークするが富永の親友で城東大学生物化学助教授の政田(佐原健二)は、事件の陰に恐るべき液体人間が暗躍していると指摘。富永は一笑に付すが、やがて千加子の身辺に液体人間が現れ…

この後「電送人間」「ガス人間第一号」と続く特撮スリラーの1作目。タイトルからもわかるように、大人(男性)の客層を狙った特撮物で、確かに美女と液体人間の取り合わせはエロティック。これが「美女とガス人間」だったら、美女のおならが変身するみたいで艶消しです--;
お話は、原爆実験による放射能で変身してしまった液体人間が東京に上陸する、というところが「ゴジラ」以来の東宝特撮物のパターンを踏んでおり、襲われた人間がまた液体人間に同化してしまうところが非常に厄介。地を這い壁をよじ登り窓から自由に出入し、人間を泡と化し溶かしてしまう緑色の液体の不気味さを、円谷特撮は見事にビジュアル化しています。
ただ物語の進行はやけに緩慢で、麻薬ギャング団の金と警察の捜査話が先行し、肝心の液体人間となかなか結びつかない上に、そもそも何故新井千加子の周りにばかり液体人間が出現するのかイマイチ判然としません。千田是也扮する博士の言によれば、溶かされた人間の精神活動の残滓が液体人間に宿っているが故の行動のようですが、それも明確なものではありません。変身してしまった人間の哀れさが描かれるではなし、さりとて襲われる千加子に感情移入を持てるわけでもないので、ドラマ性は薄いです。尤もその点が反省されたのか、次の「電送人間」「ガス人間第一号」では変身人間の情念の強さが全面に出されていますので、とりあえず1作目としてはこの程度でよいのかもしれません。
地味だった展開が最後は一転して派手になり、下水道にガソリンをまいて、町もろともに液体人間を焼き殺す、と言う無茶な作戦を敢行。「人類が核戦争で滅んだ後、この地球を支配するのは液体人間かもしれない…」と千田博士の取って付けたようなもっともらしい言葉で締めるところは、いかにも東宝特撮物らしい終わり方です。
白川由美さんは清純で知的な美貌で、スタイルも抜群。上品な大人の色香を漂わせています。こういう本物の美女をスクリーンで見られた時代が羨ましい。映画スターに対する最大の賛辞は、彼(彼女)たちを金を払ってでも見たいと言うことで、所詮タダで電波が垂れ流すに過ぎないテレビタレントに有り難味が湧かないのは当然です。
冒頭で液体人間を目撃するアベックの1人を演じた夏木陽介はこれがスクリーンテストを兼ねた映画初出演だったとのこと。小沢栄太郎が悪役でも曲者でもない、普通の刑事役なのは珍しい。


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「巨人の星」と坂本龍馬

漫画『巨人の星』(梶原一騎・作/川崎のぼる・画)で、主人公・星飛雄馬を父・一徹が次のように諭す場面があります。

竜馬はこういった。
"いつ 死ぬか わからないが
いつも 目的のため 坂道を 上っていく。
死ぬときは たとえ どぶの中でも
前のめりに 死にたい"
…と

(講談社文庫版第4巻、259P)

一徹の語った、この「坂本竜馬の言葉」に感動した飛雄馬は、その後も何かあると
「俺も竜馬のように、死ぬ時は前のめりに死にたい!」
と言って自らを奮い立たせます。しかもその際にはご丁重にも、「どぶの中で前のめりになって死ぬ竜馬」の姿が描かれているのです。なので私は子供の頃にアニメでこのエピソードを見て以来、長いこと「龍馬は路上で襲われ、ドブに落ちて死んだんだ」と思い込んでいました。
無論、実際の龍馬は屋内で襲われて死んだわけだし、そもそも龍馬が「どぶの中でも前のめりに死にたい」などと言ったという記録自体がどこにもないようです。すると例によってカジ先生お得意の捏造、創作の類であったのでしょうか?
wikipediaの「星一徹」の項目にも、
「一徹が飛雄馬に教えた坂本龍馬の台詞『死ぬときはどぶの中でも前のめり』は出典不明」
と書いてあります。
なので真相は不明ですが…
ただ、たぶん梶原一騎はこれをヒントにしたのではないか…と推測しているものがあります。
それは例の司馬遼太郎の『竜馬がゆく』です。
と言うのもこの中で、竜馬の次のような台詞があるんです。

