京マチ子が「横溝正史シリーズ」に出演した理由は?

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少し旧聞に属するが、今年の『サンデー毎日』2/26号 (2017年2月14日発売)に「〔昭和のテレビ〕第50回 横溝正史シリーズ(毎日放送) 巨匠・西岡善信が明かす古谷一行の『金田一』秘話」と題する記事が載っていた。1977~78年に放送された「横溝正史シリーズ」の生みの親のひとりである西岡善信氏に聞いた思い出話をまとめたものだ。
西岡善信と言えば大映京都の美術監督として「地獄門」(53年)「炎上」(58年)「雁の寺」(62年)などに携わり、大映倒産後は自ら製作会社「映像京都」を興してプロデューサーも務めた日本映画界の大御所である。「横溝正史シリーズ」ではその第1作「犬神家の一族」(77年4月放送)を製作し、金田一役に古谷一行を起用するなどシリーズ全体の基本設計もした。
制作の経緯は毎日放送の青木民男プロデューサーの話などで既に明らかになっている部分もあるのだが、この記事で初めて知ったこともあった。
まず、犬神家の3姉妹である長女・松子に京マチ子、次女・竹子に月丘夢路、三女・梅子に小山明子をキャスティングした理由である。
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同誌によれば、
「豪華キャストの作品は、みんな自己主張があってうるさい。まとめるのが大変やから、女優さんは作品作りの苦労をよう知っていて、仕切りもできる監督の奥さんがええやろ」
と言うことで、井上梅次監督夫人の月丘と、大島渚監督夫人の小山に声をかけたのである。 「おかげでロケもセットも割合スムーズにいきました」と西岡は言う。
ただ、京マチ子の出演交渉だけは、難航したようだ。と言うのも、当時京マチ子は出演作を「月に1本」と厳密に決めていたため、「犬神家~」の撮影が前の仕事と重なり、最初は断られてしまったのだ。
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ちなみにこのことは毎日放送の青木プロデューサーの話でも少し語られていた。ただ「『京さんでいこう』と決まるまではいろいろありました」(映画秘宝EX『金田一耕助映像読本』より)と言う曖昧な言い方だったので、てっきり出演そのものに難色を示したと思っていたのだが、実はスケジュール上の理由だったのだ。
ところが西岡の話によれば、その問題はあっさり解決したと言う。
「たまたま、うるう年で、2月がもう1週あったんです。暦のマジックみたいなもんですね。これなら前の仕事と被(かぶ)らない形でスケジュールが組める。『やった、やった!』という気持ちで翌日、京さんに説明すると、ご本人も『へー』と驚き、オーケーになったんです」
と言う、よくわかったような、わからないような話なのだが…
実は、この話はちょっとおかしい。と言うのも、1977年はうるう年ではないからだ。実際にうるう年だったのは前年、つまり1976年である。
原作者・横溝正史の『真説金田一耕助』(毎日新聞社刊)によれば、映像京都が「横溝正史シリーズ」テレビ化の交渉で横溝邸を訪れたのが76年の11月16日、角川春樹事務所を介して本決まりになったのが12月28日である。従って西岡の話にある「2月」は、当然1976年2月ではなく、77年2月のことである。ならば「うるう年で2月がもう1週あった」はずがないので、西岡が思い違いをしていることになる。
ただ、そうなると、出演を渋っていた京マチ子が何故OKしたのかわからず、依然謎のままと言うほかはない。
同誌の記事にはほかにも、「横溝正史シリーズ」がもともとは野球中止時の雨傘番組だった、とか、テレビドラマ化以前の75年に映像京都が映画「本陣殺人事件」(高林陽一監督)を手がけた際、その完成度に満足した横溝から「原作の映像権をすべて無償で渡す」と申し入れがあった、とか、 興味深いエピソードが載っていた。尤も横溝が西岡に「原作の映像権を無償で渡す」と言った話は俄に信じ難い気もするのだが、結局、その後に角川春樹事務所が設立され、横溝は角川春樹に映像化の下駄を預けることになるのである。
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村野鐵太郎監督の幻のデビュー作(?)「青い翼」

