大映ニューフェイス

資料が残っている他社に比べ倒産した大映のニューフェイスは詳細がわからない。個人的に情報を収集した結果をまとめてみる(確実ではないのであまり信用はしないで貰いたい)。
大映のニューフェイスは東宝より早い終戦直後の1945年に始まり第1期には折原啓子(それ以外は不明)がいたようである。
第2期(1946」年)には船越英二、渥美進(渥美マリの父)、関千恵子、及川千代、美奈川麗子などがいた。三條美紀も同期だが縁故入社(父親が大映演技課長で本人も大映経理課員)なのでオーディションを経たのかどうかわからない。
第3期(1947年)は根上淳、若杉須美子(後の若杉嘉津子)。第4期(1948年)には北原義郎、中条静夫、早川雄三、目黒幸子などその後大映を永く支えた顔ぶれが並ぶ。
第5期は4期から3年後の1951年に高松英郎、若尾文子、南田洋子らが入社している。その間の1949、50年はニューフェイスの募集そのものがなかったのかどうかよくわからない。しかしその後はほぼ毎年続いている。
第6期(1952年)は品川隆二、船上爽(後の南原宏治)、千葉敏郎、三田登喜子、第7期(1953年)は川上康子、第8期(1954年)は川崎敬三、第9期(1955年)は月田昌也、小泉順子。
第10期(1956年)は田宮二郎、石井竜一、叶順子、毛利郁子、市田ひろみ(後に服飾評論家)、金田一敦子。
第11期(1957年)は藤巻潤、丸井太郎、仁木多鶴子。第12期(1958年)は本郷功次郎、小林勝彦、野口啓二、浜田ゆう子。第13期(1959年)は江波杏子、吉野妙子…などなど。
1960年は第14期の渚まゆみ、それとは別に京都撮影所の「第1回フレッシュフェイス」なるもので細谷新吾(後の日高晤郎)が入社しており、以後このフレッシュフェイスが京都独自のニューフェイスとして混在してくるのでややこしい。
第15期(1961年)は三夏伸(三夏紳)、石黒三郎、澄川仁恵(葵三津子)、第16期(1962年)は倉石功、青山良彦。
1963年はニューフェイス募集がなかったようだが、この年は4月に撮影所でストが起こったのでそれどころではなかったのかもしれない。
1964年は第17期に美川憲一(後に演歌歌手)がいるほか、例の京都フレッシュフェイスの第4期として平泉征(平泉成)、三木本賀代、西尋子(後の賀川ゆき絵)らが入社している (フレッシュフェイス第2期、第3期は不明)。
第18期(1965年)は篠田三郎、笠原玲子。
1966年はニューフェイス募集がなく、1967年は第19期に渥美マリ、八代順子、八重垣路子、そして京都フレッシュフェイス5期の川崎あかね、丘夏子。
1968年はまたニューフェイスがなく、1969年に第20期の炎三四郎(後の速水亮)、八並映子、中野良子(入社せず)、京都6期の伊吹新吾(後の伊吹剛)。そしてこれが大映最後のニューフェイスになった。ちなみに東宝は1968年、東映も1969年まででニューフェイスを停止しており、映画会社が自前で新人スターを養成する制度は終焉を迎えている。
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