志を持って天下に働きかけようとするほどの者は、自分の死骸が溝っぷちに捨てられている情景をつねに覚悟せよ。
勇気ある者は自分の首が無くなっている情景をつねに忘れるな。
そうでなければ、男子の自由は得られん。

(文春文庫版第4巻、368P)

「自分の死骸が溝っぷちに捨てられている情景をつねに覚悟せよ」と
「死ぬときは、たとえどぶの中でも前のめりに死にたい」
…どうです、かなり似てるでしょ。
なので、『竜馬がゆく』を読んで「死骸が溝っぷちに捨てられている…」にインスパイアされたカジ先生が、ちょっと変えて「死ぬときはどぶの中でも前のめりに死にたい」にしたのではないか、と言うのが私の推測です。
時期的にも、『竜馬がゆく』が連載されたのが昭和38年から41年、『巨人の星』は昭和41年から46年なので、まさに直前です。梶原一騎が『竜馬がゆく』を読んでいた証拠は何もありませんが、坂本龍馬像を確立したと言われているほどの人気小説ですから、読んでいてもおかしくはありません(『竜馬がゆく』は昭和40年にTBSで、43年にはNHKで大河ドラマ化もされています)。
ちなみに『竜馬がゆく』での竜馬の台詞「自分の死骸が溝っぷちに捨てられている…」は、『孟子』の中の孔子の言葉、

志士は溝壑に在るを忘れず、勇士は其の元を喪うを忘れず(志士不忘在溝壑 勇士不忘喪其元)

が出典ですが、実際に竜馬がそのような言葉を口にしたと言う記録はないようですので、この部分は司馬の創作でしょう。
司馬と梶原が、偶然にもそれぞれ別個に孔子の言葉から竜馬の言葉を創作した、と言うのでは話が出来すぎです。やはり『竜馬がゆく』を読んだ梶原が、てっきり竜馬の言葉だと思い込んで『巨人の星』で応用してしまった、と考えるのが自然でしょう。


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待ち伏せ

1970年/三船プロ/東宝配給/稲垣浩監督
出演/三船敏郎、石原裕次郎、勝新太郎、中村錦之助、浅丘ルリ子、有島一郎、土屋嘉男、北川美佳、市川中車ほか
物語。用心棒の浪人(三船敏郎)は「鴉」と名乗る正体不明の頭巾の武士(市川中車)に金で雇われ、三州峠で何かが起きるのを待つように命じられる。用心棒は途中で暴力亭主(土屋嘉男)から助けたおくに(浅丘ルリ子)を連れて峠の茶店に赴く。そこに渡世人の弥太郎(石原裕次郎)、茶店裏の住む医者くずれの玄哲(勝新太郎)、盗賊を追って負傷した陣屋の役人(中村錦之助)らが次々集まって来る…

今日の報道によれば石原プロの渡社長以下4役員が総退任し石原まき子夫人に”大政奉還”とか。詳しい事情は分かりませんが一時は芸能界に君臨した石原プロも終焉の過程に入ったということでしょうか。
1960年代、邦画界の不況で大手各社が製作規模を縮小する中、三船敏郎(東宝)、石原裕次郎(日活)、勝新太郎(大映)、中村錦之助(東映)らスター俳優が相次いで独立して自主製作に乗り出しました。四大スターは共闘し従来”五社協定”の壁に阻まれていたスター同士の共演を実現。過去にも3人ないし2人ずつが共演していましたが、4人全員が揃ったのはこの「待ち伏せ」が最初で最後です。
共演作の内訳は、三船プロ・石原プロ各3本・勝プロ・中村プロ各2本、三船プロ=石原プロ共同製作が1本。最年長の三船さんは裕次郎と一緒に「黒部の太陽」を作ったほか石原プロの「栄光への5000キロ」「ある兵士の賭け」、中村プロの「祇園祭」「幕末」、勝プロの「座頭市と用心棒」に出演と、他の3人を均等に応援し、実質的なリーダーだったことを窺わせます。
裕次郎は三船プロの「風林火山」「待ち伏せ」、勝プロの「人斬り」に出演、勝新は三船プロの「待ち伏せ」、石原プロの「富士山頂」に出演しましたが、ともに中村プロへの出演はなし。逆に錦之助は三船プロの「新選組」「風林火山」「待ち伏せ」のみに出演し、石原プロ、勝プロへの出演はなし。裕次郎は現代劇、錦之助は時代劇オンリーだから接点がないのはわかりますが、勝新と錦之助は同じ時代劇でも肌合いが違ったんでしょうか(ただし大映製作の「尻啖え孫市」では共演していますが)
邦画斜陽期のあだ花として咲いたスター共演映画ですが、四大スターを以ってしても邦画の凋落を食い止められなかったのか、それとも4人のスターバリューが落ちたのが(おそらく両方でしょう)、この映画の不振により共演は打ち止め。やがてそれぞれテレビへと活路を求めていくことになります。