大映で田宮二郎主演の「犬シリーズ」などを手がけた村野鐵太郎監督。大映倒産後はフリーとなり、「鬼の詩」(75年)「月山」(79年、サレルノ国際映画祭グランプリ受賞)「遠野物語」(82年)などの芸術映画を発表した。
「デジタル版 日本人名大辞典」等に載っているその経歴を見ると、1953年(昭和28年)大映東京撮影所に入社し企画部に所属、後に助監督に転じて、60年(日本映画監督協会名簿では61年)に「青い翼」で監督デビュー…となっている。
https://kotobank.jp/word/%E6%9D%91%E9%87%8E%E9%89%84%E5%A4%AA%E9%83%8E-1114841
http://www.dgj.or.jp/members/?id=521
だが1960年もしくは61年に公開された大映映画の中に、「青い翼」と言う作品は見当たらない。いや、実はいかなる映画データベースを見ても、「青い翼」と言う公開作品自体が存在しないのである。
村野鐵太郎監督の実際のデビュー作は1962年4月公開の「雪の降る街に」である。キネマ旬報データベースの解説にも「新人村野鐵太郎が第一回目に監督したメロドラマ」と記されている。すると、「青い翼」は「雪の降る街に」にタイトルを改めて公開されたのだろうか。
だがこの映画は、雪に閉ざされた秋田の町を舞台に造り酒屋の兄弟(山崎努、高原巧)と東京から来た娘(小桜純子)との恋愛模様を描いた物語なので、どうにもそのオリジナルタイトルが「青い翼」だったとは想像がつかない。やはり別の作品のようである。
では「青い翼」が監督デビュー作と言うのは間違いなのだろうか。だが「青い翼」と言う具体的な作品名まで明らかになっているのが何となく妙である。となると、考え得ることは、ひとつ。おそらく「青い翼」で監督デビュー予定だったのが、何らかの事情で企画そのものがお流れになったのではないか…と言うことである。現実に「青い翼」と言う作品が存在しない以上は、そう考えるのが最も妥当であるように思われた。
ところが、違っていた。つまり「青い翼」は現実に村野鐵太郎監督によって撮影された、、、いや少なくともその途上にあった作品だったことは間違いないのである。先日ヤフオクの出品画像の中に、そのことを示す証拠を発見したのだ。
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『キネマ旬報』1961年1月号別冊 名作シナリオ集である。
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目次に「青い翼」が載っており、その横に「脚本 下飯坂菊馬・村野鉄太郎」「監督 村野鉄太郎」とある。
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しかも撮影風景とおぼしき写真まで掲載されている。と言うことはシナリオだけではなく、実際に撮影もされていたことになる。
写真の場所は飛行場のようである。写っているのは飛行機の尾翼部分で、それを覗きこんでいる人物は村野監督か。つまり「青い翼」というのは飛行機の翼のことだったわけだ。
大映の航空映画で連想するのは、1960年4月に公開された「暁の翼」という作品である。
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内容は、太平洋上で遭難した航空自衛隊のジェット機を救助した実話に取材した物語である。監督はこれが第1回作品だった富本壮吉監督で、脚本を書いているのは井手雅人と下飯坂菊馬。そう、「青い翼」の脚本も共同執筆している下飯坂菊馬である。
ということは、「青い翼」は「暁の翼」の続編的な作品として企画されたのではないかと言う想像が成り立つ。「暁の翼」が60年、「青い翼」が61年と言うタイミング的にも一致するし、同じシリーズ映画で新人監督の富本、村野が相次いでデビューするのもあり得ることである。
だが、何故か「青い翼」は公開されなかったのである。
尤も、よくよく考えてみると、そもそも映画が完成したのかどうかも疑わしい気がする。仮にお蔵入りしたにしても、その概要が全く伝わっていないのが不自然だからである。してみるとさっきの写真にしても、撮影と言うより単なるロケハン風景のように見えなくもない。周りに出演者とおぼしき人物が全くいないのも変だ。
何らかの理由で撮影入り寸前で中止になり、やはり作品としては形になっていないのかもしれない。
いずれにしても「青い翼」は幻の作品となり、村野監督は改めて1年後に「雪の降る街に」でデビューとなったのだろう。そのあたりの事情は、もし心ある映画ライターがいれば、村野監督が存命のうちにインタビューして証言を残して欲しいものである。
ちなみにジェット機を舞台にした大映の航空映画としては、後に公開された村山三男監督の「ジェットF104脱出せよ」(1968年3月公開) と言う作品もある。航空自衛隊の飛行訓練生が一人前のパイロットになるまでを描いたものだが、「青い翼」との関連は不明である。
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大映俳優列伝(65)若松和子、紺野ユカ

