大映俳優列伝(23)飛田喜佐夫

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子役上がりで半世紀以上のキャリアを持っていたのが飛田喜佐夫だ。
1926年(大正15年)、三男三女の三男に生まれ、次兄は大映東京撮影所の録音技師だった飛田喜美雄である。なので弟の出演作に兄が録音で携わった作品も数多くある。
子役として映画界入りした当時の経歴は時代が古いためか曖昧な点が多い。
『日本映画俳優全集』によれば1930年(昭和5年)に父親の知人の紹介で電通教育映画部に入り、同年に同社の「昼寝も出来ない」でデビューしたことになっている。だが日本映画情報システムのデータに登録されている「昼寝も出来ない」は32年の作品であり製作も映音商店である。飛田喜佐夫が出演していたかどうか定かではないため同名の別の映画の可能性もあるが、「昼寝も出来ない」と言うタイトルの印象からしても教育映画ではなく商業映画であろう。おそらく電通教育映画部を辞めた後で(或い在籍したまま)32年に映音商店の「昼寝も出来ない」に出演したのではあるまいか。
また、同書では34年に「日月と共に」に主演とあるが、これも37年の日活多摩川作品である。こちらは日活作品データベースに出演者として飛田喜佐夫の名前があるので『日本映画俳優全集』の記述が間違いであろう。出演者名のトップは山本礼三郎であり、飛田喜佐夫主演というのも疑わしい。
1934年に日活多摩川撮影所に入所した以降のことは確実のようで、「少年靴屋」(35年)「路傍の石」(38年)「風の又三郎」(40年)などに子役として出演している。ただし『日本映画俳優全集』では、47年から本名の「飛田喜三」を芸名の「飛田喜佐夫」に改名したことになっているが、実際は子役時代から既に喜佐夫(もしくは喜佐雄)でクレジットされており、喜三名義なのは戦中戦後の一時期だけである。
42年の統合で大映東京の所属となり倒産まで在籍してる。映画データベース上に登録されている出演作は100本程度だが、ノンクレジットを含めると実際はもっと出演していると思われる。その全てが脇役であり社員Aとか工員Bなどの名もない役が大半を占めている。印象に残る作品としては「野火」(59年)で主人公船越英二の戦友役や「ガメラ対ギャオス」の警官役が挙げられる。「妖怪大戦争」(68年)では河童の声を吹き替えている(スーツアクターは黒木現)。
71年の大映倒産後はフリーになったが、出演作は大映テレビのドラマ「白い牙」(74年)や新生大映と永田プロ共同製作による映画「君よ憤怒の河を渉れ」(76年)など、大映ゆかりの作品が多かったようである。
82年に大映出身の村野鐡太郎監督の映画「遠野物語」に出演したのを最後に出演記録が見当たらず、その後の消息は不明である。

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