座頭市千両首

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勝新太郎の座頭市シリーズ第6作目(1964年・大映・池広一夫監督)

物語。座頭市はかつて自分が斬った男の墓参りに赤城山麓の村にやって来る。ちょうど村では代官所に収める上納金が集まったことを祝うお祭り騒ぎの最中だった。だが上納金の千両箱を運ぶ途中、浪人(城健三朗、後の若山富三郎)たちと国定忠治の子分を名乗る一味に襲われ千両箱を奪われてしまう。市はたまたまその側にいたことから、強盗の一味と疑われる。市は自分と忠治の潔白を明かすため、赤城山に篭る忠治(島田正吾)を訪ねる…

座頭市の映画はどれも水準の面白さを保っていて、基本的に大きくハズレの話はないと思うのですが、その中でもこれはかなり出来の悪い方でしょう。とにかく脚本が支離滅裂で突っ込みどころ多すぎです。
まず冒頭、座頭市は昔自分に斬りかかって来たため返り討ちにした男の墓参りにやって来るわけですが、市が斬った相手なんてゴマンといるだろうに、何でこの男の場合に限ってわざわざ墓参りに来るほど気に病んでいるのかわかりません。
次に、市は偶々上納金の千両箱の上に腰掛けていたことから犯人と疑われるのですが、耳の良い座頭市ともあろうものが、その千両箱が崖から落ちてきたことにも気づかないのが不思議。
第一、そもそもこの「上納金」ってのが意味不明です。百姓が納めるのは「年貢米」じゃないんでしょうか。三年間も不作だった村がどっから千両もの大金を調達したのかも謎です。
さて、自分と国定忠治に掛けられた疑いを晴らすため市は赤城山に向かうのですが、百姓たちは市が犯人だと思っているならとっ捕まえておけばよさそうなもの。
更にここで実在の人物である国定忠治が登場することにはかなり違和感を覚えます。第1作での平手造酒と違い、ここでの忠治は何の説明もないまま最初から市も頭を下げる「エライ人」と言う前提で登場しているので、忠治と座頭市の「友情」とやらも全く心に迫りません。加えて忠治を演じた島田正吾のやたら大げさでくさい芝居にもげんなりしますね。新国劇の舞台ならそれでいいんでしょうけど、映画の芝居としてはどう見ても浮いてます。
かくして中盤、本筋とは関係ない忠治一家の逃避行話がだらだら続きます。
その後で再び麓の村に戻った座頭市は、また百姓たちから責められます。でも市が犯人だと言う話はどうでもよくなっていたのか、市への詮議はそのまま何だかうやむやに。だったらこれまでの展開は一体何だったのかと。もう話がぐだぐだです(ちなみに脚本を書いているのはいつもの犬塚稔ではなく、浅井昭三郎と何故か当時助監督の太田昭和なんですね)
とまあ、いちいち突っ込みいれてたらキリがないほどですが、結局のところ、上納金強奪は代官の陰謀だったと判明して市が奪還します。この辺にもまだ何だかおかしな点があったような気がしましたが、、、もうそれまでの話のくだらなさゆえにどうでもよくなってしまいました^^;尤も当時のプログラム・ピクチャーなんてものは今と違ってビデオで見直しされるわけじゃなし、その場その時に観客が楽しく観られることだけを主眼に作られているのですから、後になってうだうだ突っ込みいれるのは野暮天というものかもしれませんが。
ただこの映画は最後の最後に、それまでの鬱憤をふっ飛ばすような凄い見せ場が用意してありました。
若山富三郎扮する浪人が疾走する騎馬で現れ、座頭市の首に鞭を巻きつけて猛スピードで引きずり回す、引きずり回す。このシーン、スタントとかじゃなくてホントに勝新がやってるよと目が点に。しかも若富、「どうだ、ドメ〇ラ、ワッハハハハ!!」と実弟・勝新を痛めつけて異様なハイテンション。更に馬から転げ落ちた若富、この落ち方がまた首からモロに落ちてる感じなのでよく無事でいられたなと見ているこちらがヒヤリとさせられました。二人とも命懸けの撮影です。全くなんちゅうことやらかす兄弟なんでしょうか。
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