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村田姉妹の次は、彼女たちより20歳以上若い若松和子と紺野ユカの姉妹である。尤も2人の姓が違うし顔立ちもそれほど似ているわけではないので、言われてみないと姉妹だと気が付かれないかもしれない。どちらかと言えば姉は和風で、妹はちょっとエキゾチックな顔立ちだと思う。実家は四谷の料亭で本名は「星」と言う。一男四女の長女が若松和子で末っ娘が紺野ユカだった。
若松和子は1936年(昭和11年)生まれ。50年、松竹音楽舞踏学校へ入り、54年に松竹歌劇団(SKD)入団。当時は本名の星和子を芸名に出演していた。55年にSKDを退団して大映と契約し、本籍地の会津若松にちなんで若松和子に改名した。翌年の「あなたも私もお年頃」でデビュー。当時のトップアイドル雪村いづみの相手役を勝新太郎が務める青春歌謡映画で、若い頃の勝新はこうした映画にも出ていたのだ。若松和子の役は勝新、田端義夫とともに旅をする売れないドサ廻りの楽団の一員である
「天使もお年ごろ」「くちづけ」などでヒロインの友人役や時代劇に助演した後、58年に仁木悦子原作の「かあちゃんは犯人じゃない」で初主演している。と言っても実質な主役は子役なのだが、22才にして早くも母親役を演じている。
以後「悪名太鼓」(64年)「眠狂四郎魔性剣」(65年)などに助演し、67年フリー。大映最後の出演作は69年の「ある女子高校医の記録 失神」だった。
68年に料理ジャーナリスト岸朝子の兄で競馬評論家の宮城昌康と結婚して一男一女をもうけた。娘は後に日本中央競馬会の元騎手で調教師の中舘英二に嫁いでいる。
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紺野ユカは42年生まれ。58年、姉と同様に松竹音楽舞踏学校へ入るが、大映に誘われ1ヶ月で中退して入社している。東京撮影所所長だった永田秀雅に芸名を紺野ユカと命名されて、同年「俺たちは狂っていない」でデビュー。 この映画で野口啓二、小林勝彦、当銀長太郎たちもデビューしている。
50本余り出演し、脇役でセクシーな役柄が多いが、61年「黒い十人の女」(市川崑監督)ではタイトルの十人の女のひとりである信子役を演じ、65年「清作の妻」(増村保造監督)では恋人の清作を若尾文子演じるお兼に取られてしまうお品役を好演している。なお姉との共演作は「その夜は忘れない」(62年)「大怪獣決闘ガメラ対バルゴン」(66年) など何本かあるが、直接の共演シーンがあったかどうかまで調べていないのでわからない。
67年「痴人の愛」のナオミの姉マリエ役を最後に引退してしまう。これは次の作品でヌードになるように要求されたのが原因で、後の南美川洋子と同じケースである。紺野ユカの場合はそれまでにセミヌード的な役になったことはあるのだが、本当に脱ぐのは嫌だったのだろう。
その後は家業を引き継いで料亭を経営していたが、現在は福岡に在住し、その傍ら元大映俳優の川原禎文(芸名は宗近一)が経営している俳優事務所に所属して芸能活動も再開したようである。