お話しは、4人とルリ子がそれぞれ峠の茶店で顔を合わせるところまでは期待を持たせますが、中盤以降が退屈。往年のプロレスのオールスター戦みたいなもので、各スターに気を使ってそれぞれの見せ場を作ろうとするあまり、無駄な話が多く散漫になっています。特に三船さんと裕次郎が脈絡なく殴り合いを始めたシーンには唖然。チャンバラのできない裕次郎のために用意した、代わりの救済策だったんでしょうが、無理矢理すぎです。
一方三船対勝新もありましたが、「座頭市と用心棒」と同じでまた一瞬のみ。尤も三船さんは剣劇俳優じゃないから丁々発止型のチャンバラではなく、のっしのっしと歩いて格下を一刀両断する殺陣なので、一騎打ちの名勝負は望むべくもありません。どうせなら勝新対錦之助が見たかったのに、錦之助は刀を抜くことすらありませんでした。
ほかにも三船さんとルリ子の絡み、裕次郎と錦之助の因縁話、ルリ子を襲う勝新とかあって、それぞれのファンへのサービスなんでしょうがいずれも描き込み不足の感を免れません。結局のところ本筋においては何を「待ち伏せ」していたのかと言うと、峠を通る御用金を奪う計画で、その実行部隊長だったのが勝新。しかしその計画自体が実は「鴉」が勝新を嵌める罠だった…と終盤急に慌しく展開します。
御用金待ち伏せの計画が発覚したあたりから裕次郎はフェイド・アウトしてしまうし、三船さんが遠慮して勝新を立てたのか終いにはどっちが主役なんだか分からなくなってきます。これだけのスターを集めた話にしては事件のスケールがいささか小さ過ぎた上、その肝心の部分で4人が揃わないのでバランスを欠く原因となってしまいました。なまじ4大スター映画などにせず、むしろ三船さん単独の主演で撮っていた方が面白い作品になっていたかもしれません。
相変わらず用心棒役の三船さんを始め他の3人が自分の持ち味だけを通していたなかで、役柄的には一段落ちの感がした錦之助のみがちゃんとしたお芝居していたのが印象的です。あと注目は三船の愛人北川美佳(三船美佳の母)。ちなみに稲垣浩監督の遺作。


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続・拝啓天皇陛下様

1964年/松竹/野村芳太郎監督
出演/渥美清、宮城まり子、久我美子、小沢昭一、南田洋子、勝呂誉、藤山寛美、岩下志麻、佐田啓二ほか
物語。天涯孤独で軍隊を天国のように思っている山口善助(渥美清)。軍用犬の飼育係だった善助は戦後、元の飼い主の夫人(久我美子)にあこがれ生活の面倒を見るが、戦死したと思われていた夫(佐田啓二)が生きて帰ってきて落ち込む。善助はパンパンをしていたケイ子(宮城まり子)と結婚するが、生活苦から再び街角に立ったケイ子に怒り、追い出す。9ヶ月後、お腹を大きくしたケイ子が捕まったとの知らせが届くが…、

