東京オリンピック

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公開当時「記録か芸術か」で物議をかもした、東京オリンピック(1964年)のドキュメンタリー映画(1965年・市川崑監督)。

この映画は、どう評価したらいいんでしょうか…。

開始から30分あたりまで、つまり聖火リレーから開会式まではメチャクチャ素晴らしいです。

戦後19年。敗戦国であり敵国だった日本が立ち直り、その復興のシンボルでもある平和の祭典に世界中から集まってくる人々の顔、顔、顔。
それを迎える日本人もまだ質素で素朴で、今とは確実に違う顔をしています。
そして全ての過去を洗い流し、これからの日本と世界の未来を祝福するかのような青天の下、力強く優しい古関裕而作曲の「オリンピック・マーチ」に乗って繰り広げられる、商業主義化される以前の開会式の原風景。
シンプルでも華やかで、温かみに満ちています(NHK鈴木文弥アナの実況もイイ!)。

泣けます。
涙がこぼれます。
当時を知る由もないにもかかわらず、何でこんなに泣けるのだろうか…というぐらい。
東京オリンピックが行われた時代と、そこに生きていた人間とをきちんと映し出しているので、ノスタルジックな気持ちになれるのです。
今年の北京は勿論のこと、もし8年後にもう一度東京オリンピックが開催されたとしても、こんな感動はもう二度と戻って来ないでしょう。
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ところが。

開会式が終わり個々の競技が始まると、途端に極度の退屈に見舞われます。

確かにスローモーションとか様々なアングルやストップモーションなどは時々はっとさせられます。
しかし基本的には大昔の、何処の国の誰とも知らない選手たちの演技を次から次へと延々見せられるだけですから、現代の我々がその緊張と興奮を享有するのは土台無理な話。やはりスポーツという「筋書きのないドラマ」は市川崑の演出が届かない別次元のものなのだなあと思わされるのです。

ただ、マラソンの円谷幸吉にだけは泣けてしまいます。
土壇場でヒートリーに抜かれて三位に終わったにもかわらず、表彰式での円谷は全てをなし終えた男の、晴れやかで誇らしい表情しています。
後に彼を襲う悲劇をこの時、市川崑は勿論のこと、円谷本人ですら誰一人として知る由もなかったのですから。

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ちなみに当初、東京オリンピック組織委員会は黒澤明監督に記録映画を委嘱。しかし返ってきた答えは、予算とは倍以上の開きのあるべらぼうな製作費の要求額。
結局折り合いがつかづ断念し、その後巡り巡った挙句市川監督にお鉢が回ってきたのだとか。
黒澤版オリンピック映画も見てみたかった気もしますが。
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