大映俳優列伝(1)堀北幸夫

サイトにも書いたがデータを並べるだけではつまらないのでブログに色々書いてみる。便宜的に列伝としたがなるべく脇役、端役クラスの俳優を取り上げていく予定である。
大映映画の世界
http://tvmovie.web.fc2.com/daiei.html

永田雅一が率いた大映は1942年(昭和17年)に発足して1971年(昭和46年)に倒産したが、その30年間で銀幕に登場した俳優は一瞬で消えたエキストラも含めれば数知れないだろう。最後まで在籍した中でも倒産で辞めた人もいれば、そのまま俳優を続けた人もいる。
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堀北幸夫もその一人で、大映最後の配給作品となった「蜘蛛の湯女」(1971年11月)にも出演している。
1916年(大正5年)生まれの戦前からの俳優で、1940年(昭和15年)6月公開の日活京都作品「若様評判記 前篇 油断大敵の巻」にその名が見える。戦時企業統合による大映の発足でそのまま大映京都の所属となり、以後200本前後の時代劇に出演している。だがたいていは町人、やくざの三下、よくてせえぜえ下級武士と言ったところが殆どで、高いステイタスの役柄を見た記憶がない。
大映倒産後はテレビに転じ、初期の必殺シリーズや水戸黄門シリーズ、大映ゆかりの勝プロ作品や映像京都作品に顔を見せている。
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平成になっても俳優活動を続けテレビドラマデータベースで確認できる出演記録は1990年(平成2年)12月28日放送の「木枯し紋次郎スペシャル 年に一度の手向け草」(TBS)が最後となっている。この時74歳になっていたはずだ。
ちなみに伊丹十三監督の「お葬式」「ミンボーの女」などでスクリプター(記録係)を務めた堀北昌子は姪である。叔父のすすめで大映京都に入社してスクリプターとなり、製作を再開した日活に引き抜かれて移籍した。後に日本映画・テレビスクリプター協会の初代会長も務めている。
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