名前の上では「拝啓天皇陛下様」の続編ですが、前作で「天皇の最後の赤子」だった主人公は死んでいるので、キャラクターだけを借りた全く独立した別の話です。天皇に対する思い入れもさらっと触れられるだけでさしたる比重を占めていないし、軍隊生活も序盤だけで大半は戦後が舞台。渥美さんは相変わらず上手いのですが、本作ではどちらかと言えば、ちょっと頭が弱くて軍歌ばかり歌っている「ジェルソミーナ」的存在の宮城まり子や、戦中戦後をしたたかに逞しく生きる小沢昭一と南田洋子の華僑の夫婦など周辺人物の印象が強いです。最後に死ぬのも渥美さんではなく、妻の宮城まり子の方。前作同様、「陛下よ、このような赤子もおりました」と言うテロップが出て終わるのですが、何かとってつけたようで白々しい。底辺に生きる庶民の姿を描く意図はある意味前作より成功しているのですが、なまじ続編にしてしまったことが作品の意義を弱めています。
特別出演で若い頃の主人公が憧れるおなご先生役で岩下志麻、久我美子の夫役で佐田啓二が出演。そういえば志麻さんは「寅さん」には出ませんでしたね。所属女優をマドンナに使っちゃもったいないと言う判断だったのか。佐田啓二はこの後まもなく奇禍で亡くなりますので、渥美さんとの共演シーンは貴重なツーショット。


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異聞猿飛佐助

1965年/松竹/篠田正浩監督
出演/高橋幸治、丹波哲郎、戸浦六宏、佐藤慶、岡田英次、小沢栄太郎、入川保則、渡辺美佐子、吉村実子ほか
物語。関ヶ原の戦いから14年。全国の諸大名は二分され、徳川方は郡山帯刀(岡田英次)と高谷左近(丹波哲郎)、豊臣方は是村重之(小沢栄太郎)と野尻鷹之介(佐藤慶)がそれぞれ総大将として忍者軍団を率いていたが、真田一党だけは豊臣方と見られながらもイマイチ去就がはっきりしていなかった。そんな中、全国を行脚する真田忍者のひとり猿飛佐助(高橋幸治)は旧知の稲村光秋(戸浦六宏)から、徳川方の郡山帯刀が豊臣方に寝返ると言う秘事を明かされ、帯刀を大阪に護送する助力を頼まれる。だが光秋は何者かに殺され、佐助に近づいてきた喜和(渡辺美佐子)も殺される。更に役人に取り囲まれた佐助を助けたのは、何故か徳川方の高谷左近だった。佐助と対面した豊臣方の是村重之と野尻鷹之介は、佐助が帯刀を売り徳川方に寝返るつもりではないかと疑いをかける…

これは面白い。特に最後のサゲが素晴らしい。って落語じゃないんですが、まさかこんなに笑わせてくれるとは思いませんでした。
お話は、徳川方忍者の大物が豊臣方に寝返る事になり、その争奪戦に真田忍者の猿飛佐助が巻き込まれてしまい、誰が味方やら敵やらわからない状況で進展します。この映画で真田は一応まだ中立陣営なのですが、それとは別個に佐助自身が戦乱の世に疑問を感じているので、本心は徳川であろうが豊臣であろうが、誰がどっちに寝返ろうが知ったことではありません。ただ平和でありさえすればよいのです。しかし二大陣営が敵味方はっきり分かれている時に中立なんて立場は許されないので、両方から疑われ態度決定を迫られるハメに陥ります。この辺に監督は当時の米ソ二大陣営と日本の関係を重ね合わせているようですが、必ずしもイデオロギー的見方にとらわれなくてもよいでしょう。会社でも学校でも、多数派の中で個を貫く難しさは何処にでもありうる事です。
それはともかく、結局のところ小沢、丹波、そして岡田らの扮する忍者たちが次々倒され生き残ったのは、高橋幸治の佐助は主役だから当然だとして、もう1人は佐藤慶。実は彼こそが豊臣を裏切り、果ては徳川をも裏切って天下の形勢を一手に握ろうとしていた張本人だった!と言うのはキャスティングからして意外でもなかったのですが、最後にその佐藤を倒し、ピンチの佐助を救ったのは、今まで劇中には登場しなかった霧隠才蔵。しかも、にこやかに現れたその顔は…なんと若き日の現東京都知事。OPクレジットに「特別出演 石原慎太郎」とあるのに一向現れなかったので、見逃してしまったのか?と思っていたら、最後の最後に現れ美味しいところを独り占め。まるで都知事選挙を見るようです。
考えてみたら高橋幸治と佐藤慶は、当時放送中だった大河ドラマ「太閤記」の織田信長と明智光秀。「本能寺の変」の回よりこの映画の公開の方が前だったみたいですので、大河ドラマに先駆けて「信長対光秀」が実現していたことになります。高橋さんはガタイがいいので見掛けは強そうですが、殺陣はまだぎこちないレベルです。ちなみに先日癌告白をした入川保則がキリシタンの少年役で出ていました。


