「全日本プロレス中継」の実況アナ&解説者

「全日本プロレス中継」の名勝負を放送席からお茶の間に届けた歴代の実況アナウンサーと解説者です(90年代初頭まで)。

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清水一郎アナウンサー
清水アナ(手前)は前身の「日本プロレス中継」時代から「全日本プロレス中継」初期まで約20年間に渡って実況を担当。私がプロレスを見るようになった頃はもう勇退されていたのでリアルタイムの印象はないのですが、どんな場面でも大声を張り上げることはなく淡々とシリアスに伝える、この時代のスポーツアナウンサー特有の実況スタイルですね。
山田隆さん
山田隆さん(後ろ)は「東京スポーツ」の記者(のちフリーのプロレス評論家)で、「日本プロレス中継」時代から1989年3月までメイン解説者。ブルドックのような顔と独特のしわ枯れ声でアメリカマット界の最新事情などを織り交ぜながら滔々と語る口調が印象的でした。

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徳光和夫アナウンサー
徳光アナは「日本プロレス中継」時代から1975年頃まで実況を担当。この人もリアルタイムでは見ていないのですが、クラッシャー・リソワスキーにマイクを噛まれたシーンは珍場面として有名です。

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倉持隆夫アナウンサー
倉持アナ(左。隣は山田隆さん)は74年12月、ジャイアント馬場がジャック・ブリスコを破って初めてNWA王座を獲得した試合後のインタビューから登場し、90年3月まで実況を担当。私にとって「全日本プロレス中継」と言えば倉持&山田コンビが馴染み深いです。一見正統派アナウンサー風でありながら時折発する過剰なまでに大袈裟な表現「ジャイアント馬場、マッハのスピード!」「ブッチャーの額からだらだらと血が流れます!1リットル、いや2リットルか?!」「世界のアイドル、ドリー・ファンク・ジュニア!」などの語録も忘れ難いです。

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松永二三男アナウンサー
松永アナは1978年頃から83年頃まで実況を担当。別に厳密な区別があったわけではありませんが、何となく倉持アナが馬場の試合の実況で、松永アナはジャンボ鶴田の試合の実況だったイメージがあります。確かプロレスと平行してキャスターを担当していた「独占!!スポーツ情報」の企画で全日本の道場に行き、強制的に技をかけられたこともありましたね。

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田鶴浜弘さん
田鶴浜さん(右)はプロレス評論の草分けと言われる大御所で、「日本プロレス中継」時代から1985年まで解説者として登場。私が見た頃はかなりご高齢のせいかトンチンカンな受け答えが多いアナウンサー泣かせの解説者で、特に倉持アナには冷たくされていましたね。「コロシアムでコロシアイですな」「空軍と海軍…いやアーミーじゃなくてネイビーだ」「あけましておめでとうございまし"た"」などの名言を残しました。

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竹山祐一アナウンサー
竹山アナはよみうりテレビのアナウンサーで、全日本プロレスが関西地区で試合を行なう場合の中継に参加。91年まで主にセミファイナル前の実況を担当していましたが、正直言ってあまりうまい実況とは言えず、特に技の名前がかなり怪しかった記憶があります。ジャイアント馬場&アンドレ・ザ・ジャイアントの大巨人コンビの試合での実況「行け行けそれ行け巨人軍!」は笑えました。

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竹内宏介さん
竹内さんは雑誌「ゴング」の編集長(のち顧問、日本スポーツ出版社長)で、1978年から92年まで解説を担当。どんな話題でも即座に答える博識とテンションの高い解説は「魂の解説者」と呼ばれ、若林アナとの「若竹コンビ」で親しまれました。 91年正月だったか、「鶴田・田上組が世界タッグを獲る!」と予想して見事に外れた時は、公約通り坊主になり視聴者50名を武道館大会に自費で招待する太っ腹振りも見せました。

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ジャイアント馬場
言わずと知れた全日本プロレスの総帥。80年代後半に第一線を退いてから準レギュラー解説者になり、90年代はメイン解説者に。若林アナが技のダメージを聞くと「いや全然効いてませんよ」とそっけなく応じたり、気に入らない質問だと沈黙してしまったり、実況と全然スイングしないシビアな解説が売り物でした。

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若林健治アナウンサー
若林アナは松永アナの後任として1984年から登場。他のアナが社命で仕方なくプロレスを実況していたのに対し、子供の頃から熱狂的なプロレスファンだった若林アナはプロレスの実況がしたくて日本テレビに中途入社。それだけに熱い実況を展開しましたが、露骨に私情を込めまくりなところが個人的にはちょっと苦手でした。94年、 放送が30分枠に短縮された時はオンエア中に「戻せ1時間枠~」と絶叫し、それが上層部の逆鱗に触れたのか、降板。

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福澤朗アナウンサー
福澤アナは倉持アナの後任として90年から97年まで実況を担当。若林アナとは対照的に入社するまで全くプロレスに興味がなかった福澤アナですが、「プロレスニュース」で知名度を上げ人気アナへのし上がりました。プロレスを出世の踏み台にした生き方は今だにファンの賛否両論!?
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