雅羅倶多館

1960~80年代のテレビドラマや映画を中心にあらすじや感想を書いています。

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大映俳優列伝(25)小松みどり

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小松みどりと言っても無論五月みどりの妹ではない。無声映画時代のスターで戦後の大映で脇役だった女優である。
1891年(明治24年)生まれ。三男五女の末っ子であり、すぐ上の姉は戦前の舞台女優・脇役女優だった中川芳江と瀬川美津枝である。ちなみに中川の夫は映画監督の賀古残夢、瀬川の夫は大映京都の俳優だった荒木忍である。
1912年(大正元年)、姉とともに新派の舞台へ参加。後に声を痛めたため舞台を断念して活動写真の女優に転向し、小林商会に入社する。だが映画に馴染めず、偶々撮影所が全焼したのを機に引退するつもりだったが、口説かれて1919年(大正8年)国際活映に入社。菊池寛原作の「真珠夫人」(20年)に主演するなどスター女優の一人として活躍した。
23年の関東大震災で京都に移転し、義兄の賀古残夢監督がいた松竹下加茂撮影所に入社。もっぱら賀古監督による澤村四郎五郎主演作で相手役を演じた。
25年、日活京都撮影所に移籍し、尾上松之助主演の「中山安兵衛」で堀部弥兵衛の妻を演じ初めて老け役に扮する。この頃から脇に回るようになり、42年の統合により大映京都撮影所所属となった。この時すでに50歳だった。
以後時代劇、現代劇の両方に出演しているが、殆どが茶屋の老婆等の端役なので目立つことは少ない。ただ溝口健二監督には信頼され、「お遊さま」(51年)を始め溝口が大映に移籍して以降の作品の殆どに出演している。出演予定がなくてもスタジオに呼ばれて溝口から俳優たちの所作についての意見を求められるほどだったと言う。
義兄である荒木忍との共演も当然ながらあり、勝新太郎の「悪名」シリーズでは荒木とともに主人公・朝吉の両親の役、つまり夫婦の役を演じている。
67年の「古都憂愁 姉いもうと」を最後に引退した。生涯独身を通し、82年に91歳で死去した。

大映映画の世界

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