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眠狂四郎人肌蜘蛛

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1968年/大映/安田公義監督
出演/市川雷蔵、緑魔子、三条魔子、川津祐介、渡辺文雄、寺田農、岸輝子、五味龍太郎、三木本賀代ほか
物語。母の墓参に甲府に立ち寄った眠狂四郎(市川雷蔵)は将軍の子という権力をカサに土門家武(川津祐介)、紫(緑魔子)の兄妹が暴虐の限りを尽くしていることを知る。墓守の七蔵(寺島雄作)が育てた狂四郎と同じ混血児の薬師寺兵吾(寺田農)が兄妹の慰み者として呼び出しを受け、代わって出向いた狂四郎は…シリーズ11作目。

脚本は7作目「多情剣」(1966年)以来久々の星川清司。おそらくシリーズ中で最も猟奇趣味が濃い作品です。
将軍の妾腹の子、それも畜生腹と蔑まれる双子(にしては全然似てない)という出生から屈折した感情を権力で晴らそうとしている土門姉妹が登場。兄の家武は毒殺マニア、妹の紫は気に入った男を連れて来て、寝て用済みになると殺す淫楽殺人者。狂四郎に辱められた紫はその憎悪と愛情の入り混じった感情から、一方妹に歪んだ愛情を抱いていて近親相姦的な関係にある家武はその嫉妬と憎悪から、ともに狂四郎の命を狙うことになります。
シリーズ最凶悪と言うか最狂悪コンビとも言っていい二人ですが、狂四郎が黒ミサの子で妖剣の使い手と言う特異な設定上、それに対抗する敵役はただの剣客とか権力者とか程度じゃ物足りないので、このぐらい狂っている強烈なキャラクターで丁度いいのでしょう。普通ならただのエログロ物になってしまいそうなところをギリギリで踏みとどまっているのはやはり雷蔵さんの品格のなせる業です。
川津祐介は雷蔵さんと2回目の共演で前回の「剣」でもシニカルなライバル役でしたが、今回はテレビドラマ「ザ・ガードマン」でお茶の間の人気を集めてるさなかの悪役出演。小悪魔女優緑魔子は後年怪優として知られる石橋蓮司と結婚すると言うすごい夫婦なんですが、この作品でも妖しいエロスを発散して紫役を好演しています。
その紫の配下の女刺客を演じた三条魔子は、新東宝から移籍して最初は清純派のヒロインをやっていたのに段々格が落ちて脇役になり、いったんは歌手に転向したもののぱっとせず女優に再転向。この映画が復帰後2作目ですが汚れ役で、全裸で磔されるところは一部吹き替えも使っているかもしれませんがどう見ても本人です。
他にも狂四郎と同じ黒ミサの子で己の宿命に悩む若者・寺田農や、土門兄妹を狂四郎を使って始末し土門家の財宝を横領しようとする幕府目付け役の渡辺文雄など、今までのシリーズとは違う個性的な顔ぶれが出演しているのも新鮮です。
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関連タグ: 市川雷蔵

地震列島

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1980年/東宝/大森健太郎監督
出演/勝野洋、多岐川裕美、松尾嘉代、永島敏行、佐分利信、大滝秀治、佐藤慶、山崎努、草野大吾、滝田裕介ほか
物語。地球物理学者の川津陽一(勝野洋)は「30日以内に直下型の大地震が東京を襲う」と断言。首相(佐分利信)に直訴するが相手にされず、学会からは除名される。家庭でも妻の裕子(松尾嘉代)、姑(村瀬幸子)との関係が冷え、先代の義父から受け継いだ地震研究所の閉鎖を余儀なくされる。川津を励ましてくれるのは所員で愛人の富子(多岐川裕美)だけだった。川津と裕子、それに富子が仲人の丸茂教授(大滝秀治)を交えて離婚を話し合う予定になっていた当日、東京をマグネチュード7.9の大地震が見舞う…

地震大国の日本だけに昔から大地震を扱ったフィクションは少なくありませんが、この映画はタイトルもずばり「地震列島」。
尤もこの映画で起きるのは東京直下型の大地震だし、内容もサバイバル・アドベンチャー風の人間ドラマ。なので「日本沈没」のようなスケールの話を想像していると裏切られます。

