生きものの記録

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原水爆の恐怖を描いた、黒澤流の反核映画(1955年・東宝・黒澤明監督)

物語。中島喜一(三船敏郎)は職工から叩き上げて町工場の主となり、正式の家族の他に妾2人とその子供3人も養っている、エネルギッシュな老人。しかし原水爆への恐怖から被害妄想に陥り、もはや地球上で安全な場所は南米しか思い込み、工場も財産も捨てて一家のブラジル移住を計画する。そのため息子(千秋実)たちから準禁治産者にされてしまうが…

この映画も10代の頃、夜中のテレビ放送で初めて見たのですが…以来10回以上繰り返して見ていますが、何度見てもわけがわかりません。晩年の黒澤も独りよがりで退屈な映画ばかり撮っていましたが、それらと違ってこれは面白いし、非常に惹き付けられます。でも反核のことを訴えるのになんでこういう描き方しなければならないのかが理解できないので、ずっと小骨が喉に突き刺さったままのような釈然としない思いを抱いていました。
で今般、あれこれ考えているうちにふと思い出したのは、黒澤監督が自作「生きる」(1952年)について語った言葉。

「僕は時々ふっと自分が死ぬ時のことを考える。すると、これではとても死に切れないと思って、居ても立ってもいられなくなる。もっと生きているうちにしなければならないことが沢山ある。こんな気がして胸が痛くなる。『生きる』という作品は、そういう僕の実感が土台になっている」(東宝事業部刊『黒澤明全作品集』より)

ああ、そうか、とこれを読んだ時、漸く少しわかった気がしました。この中の「自分が死ぬ時」を「原水爆」に置き換えるとこの「生きものの記録」になります。つまり「生きる」の主人公が「癌で余命あと半年」という現実に直面したのと同様に、この映画で三船扮する主人公の老人は「原水爆の恐怖」という問題を、まるで自分が癌宣告でも受けたかのように1人で引き受け、なんとかしようとするのです。この映画の特異な点(と言うか、ちょっとずれている点)はここにあるんですね。

さて「生きる」の主人公がまず家族の愛情にすがろうとして拒絶されたように、この映画の主人公も家族のことを考えますが、自分のことしか考えていない息子たちによって拒絶され準禁治産者にされてしまいます。原水爆がテーマなのに話が家族の問題として展開するのもこの映画の特異な点ですが、物語の根底が「生きる」と同じであると考えれば不思議はありません。それどころか、この時点で孤絶してしまった主人公はまさに癌宣告を受けた「生きる」と同様。
ところがそこからは話が全く逆の方向へと向かっていきます。

「死の恐怖」から逃れることばかり考えていた「生きる」の主人公は、やがて余命を公園建設に注ぎ、死後、町の人々から感謝されるのですが、この映画の場合、主人公は「原水爆の恐怖」から逃れようとして挙句に周りの人々まで巻き込んで破滅に追い込まれて行きます。「自分の死」という「個人」の問題から始まって「個人」の問題に終わっている「生きる」に対して、この映画は「原水爆」という個人でどうにもならない問題を自分1人で抱え込んでしまった結果、悲劇(見ようによっては喜劇)となって終わるのです。
ここから逆説的に導き出される結論は「原水爆の恐怖から逃れることは出来ないし、また個人の力で解決できる問題ではない」(=だから原水爆を無くすことをみんなで考えなければいけない)ということになるのでしょうか。
黒澤は前掲書の中でこの映画については「僕としてはやっぱりストレートに、真っ向からいくやり方をとるのが最もいいと思った」と言っているのですが、あまりにも事柄を「個人」の観点からストレートに捉えすぎたがために結論が非常に迂遠なものになっているのだとしたら皮肉なことだし、或いは黒澤という映画作家の特質を浮き彫りにしているのかもしれません。

主人公の70歳の老人を演じた三船敏郎は当時まだ35歳。特殊メイクなどない時代なのに、その表情、或いは所作、物腰は全く老人のそれ。特に、映画の後半ではあばら骨が見えるほど痩せ細り、弱弱しい老人になり切っています。前作「七人の侍」(1954年)の時は筋肉隆々だったのに、いったいどんな役作りをしたんだと驚く変貌です。三船をよく大根役者だなんて言いますが(確かに所謂「演技派」ではありませんが)とんでもない話で、この映画は三船の演技を見るだけでも価値があります。
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