飢餓海峡

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1965年/東映/内田吐夢監督
出演/三國連太郎、左幸子、伴淳三郎、高倉健、沢村貞子、三井弘次、加藤嘉、風見章子、藤田進ほか
物語。昭和22年、北海道岩内町の質屋で強盗殺人放火事件が起こり、台風による青函連絡船沈没の騒動に紛れて三人の男が内地に逃亡。犬飼多吉(三國連太郎)だけが青森にたどり着く。八重(左幸子)と言う純朴で優しい娼妓と一夜をともにした犬飼は、強盗された金の一部を渡して去る。犬飼から貰った金で借金を清算した八重は上京。 10年後、新聞に載った樽見京一郎なる事業家の写真に犬飼の面影を見出した八重は、ひとこと昔のお礼を言いたい一心で樽見を尋ねるが…。

忌まわしい過去を封印して成功をおさめた男のもとへ、その前身を知る人間が訪ねて来たことから起こる事件、悲劇。その背景にあるのは、どうしようもない貧困と差別だった… と言うテーマやプロットに「砂の器」との共通点を感じる作品。
ただ、証拠は決め手とならず、犬飼=樽見が本当に犯人だったのかどうかも結局分からず終いなので、ミステリーとしては弱いです。彼を犯罪へと追いやった動機、「貧困」の問題も、刑事が言葉の上で決め付けるだけでは説得力に欠けます。この映画の特徴はむしろ被害者の側から問題に迫っている点でしょう。

映画は事実上三部構成で、前半は犬飼と八重が出会うまでと伴淳扮する老刑事の捜査。中盤は左幸子の八重が主役で、東京で辛酸を嘗めながら生活する様子が10年間に渡って描かれます。
折角堅気になったのに、また娼妓に逆戻りしてしまう八重。貧困に生まれて育った人間は、所詮宿痾のようにそこから抜け出すことができないのか?と言う命題が八重の生き様を通して描かれ、犯罪に走ることで貧困を脱した犬飼=樽見の姿と対比されます。
社会の底辺で貧困と孤独にあえいでいた八重の心の飢餓をわずかに慰めていたのは、犬飼への想い。犬飼の遺した爪を時々取り出しては、頬擦りしながら、あたかも幻の犬飼に抱かれているかのような陶酔に浸るあたりは、左幸子の怪演の独壇場です。おそらくこのシーンでは、犬飼を単に恩人として感謝しているだけではなく、恋慕の念を抱いていることも暗示しています。現実にその相手が側にいないだけに、なおさら情念だけが膨らんで行くのでしょう。
一方の犬飼もまた手にした金で成功者となった後、善行を施すことでかつての飢餓を埋めようとしていました。でも二つの飢餓の間には大きな隔たりができていました。
過去を拠り所に生きていた女と、その過去を封印して来た男が再会した時、気持ちのすれ違いが悲劇を生みます。八重が、白を切り続ける樽見に紛れもない犬飼の痕跡を見出して狂喜するシーン、その幸せそうな表情のまま、死んでゆくシーンは、事実上物語のクライマックスです。

後半は警察側からの視点で物語が進みます。若手刑事の高倉健とコンビを組んだ、既に退職した伴淳が執念の捜査で犬飼=樽見を追い詰めていきます。しかし、既にクライマックスが来てしまったせいか、割と淡々と展開するように見えます。心を閉ざし、頑なに犯行を否定し続ける樽見に、伴淳が諄々と説く(いや、ダジャレじゃなくて)場面はタイトルの意味に繋がる名シーンですが、個人的には付けたりと言う感じ。樽見を飲みこんだ飢餓海峡が映し出される長回しのラストシーンに余韻が残ります。

左幸子以外の出演者たちも、それぞれ名演。当時の三國連太郎は今の佐藤浩市より年下ですが、風格に格段の差があります。時代も違うので仕方ありませんけどね。伴淳の老練で枯れた演技は光りますが、健さんは若いというだけで、まだ特徴がありません。警察署長を演じた藤田進はさすがの存在感。八重の父親・加藤嘉、娼家の主人夫婦の沢村貞子&三井弘次など脇役陣も好演しています。
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