大映俳優列伝(8)阿部脩

wakaoyabun0822.jpg
先月、1980年代の女子プロレスで「極悪レフェリー」の異名を取った阿部四郎が死去した。引退後も近年まで女子プロの試合にゲスト参加していたようだからまだ覚えている人が多いだろう。だが同姓のレフェリーで大映の脇役俳優でもあった阿部脩を知っている人はもはや少ないのではないか。
創成期のプロレスラーの多くがそうであったように、阿部も大相撲出身である。昭和15年5月場所で初土俵を踏み、四股名は大成山。最高位は幕下19枚目だった。昭和21年11月場所を最後に廃業。レスラーに転向し力道山の興した日本プロレスに入団する。1956年10月に開催されたウェイト別全日本選手権ではジュニア・ヘビー級の準決勝で敗れている。
その傍らで俳優としてスクリーンにも登場していたのである。
尤も初出演は大映ではなく、新東宝の「鉄腕巨人」(1954年)だったりする。内容はフィクションだが力道山始め遠藤幸吉 、芳の里ら現役レスラーが実名で出演するこの映画に阿部脩も出演しているのだ。その後も「力道山 男の魂」(1956年、東宝)「怒れ!力道山」(同、東映)などの力道山主演映画に出演し、その姿が目に留まったのかどうかわからないが58年に「巨人と玩具」で大映デビューを果たす。
kyojintogangu0111.jpg
この時は菓子メーカーの宣伝に登場するプロレスラーという地の役柄だったが、以後は大映と専属契約を結び10年間で40本以上の作品に出演している。役柄はギャングだったり力自慢の水兵だったり競馬の予想屋だったり、様々である。中でも笑えるのは「黒蜥蜴」(1962年)の用心棒役で、ミュージカル仕立ての劇中で北城寿太郎、丸井太郎らとともに 「♪用心棒ったらくいしん坊~」などと間抜けな歌を(吹替えかもしれないが)合唱している。
一方、時期は不明だがいつのまにか現役レスラーとしては引退してしまったようだ。しかし1966年、日プロを追われた豊登が若手だったアントニオ猪木を押し立てて新団体「東京プロレス」を旗揚げすると阿部もレフェリーとして参加している。尤も東プロは内紛ですぐに崩壊してしまい(猪木は日プロに復帰)、阿部は残党とともに国際プロレスに合流している。
それと前後して1966年にはガメラシリーズ第2作「大怪獣決闘ガメラ対バルゴン」に船員役で出演している。俳優・阿部脩にとってはある意味最もポピュラーな作品であろう。だが68年で俳優からは足を洗ってレフェリー業に専念している。
ジャイアント馬場と猪木を擁する日プロに比べ、スターのいない国プロはマイナー団体として苦労したとされるが、阿部は「ヒゲのレフェリー 」と呼ばれて一定の人気を博していたようである。
その知名度を過信したのか、1977年の第11回参議院選挙に全国区(定数50)から無所属で出馬する。だが21507票しか取れず、102人中91位で惨敗して落選。同時に国際プロレスからも退団している。
その後の阿部について詳しいことは不明だが、20年以上前に読んだプロレス雑誌で既に故人扱いになっていた記憶があるので相当前に亡くなったようである。
スポンサーサイト


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

関連タグ: 大映

テーマ:日本映画 - ジャンル:映画

コメントの投稿

非公開コメント

カレンダー
04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
最新コメント
管理人のサイト
土曜日の美女たち
管理者用
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR