金閣寺

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三島由紀夫の同名小説の映画化(1976年・たかばやしよういちプロ+映像京都+ATG・高林陽一監督)

物語。母親(市原悦子)の不倫と初恋の女性・有為子(島村佳江)の冷酷な仕打ちによって心を屈折させている溝口(篠田三郎)は、父の遺言によって金閣寺の徒弟となる。大学に進学した溝口は友人の柏木(横光勝彦、現・横光克彦@民主党代議士)の手引きで、次々と女を犯す機会を与えられるが、その度に突如現われる金閣寺の幻によってセックスを妨げられる。溝口は自分を支配し無力化する金閣を憎悪し…

「炎上」(1958年・大映・市川崑監督)に次ぐ二度目の映画化。
「炎上」が原作から三島特有の毒や観念性を全て削ぎ落として奇麗事に終始していたのに比して、本作の方がより原作に忠実です。「母乳飛ばし」も「妊婦の腹踏み」もちゃんと描かれているし^^;尤も、「炎上」にあって、本作には描かれていないものもありますので、両方合わせて観ることで漸く原作一冊分に近づく、と言った感じでしょうか。
詳細な感想を書きたいのですが、なかなか解釈の難しい作品なので、うまく纏められそうにありません。とりあえず今は思いついたことだけを大雑把に書き留めておきます。

『金閣寺』と言えば、まず思い浮かべるのが主人公の「吃音」です。
「炎上」では、市川雷蔵さんが激しく吃る迫真の演技をみせていたことが印象に残っています。しかし、本作の篠田三郎は殆ど吃っていません。単にちょっと「口下手」な人と言う程度。ゆえに吃音は、本作では物語の上で何の意味も持っていません。この点において「炎上」とは主題を分けています。
「炎上」の主人公は吃りによって他人との間に壁ができてしまい、人間関係から遠ざけられていました。そういう意味では本作の場合、主人公は孤立していないし、そもそも人間関係自体にあまり関心がないようです。しかし、別の意味で他者から孤立してはいます。

主人公、溝口は女性とのセックスに及ぼうとするや必ず金閣の幻影が現れて来て身も心も萎えさせてしまうので、童貞のまま。つまり「人生を獲得するため必要な関門」を通り抜けることができません。彼は金閣によって「性=生」から妨げられているのです。
「女は俺の成熟する場所だった。 書物に傍点をほどこしてはこの世を理解していこうとした俺の小癪な夢を一挙に破ってくれた」とは、小林秀雄の「Xへの手紙」の一節ですが、その意味で成熟できない、つまり、「大人」になれない溝口は、いつまでも現実から遊離した観念の世界だけに生きています。と言うより、現実から拒まれてしまっている分、ますます観念だけが肥大化している、と言うべきでしょう。

それにしても、何故金閣は主人公を「性=生」から妨げているのでしょうか。
「この世で最も美しいもの」金閣と並んで、主人公のトラウマになっているのが「母の裏切り」「有為子の裏切り」です。
少年時代、自分と父の目の前で若い男との情事に耽っていた母親。
自分を冷たく袖にしただけではなく、愛人を裏切って殺された有為子。
性は汚い。人生も醜い。必ず裏切る。しかし金閣は美しい。永遠に裏切らない。「性=生」とは対極にあります。主人が汚れた現実の方へ流れて行こうとするのを、金閣が引きとめているようであります。
彼は自分を人生から拒んでいる金閣の支配から脱するために、火を付けるに至るのです。最後に主人公は、金閣を滅ぼし、犯したことに性的興奮を覚えたかのようにタバコをむさぼり吸っているシーンでこの映画は終わります(ここの部分は原作に符合しています)

ちなみに「炎上」と同じく、本作も金閣寺側からロケ協力を得られなかったために実際の金閣を撮影することができませんでした。しかしそこはさすが全盛期の大映、「炎上」ではなんとセットで建ててしまったのですが、貧乏所帯のATGにはそんな金があるはずもありません。従って本作では、劇中に金閣が一度も姿を現しません(象徴的に暗示されるのみ)。しかし結果的にはこれが良かったと思います。この映画で主人公にとって金閣は現実の存在と言うより、観念的な美の象徴だからです。実在する金ぴかの金閣が可視的になってしまっては、却って安っぽいものになってしまうでしょう。

篠田三郎と言うと、私の中では今でも吉田松陰(by「花神」)または源実朝(by「草燃える」)の印象が強いです。つまり「純粋」「一途」なイメージ。いつまでも少年の面影があります。本作でエロなシーンがあまりいやらしくならないのは、清潔感のある篠田さんを起用した効用でしょう。この当時、溝口の役を演じるなら確かに篠田三郎しかいなかったと思うし、まことに当を得た配役だったと思います。
島村佳江さんには「新人」の表記があります。メイクのせいか、私の知っている時代の佳江さんとは、少し印象が違う感じもしますね。ドスが効いていると言ったらちょっと違うのですが、彼女の射るような目と独特の声は一度見たら(聞いたら)忘れられません。出番は少ないのですが、これまた有為子役に適任だったと思います。
意外に?と言ったら失礼ですが、好演だったのは横光克彦。紅林警部補@特捜最前線の生真面目な印象が強かったのですが、主人公を邪悪に導くメフェスト・フェレス的な役割を見事に演じていました。
市原悦子は昔からオバサン。再三現れる情事のシーンは、正直言って、見たくなかったです^^;
柴俊夫(鶴川)と篠田三郎とのツーショットは、どっかで見たと思ったら、NHKドラマ「天下堂々」のコンビだ。内田朝雄(老師)はまさに「怪物」と言う感じ。寺島雄作(溝口の父)は大映時代劇の脇役でお馴染みだった人。「本陣殺人事件」もそうでしたが、大映京都の後身、映像京都が製作に携わっているせいか大映京撮の俳優さんが結構出ていますね。ほかに加賀まり子(生花の師匠)、水原ゆう紀(洋館の令嬢)、テレサ野田(まり子)など。
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