「巨人の星」と坂本龍馬

漫画『巨人の星』(梶原一騎・作/川崎のぼる・画)で、主人公・星飛雄馬を父・一徹が次のように諭す場面があります。

竜馬はこういった。
"いつ 死ぬか わからないが
いつも 目的のため 坂道を 上っていく。
死ぬときは たとえ どぶの中でも
前のめりに 死にたい"
…と

(講談社文庫版第4巻、259P)

一徹の語った、この「坂本竜馬の言葉」に感動した飛雄馬は、その後も何かあると
「俺も竜馬のように、死ぬ時は前のめりに死にたい!」
と言って自らを奮い立たせます。しかもその際にはご丁重にも、「どぶの中で前のめりになって死ぬ竜馬」の姿が描かれているのです。なので私は子供の頃にアニメでこのエピソードを見て以来、長いこと「龍馬は路上で襲われ、ドブに落ちて死んだんだ」と思い込んでいました。
無論、実際の龍馬は屋内で襲われて死んだわけだし、そもそも龍馬が「どぶの中でも前のめりに死にたい」などと言ったという記録自体がどこにもないようです。すると例によってカジ先生お得意の捏造、創作の類であったのでしょうか?
wikipediaの「星一徹」の項目にも、
「一徹が飛雄馬に教えた坂本龍馬の台詞『死ぬときはどぶの中でも前のめり』は出典不明」
と書いてあります。
なので真相は不明ですが…
ただ、たぶん梶原一騎はこれをヒントにしたのではないか…と推測しているものがあります。
それは例の司馬遼太郎の『竜馬がゆく』です。
と言うのもこの中で、竜馬の次のような台詞があるんです。

志を持って天下に働きかけようとするほどの者は、自分の死骸が溝っぷちに捨てられている情景をつねに覚悟せよ。
勇気ある者は自分の首が無くなっている情景をつねに忘れるな。
そうでなければ、男子の自由は得られん。

(文春文庫版第4巻、368P)

「自分の死骸が溝っぷちに捨てられている情景をつねに覚悟せよ」と
「死ぬときは、たとえどぶの中でも前のめりに死にたい」
…どうです、かなり似てるでしょ。
なので、『竜馬がゆく』を読んで「死骸が溝っぷちに捨てられている…」にインスパイアされたカジ先生が、ちょっと変えて「死ぬときはどぶの中でも前のめりに死にたい」にしたのではないか、と言うのが私の推測です。
時期的にも、『竜馬がゆく』が連載されたのが昭和38年から41年、『巨人の星』は昭和41年から46年なので、まさに直前です。梶原一騎が『竜馬がゆく』を読んでいた証拠は何もありませんが、坂本龍馬像を確立したと言われているほどの人気小説ですから、読んでいてもおかしくはありません(『竜馬がゆく』は昭和40年にTBSで、43年にはNHKで大河ドラマ化もされています)。
ちなみに『竜馬がゆく』での竜馬の台詞「自分の死骸が溝っぷちに捨てられている…」は、『孟子』の中の孔子の言葉、

志士は溝壑に在るを忘れず、勇士は其の元を喪うを忘れず(志士不忘在溝壑 勇士不忘喪其元)

が出典ですが、実際に竜馬がそのような言葉を口にしたと言う記録はないようですので、この部分は司馬の創作でしょう。
司馬と梶原が、偶然にもそれぞれ別個に孔子の言葉から竜馬の言葉を創作した、と言うのでは話が出来すぎです。やはり『竜馬がゆく』を読んだ梶原が、てっきり竜馬の言葉だと思い込んで『巨人の星』で応用してしまった、と考えるのが自然でしょう。
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