大映俳優列伝(19)梓英子

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のっけから余談だが、吉田拓郎がまだ無名だったデビュー当時、所属レコード会社の命令で初めてテレビ出演したのは、野末陳平の司会で子供たちが新人歌手を審査する番組だったらしい。そこで拓郎は「イメージの詩」を弾き語りで歌ったのだが、子供に理解できるはずもなくボロクソにけなされ、それに大人げもなくムキになって言い返したりして散々だった。ヤケになった拓郎は司会の野末に「最後に何か言いたい事は?」と聞かれた時、カメラに向かって「梓英子さんが大好きだー!」と叫んだそうだ。
無論、大映女優の梓英子のことである。

古い日本映画のファンには有名なことかもしれないが、梓英子はピンク映画出身と言う、当時の映画界では考えられない変わり種である。
17歳の時に森美沙と言う芸名で数本のピンク映画に出演しているのだ。中でも「日本拷問刑罰史」は半裸で責められる、かなりハードな役柄だったようである。
だが1965年(昭和40年)、一般映画に転向して松竹映画「若いしぶき」に出演する。梓英子と言う芸名はこの時の役名だった。その後、東映や日活への出演を経て、1967年に大映と専属契約したのである。勿論ピンク映画に出演していたことは伏せられ、以後は清純派として活躍した。なので吉田拓郎もその前歴は知らなかったはずである。
大映では「今夜は踊ろう」(1967年)が初出演作で、以後3年間で13本と数は少ないが喜劇、時代劇、アクション物、文芸物と幅広く出演している。愛らしい顔立ちでおデコに特徴があった。唯一の主演作は「ヤングパワーシリーズ 大学番外地」(1969年)と言う作品で、梓英子演じる女子浪人生が行き掛りから身分を隠して学生運動の闘士になってしまう話だが、何やら前歴を隠して清純派になった彼女自身を連想する設定である。
しかしハレンチ路線が台頭して来ると今更その手の映画に出たくなかったのか活動の中心をテレビに移す。「どてらい奴」(1973~77年、フジテレビ)で西郷輝彦が演じた主人公・猛やんの妻茂子役などにレギュラー出演し、「NTV紅白歌のベストテン」(日本テレビ) の司会を務めたこともある。 その間の1973年にNETテレビの社員と結婚。77年にNHK朝の連続テレビ小説「風見鶏」にレギュラー出演したのを最後に引退した。

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