卓越した1人の学者が大異変を察知し予言する発端のプロットは「日本沈没」と共通します。
しかしこの映画の場合、青二才の勝野洋は学会からも政府からも取り合ってもらえません。そもそも勝野自身が必ずしも本気だったわけではなく、防災意識の薄い学会のお歴々の石頭に切れて、つい口が滑ってしまったのが正直なところ。実際、「燃えない車」だの「避難経路」だとかの研究をやってますが、そんなことが30日以内に来る地震に間に合うはずもないのですから気休めにしかなりません。しかも勝野は松尾、多岐川に永島敏行を加えた四角関係に悩んでいて、プライベートが大地震の状態。映画の前半は、二時間ドラマ風の愛憎劇がだらだら続くだけに終始します。そして後半、いよいよ大地震が起こるのですが…。
大災害の特撮描写の多くは「日本沈没」からの流用でお茶を濁し、お話は専ら、マンションの高層階に取り残された永島&多岐川、及び地下鉄駅構内に閉じ込められた勝野&松尾の脱出劇が中心に描かれます。これはこれで迫力があるのですけど、所詮は絵空事の域を出ません。特にマンションが倒壊してばらばらと人が落下しているのに2人だけ助かる永島と多岐川はご都合主義そのもの。屋上で炎に取り巻かれ、これまでと思ったときにはまたも都合よく雷が落ちて給水塔が破裂し助かります。一方地下鉄組の勝野&松尾は、勝野の自己犠牲による英雄的行動で他の乗客を救います。結局、どちらも特殊な状況下で超人的な活躍をするヒーローを描いているに過ぎないので、実際の震災被害のリアリティからは程遠いです。
むしろリアリティがあるのは政府の描かれ方で、火の海と化した東京を目の当たりにしてもなすすべがなく、佐分利信演じる総理はただおろおろして下僚を怒鳴りつけるだけ。まるで村山富市と菅直人の悪いところを足して2で割ったような無策無能振りです。まあ阪神も東日本もまだ起きなかった時代の総理の反応ならこんなもんだろうとは思いますが、重厚な佐分利信に加うるに、見るからに切れ者の佐藤慶が官房長官でもこの国の政府はどうにもならんのかと思えば、ここだけはシビアな迫力を感じてしまいました。
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東京湾炎上

1975年/東宝/石田勝心監督
出演/丹波哲郎、藤岡弘、金沢碧、水谷豊、鈴木瑞穂、宍戸錠、内田良平、渡辺文雄、佐藤慶ほか
物語。巨大タンカーがテロリストにジャックされ東京湾に停泊。彼らは鹿児島の石油コンビナートを爆破し、その模様をテレビ中継しろと日本政府に要求、応じなければタンカーを爆破すると宣言する。どちらも受け入れられない政府が考え付いたのは奇想天外な作戦だった…

70年代に流行ったパニック映画のひとつ。日本沈没→人類滅亡(「ノストラダムスの大予言」)とパニックのグレードをアップさせてきた東宝が放った第三弾は「東京湾炎上」…って、急に規模がショボくなった感もしますが、今回のキモはテロリスト対日本国家と言うリアルな素材です。従って話の持って行きようによっては面白いポリティカルフィクションになったかもしれないんですが、まだ時期が早かったのか、それとも東宝の絵空事体質が邪魔したのか、何とも間の抜けた代物になっています。
まずタイトルは「東京湾炎上」になっていますが、東京湾が燃えること自体が問題なのではなく、東京湾上で石油を満載したタンカーが爆破されれば、炎上によって発生する有毒ガスで首都圏が壊滅するかもしれない…と言う回りくどい話です。しかもあくまで「炎上したら…」と言うシミュレーションを見せるだけで、実際に炎上することはありません。この物語の当面する危機は、コンビナートを爆破してテレビ中継しろ、と言うテロリストの要求の方です。勿論この要求も呑むわけには行きません。となればテロリストを誤魔化さなきゃいけないので、困窮した政府が採った策とは何と、たまたま撮影済みだったコンビナート爆破の特撮映像を、あたかも本物のように見せ掛けテレビ中継する、と言うもの。偶然そんなフィルムがあったというご都合主義もひどいですが、それでテロリストが簡単に騙されてしまうのもお粗末過ぎ。東宝の特撮は本物そっくりですよと言う自画自賛に笑うしかありません。
そもそもこのテロリストたちが、なんでこんなややこしい要求するのか、と言う点がイマイチよくわかりません。彼らの主張は、なにやら先進国がアフリカを始めとする第四世界を搾取しているのが怪しからん、という話です。確かに日本も先進国の一員として南北格差の助長に加担しているのは事実としても、その矛先が何でアメリカでもヨーロッパでもなくて、まず日本に向けられるのかが不明です。「ウルトラセブン」の宇宙人が日本ばかり侵略するのと同じで、ここが日本だから、としか言いようがないんですけどね。日本が標的でなければならない、もっと切実な理由を設定して欲しかったです。
テロリストがテロリストなら、それに対峙する日本政府も日本政府で、鈴木瑞穂扮する政府の最高責任者は総理大臣でも国家公安委員長でもなく「対策本部長」と言う謎の肩書き。しかも民間人を含めた数人が物事を運んでいる有様は、どう見てもこれほどの国家的大事件に相応しいものと思えません。内容は限りなくポリティカルフィクションに近いものでありながら、その描き方は相変わらずの古臭い特撮映画の手法であることが、この物語のリアリティを著しく損なっています。
いずれにせよ海と陸とで、テロリストと政府がコントみたいな応酬をやっている間にタンカー内では人質の船員たちが殺されていくのですが、その割りにあんまり緊迫感はありません。第一、いったんは船員たちの手によってふん捕まえられてしまうほどテロリストどもは弱いのです。しかも最後にテロリストたちは内輪もめで自滅してしまうのだから情けない。
こんな話のせいか、丹波哲郎を先頭に藤岡弘、宍戸錠、内田良平ら、折角濃い面子が出演しているのにあんまりキャラクターを生かせていないのがもったいないです。せえぜえ丹波先生が英語で大演説?をぶつぐらい。唯一の日本人テロリスト役の水谷豊も、最後にモリで吹っ飛ばされる姿が笑いを誘うぐらいなのが残念だし、黒人テロリストの1人に扮したケン・サンダースがわざとらしい片言の日本語を口にするのに至っては、彼が日本語ペラペラなのを知って見ていると噴飯ものです。


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眠狂四郎無頼控 魔性の肌

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1967年/大映/池広一夫監督
出演/市川雷蔵、鰐淵晴子、成田三樹夫、金子信雄、久保菜穂子、長谷川待子、三木本賀代、毛利郁子、木村俊恵、稲葉義男ほか
物語。眠狂四郎(市川雷蔵)は闕所物奉行の朝比奈修理亮(金子信雄)から、京都御所へ献上する純金のマリア像を島原の乱の残党黒指党が狙っているので警護して欲しいと依頼される。朝比奈の娘ちさ(鰐淵晴子)の操を代償に引き受けた狂四郎だが、途中黒指党の首領三枝右近(成田三樹夫)らに襲われる…シリーズ9作目。

