雅羅倶多館

1960~80年代のテレビドラマや映画を中心にあらすじや感想を書いています。

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赤ひげ

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1972年10月6日~1973年9月26日にNHK「金曜時代劇」枠で放送(全49回)。
原作は山本周五郎の『赤ひげ診療譚』。
原作には、8つのエピードしかありません。なので1年間放送するために、山周の別の小説やテレビオリジナルのストーリーなども加味しつつ、エピソードを膨らませて構成していたようです。

物語の大枠は原作とだいたい同じで、舞台は江戸末期の小石川養生所。長崎留学から戻った保本登(あおい輝彦)が自身の意思に反して無理矢理養生所の医師にされてしまい、「赤ひげ」と呼ばれる医長の新出去定(小林桂樹)に反発・対立しながらも、養生所を訪れる貧しくとも懸命に生きる市井の人たちとの触れ合いを通して成長し、1年後に再び長崎留学を命じられて旅立って行くまでを描いた人情時代劇。レギュラーの登場人物はほかに同僚医師の森半太夫(有川博)、それから原作にない人物として飲み屋の女将おせん(浜木綿子)とその亭主(小鹿番)、登を慕う女中のおきぬ(仁科明子)、労咳(結核)病みの岡っ引の冬吉(黒沢年男)なども登場していました。
何しろ36年前のドラマなので、本放送直後には一回ぐらい再放送があったかもしれませんが、その後テープが消去されてしまっています。わずかに現存する1話分がソフト化されているだけと言う始末。NHKったら高い受信料金を取っているくせに、70年代以前の番組は殆ど保存していないと言う有様にフザケルナと言いたいのですが、それはともかく^^;私も漠然といくつか断片的なシーンを覚えているぐらいで、まとまったエピソードの記憶がないのです。せえぜえ、確か労咳病みの冬さんは最後の方で死んでしまったなあとか、ラストシーンは長崎に立った登を思い出しながら赤ひげとおきぬが相合傘で去って行くシーンだったかなあ…とか、そのぐらい。
ただ、ひとつだけ、よく覚えている話があります。
それは「こんち午の日」と言うサブタイトルのエピソードです。
さる藩の若殿(村野武範)がアル中による数々の不行跡のため、養生所に預けられます。赤ひげは、若殿の身分を隠して町の豆腐屋に住み込ませて働かせ、規則正しい生活をさせることで心身を鍛え直そうとします。最初のうちは反発して働こうとしなかった若殿。しかし、やがて心を開き職人たちとともに新しい豆腐作りに取り組み、見事に立ち直ってお城に戻ります。ところが正常に戻ったとたんに、若殿は過去の行状を愧じて切腹して死んでしまうのです。何のために治療したのか…と暗然とする赤ひげ。そうとも知らぬ豆腐屋は町で出会った赤ひげに若殿の思い出を懐かし気に語り、そして今日も「こんち午の日…」の売り声とともに行商に歩いていく…と言う結末でした。
思い出し書いていて、そう言えば手塚治虫の「ブラック・ジャック」にも同種のエピソードがあったような気がするのですが、勿論真似とか言うわけではなく、医術の限界、治療に携わる医者の空しさ、病める者と逞しく生きる者との対比などは、この種のドラマに共通のテーマなのでしょう。
赤ひげを演じた小林桂樹はまだ50手前だったはずですが、髭と時代劇の扮装のせいか、ずいぶん老人に見えましたね。映画では三船敏郎が演じていますが、私が最初に見たのはこのドラマ版だったので、原作も小林桂樹のイメージで読んでいたかな。ちなみに原作の赤ひげは本当に髭が赤いわけではないようですが、ドラマでは垢と埃で赤茶けている、と言う設定だったようです。
あおい輝彦は今でもあんまり変わっていないです。仁科明子は松方弘樹との不倫に走る前は「お嫁さんにしたい女優No.1」と言われていましたね^^;


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