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大魔神死す 橋本力追悼

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大魔神の”中の人”(スーツアクター)だった元大映俳優の橋本力さんが今月11日に亡くなったそうである。83歳。つい2か月前にこのブログで取り上げたばかりだった。
http://garakutakan.blog.fc2.com/blog-entry-733.html
活動歴はそちらに詳しく書いたので、ここでは手持ちのビデオから大映時代の出演シーンの一部をピックアップして追悼に代えたい。

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「悪名市場」(1963年)
役柄はバーテン兼用心棒。客としてやってきた勝新太郎扮する八尾の朝吉に鋭い眼光を飛ばす。この後で勝新と一対一の格闘シーンがある。

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「座頭市血笑旅」(1964年)
座頭市(勝新太郎)を付け狙う5人組の殺し屋のひとり。

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「大魔神怒る」(1966年)
大魔神のスーツアクターを務めるとともに千草の家臣・池長俊平としても出演していた。

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「氷点」(1966年)
犯人役で新聞記事の写真にのみノンクレジットで出演。

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「早射ち犬」(1967年)
天知茂扮するショボクレの同僚刑事。取調室で容疑者を睨みつけ「馬鹿もん!」と一喝。

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「ガメラ対宇宙怪獣バイラス」(1968年)
バイラス人の人間体のひとり。左から豪健司、夏木章、中原健、橋本力、山根圭一郎。

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「妖怪大戦争」(1968年)
ダイモンの中の人。

・・・ご冥福をお祈り致します。合掌。
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大映俳優列伝(64)村田扶実子、村田知栄子

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村田扶実子と村田知栄子の姉妹はともに戦後の大映で脇役として活躍したが、それまでの道のりは違っていたようだ。
扶実子は1907年(明治40年)生まれ。知栄子は8歳下の15年(大正4年)生まれ。父はロシア文学者、叔父は新派の名優だった村田正雄で、長兄も二代目村田正雄として新派の俳優になっている(なお三代目村田正雄もいたが、血縁はない)。
そうした家庭環境の影響を受けて育った扶実子も27年(昭和2年)に宝塚国民座へ入り女優の道を歩んだ。松竹家庭劇を経て水谷八重子の芸術座へ移り、戦後も長谷川一夫の新演伎座などで一貫して舞台女優として活動していた。なので、映画界入りしたのは50歳手前と、かなり遅かったのである。56年に大映と契約し、以後倒産まで在籍して主に老け役で「巨人と玩具」(58年)、「妻は告白する」(61年)、「大怪獣ガメラ」(65年)、「白い巨塔」(66年)などの作品に出演した。最後の出演作は「遊び」(71年)である。72年に体を悪くして以降は活動記録がない。
一方、知栄子は女学校卒業後の33年、後の大映社長で当時日活太秦総務だった永田雅一にスカウトされて日活入社と、ストレートに映画界入りしている。同年「大東京曇後晴れ」でデビューし、「夢に見る母」「嫁ぐ日」などの作品に主演し、日活太秦のスター女優として活躍した。36年、日活多摩川撮影所に移り、42年の戦時統合により大映東京撮影所の所属となった。46年、松竹に移籍するが53年、大映に復帰。65年まで在籍して「故障息子」(53年)、「楊貴妃」(55年)、「女の勲章」(61年)などに出演した。ちなみに芸名は村田智栄子→村田千栄子→村田千英子→村田知栄子→村田知英子と、読み方は同じだが目まぐるしく変わっていた。大映時代はほぼ知栄子で統一されている。
姉とは何度か共演しているが、同一シーンでの出演があったかどうかわからない。 「女は二度生まれる」(61年)では知栄子が若尾文子の芸者が所属する置屋の女将、扶実子は若尾がお座敷に出る料亭の女中頭の役を演じている。
フリーになってからはテレビドラマにも進出し、「特別機動捜査隊」(NET)や「水戸黄門」(TBS)などに度々出演した。現在まで日本中どこかで再放送が途切れることがないと言われる人気昼帯ドラマ「あかんたれ」(76~78年、東海テレビ)には芸者置屋の女将役で出演していて、自分が村田知栄子を知ったのもこのドラマの再放送によってである。1995年に死去。
書き落としたが、見明凡太朗とは戦前夫婦だったのだが、大映時代は既に離婚していたようだ。ウィキペディアによれば、2013年1月にNHK BSプレミアムの番組「山田洋次監督が選んだ日本の名作100本」公式ホームページの「視聴者の声」内に見明の娘と称する人物から書き込みがあったと言うことだが、知栄子との子供なのかどうかは不明である。