眠狂四郎シリーズの脚本は1作目から7作目までを星川清司が書き、8作目は大御所伊藤大輔が手がけたものの原作者柴田錬三郎、主演市川雷蔵両人の不興を買った由で、この9作目ではまた高岩肇に代わっています。そのせいかタイトルが原作と同じ「眠狂四郎無頼控」になった上に、狂四郎の性格も微妙に変わっているように思われます。
まず冒頭から狂四郎が黒ミサの子であることが強調されています。 1作目以外では特定の馴染みの女はいなかったのに、ここではおえん(久保菜穂子)のところへ通い詰めです。以前は出生のことに触れられるのは「もう慣れた」と言っていたのに、おえんに「見れば見るほど異人さんみたい」と言われたら機嫌を悪くしてしまいました。ちなみに、醤油顔の雷蔵さんが「異人そっくり」と言う設定の一方で、本物のハーフの鰐淵晴子が純日本娘の役なのは笑えます。
「俺に関わり合った女は必ず不幸になる」が売り文句の狂四郎が、「生涯にたった一人ちさ殿だけは不幸にしたくない」などと言い出したり、三枝右近には「初めて自分から挑戦するぞ!」と立ち向かって行ったり、やたら初めてのことが多いのも今回の特徴です。どうも、設定をリセットしてまた作り直しと言う感じのようです。序盤では多少明るかった狂四郎の性格が、物語の進行と共に徐々に陰影を深め、終いまで来るとすっかり虚無的になって行きます。それに一役買うのが隠れ切支丹の頭目、成田ミッキーの三枝右近です。
狂四郎と同じ黒ミサの子(まあ、ちょっとバタくさいミッキーの方ならハーフに見えなくもない)で、しかもその苦難の人生から逃れるためか、ジアボなる悪魔教を主宰する右近は、同じ運命を背負った狂四郎にとって「倒さねばならない相手」と言う宿敵としての性格付けがはっきりしています。由比小雪のような総髪スタイルの右近は仲間に対しても失敗すると容赦のない男で、ミッキーにはやはり非情な役柄がよく似合います。クライマックスでは、色鮮やかな友禅染がはためく河原で二人の対決。狂四郎シリーズには都合5人の監督が登板していますが、最も毒々しい色使いで画を作るのが池広一夫で、確かに狂四郎をエログロ趣味で撮るならよくも悪くも通俗的な池広の方が、スタイリッシュな三隅研次よりは合っていたかもしれません。
鰐淵晴子は年取ってからちょっとヘンな顔になってしまいましたが、この頃は可愛いですね。男装の武家姿も凛々しい。木村俊恵は後に中谷一郎の婚約者となるも結婚式当日に亡くなると言う劇的な最期を遂げた人ですが、まださほどの年でもないのに、もう鰐淵晴子の母親役になっています。 ちなみに一部の配役表では「渚まゆみ(岩風呂の女)」となっていますがどう見ても別人だし 「小柳圭子(おちか)」「香山恵子 (尼僧)」 とあるのも役が逆でしょう。
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女番長 野良猫ロック

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1970年/ホリ企画製作/日活配給/長谷部安春監督
出演/和田アキ子、梶芽衣子、和田浩治、范文雀、十勝花子、久万里由香、睦五郎、中丸忠雄、藤竜也ほか
物語。メイ(梶芽衣子)とトシエ(小磯マリ)のスケバングループ同士の対決で、トシエのグループに青勇会の黒シャツ隊勝也(藤竜也)らが加勢してメイがピンチに陥った時、バイクで突入して助けたのは男…ではなく流れ者のアコ(和田アキ子)だった。メイの恋人の道男(和田浩治)は青勇会の計画した八百長試合を幼馴染のボクサー、ケリー藤山(ケン・サンダース)に依頼するが、ケリーは試合に勝ってしまう。青勇会に拉致られた道男を助けるため、アコとメイは殴りこみをかけるが・・・

梶芽衣子の出世作として知られる野良猫ロックシリーズですが、最初はなんとホリプロ製作の和田アキコ主演映画だったのですね。当然ながらアッコがガンガン歌うし、ホリプロ所属だったオックス、オリーヴ、モップスの鈴木ヒロミツやアンドレカンドレ時代の井上陽水まで歌っているので、音楽史的に貴重な映像かもしれません。
物語の舞台は、まだ副都心ビル群が建ち並ぶ前の西新宿。とある週末、スケバングループが対立し、その背後では右翼団体に名を借りた暴力団が暗躍する街に颯爽とバイクに跨った和田アキ子(勿論バイクシーンは吹き替え)が現れ、そしてまた風のように去っていくまでの丸2日間のお話です。悪の組織が単なるヤクザではなく三島由紀夫の楯の会もどきの右翼団体なのは当時の世相でしょうか。制服なんかをびしっと着ているのですが、やることがスケバン相手の抗争なのはちょっと情けない。情けないって言えば徹底的に情けないのが和田浩治で、青勇会に利用されるだけされた挙句に捨てられ、殺されます。最後はメイが青勇会の花田(睦五郎)を刺して恋人の仇を取りますが、メイもまた撃たれて相い果てます。
牧歌的な雰囲気を残す当時の新宿や今見るとオシャレなファッションや音楽が面白く思えるだけで、物語の構造自体は日活定番の西部劇風アクション物の域を出ません。芝居はともかく当時から迫力十分なアッコ、「女囚さそり」の頃とは違ってまだ女の弱さ儚さを残す梶芽衣子さん、今は亡き范文雀さん、真理アンヌの妹の久万里由香など、出演の女優さんの姿そのものが最大の見所です。後年の渋いオジサマのカケラなど微塵もなく、やたらゲラゲラ笑う軽い藤竜也にも注目。
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