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大映俳優列伝(63)渥美進、当銀長次郎

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大映に所属した俳優親子には渥美進・若宮れい子とその娘である渥美マリもいた。尤も時代は離れているので親子が同時に所属したことはないのだが。
渥美進は大映の第2期ニューフェイスとして1946年(昭和21年)に大映東京撮影所入社。同期には船越英二、関千恵子などがいた。47年にデビューし、同年12月公開の「いつの日か花咲かん」には船越、関らとともに当時のニューフェイス総出で出演している。
余談だが関千恵子はこの映画で共演した俳優の黒田潤とのちに結婚するのだが、夫の黒田は大映を退社後、本名の市川喜一でフリーの映画プロデューサーに転じて「ここに泉あり」(今井正監督)、「他人の顔」(勅使河原宏監督)、「華麗なる一族」(山本薩夫監督)、「犬神家の一族」(市川崑監督)など映画史に残る数々の名作を製作した。 その息子も東宝に入社してプロデューサーとなった。それが現在の東宝映画社長の市川南である。つまり大映の俳優の子が東宝の社長になったのである。
それはともかくとして、渥美進のほうは以後、「母紅梅」(49年)、「長崎の歌は忘れじ」(52年)、「金色夜叉」(54年)など、54年までに40本近い出演記録があるが、その大部分は端役だったようである。 自分も「虹男」(49年)と「氷柱の美女」(50年)に台詞なしで1シーン出演しているのを見たことがあるだけだ。
この間に同僚の大映女優だった若宮れい子と結婚して50年にマリが生まれている。なお若宮れい子の出演作品としては「三面鏡の恐怖」(48年)がデータベース上で確認できるのみである。
娘のマリは高校在学中の67年に大映第19期ニューフェイスとして大映東京撮影所に入社し、翌年の「ガメラ対宇宙怪獣バイラス」でデビューした。69年の「いそぎんちゃく」で初主演。以後軟体動物シリーズなどでセクシー女優として末期の大映を支えたことは有名なので割愛する。76年に芸能界から姿を消して後は消息がつかめなかったので一時は死亡説も出ていたが、今でも元気でいるそうである。

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さて、親子の次は兄弟である。大映に所属した男の俳優兄弟と言えばまず城健三朗こと若山富三郎と勝新太郎であるが、あまりにも有名なのでここでは省く。と言っても、ほかにはいないのだが。。。有名な川口ファミリーの子供たちも、大映に入ったのは長男の浩のみで、次男の恒は日活へ、三男の厚と長女の晶は父親の川口松太郎が関係していた劇団新派を経てテレビ界入りしている。
しいて言えば、双子の兄弟である当銀長太郎と当銀長次郎が大映映画に出演している。ただし兄の長太郎は高校在学中の1958年(昭和33年)、俳優公募に応じて「俺たちは狂っていない」に出演したが、それ1本のみで高校生活に戻っており、弟の長次郎はその後で 大映に入社している。尤も弟に触発されたのか、長太郎も高校卒業後にサラリーマン生活を経て東宝に入っている。
長次郎は「妻は告白する」(61年)、「誘拐」(62年)、「ぐれん隊純情派」(63年)、「剣」(64年)などに脇役で出演したが、65年頃には姿を消している。自分の知る限りでは不良青年っぽい役が多かった印象である。 一方の長太郎も最初は端役だったが、65年の「ゴジラ・モスラ・エビラ南海の大決闘」に準主役級で起用され、67年にはテレビ「太陽のあいつ」にレギュラー出演している。 その後も長く活動し現在は俳優スクールを運営しているようである。

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大映俳優列伝(62)潮万太郎、弓恵子

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大映には長谷川一夫と林成年・小野道子(長谷川季子)、中村鴈治郎と中村玉緒、三益愛子と川口浩、そして潮万太郎と弓恵子と言う俳優親子がいた。このうち劇中でも親子を演じたのは三益・川口親子と潮・弓親子である。
潮万太郎は1909年(明治42年)生まれ。23年(大正12年)小笠原映画研究所(小笠原プロ)の「三色すみれ Love in Idleness」に花房綾夫という芸名で子役として映画初出演した。ちなみに片岡千恵蔵のデビュー作でもある。
東亜キネマ等持院撮影所を経て28年(昭和3年)、日活太秦撮影所に入社し潮万太郎と改名。34年、多摩川撮影所に移転。42年の統合により大映東京撮影所に所属した。
大映では160本以上出演した。軽妙な脇役として「瓢箪から出た駒」(46年)などのコメディ、「巨人と玩具」(58年)などのサラリーマン物、「忠臣蔵」(58年)などの時代劇、「破戒」(62年)などの文芸物まであらゆるジャンルで活躍している。
66年「白い巨塔」を最後に退社し、フリーとなった。以後、TV「好き! すき!! 魔女先生」(72年)の校長先生役レギュラーや「銭形平次」などにゲスト出演している。81年正月の12時間時代劇「それからの武蔵」(テレビ東京)出演を最後に引退したようである。
2000年に91歳で死去。
さて潮万太郎には二男一女の子供がいた。長女が弓恵子で、弟の柴田昌宏と柴田侊彦も後に俳優になったが大映には入っていない。ちなみに昌宏は若い頃には青春ドラマの生徒役で活躍していたがその後はあまり役に恵まれず30代で引退してしまったようである。侊彦は時代劇や刑事ドラマの脇役が多かったが、一番馴染があるのはNHKで長きにわたって放送されていたアメリカのTVシリーズ「大草原の小さな家」でマイケル・ランドンが演じた父親役の声の吹き替えだろう。
弓恵子は36年生まれ。55年に光丘ひろみの芸名で東宝映画「赤いカンナの花咲けば」でデビューした。その後東宝芸能学校を卒業して東宝数本に端役で出演したのち、59年、父親のいる大映に入社。伊藤大輔が名付け親となって弓恵子と改名し、同監督の「女と海賊」で再デビューした。
60年、「明日から大人だ」の不良少女役で初主演。なお潮万太郎も出演しているが、この時は親子役ではない。次の「街の噂も三十五日」で初めて親子役を演じ、「悲しき60才」(61年)で再び親子役を演じた。また親子役ではないが「スーダラ節 わかっちゃいるけどやめられねぇ」(62年)でも共演している。
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明るいキャラクターで「お嬢さん三度笠」「東海道ちゃっきり娘」「銀座のどら猫」(60年)や「うっちゃり姫君」(61年)などの明朗時代劇や青春映画に主演したが、62年以降は脇に回ることが増えている。64年、フリーとなって日活、東映などに出演。テレビでは66年に「これが青春だ」(日本テレビ)で弟の昌宏とともにレギュラーで出演している。69年「水戸黄門」第1部(TBS)で光圀暗殺を狙う女盗賊お蝶を演じて以来、時代劇の悪女役には定評があった。
私生活では悪役俳優宮口二郎と結婚したが90年に死別している。

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