大映俳優列伝(30)三角八郎

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TBSのドラマ「そろりと参ろう」で仲村隆と主演コンビを組んだのが三角八郎である。
法政大学を中退し1954年(昭和29年)大映東京撮影所に入所。同年の「真白き富士の嶺」に本名の伊藤直保で出演してデビューする。以後この名前で4年間出演しているが御用聞き、店員、ボーイなど殆ど端役である。しかし58年に転機が訪れる。
もともと日本の映画会社は毎週1本ずつ新作を製作・配給するプログラムを組んでいたが、後発の東映が54年から週二本立て興行を実施し成功を収めると、最初は静観していた他社も追随し、一番消極的だった大映も56年頃から二本立てに踏み切らざるを得なくなったのである。そして58年からは主軸となる映画に添える中編として喜劇路線を打ち出すことになる。この時に抜擢されたのが新人の石上正二と伊藤直保だった。二人は丸井太郎、三角八郎と芸名を変えた。
同年11月の「恋と花火と消火弾」と「盗まれた縁談」はいずれも三枚目の「丸・三角」が美男美女と絡むストーリーの恋愛コメディである。2人は前者で主役、後者に準主役で出演している。なのでもしこのまま定着していれば喜劇不毛の大映にも名物コンビが誕生したかもしれないのだが、長続きはしなかった。
翌59年、あくまで二本立て興行を良しとしない社長・永田雅一の方針で、大映は一本立ての大作主義を断行することになったからである。当然喜劇などは必要なくなり、お呼びでなくなった「丸・三角」コンビは切り離されてまた端役暮らしへ逆戻りである。
63年、大映テレビ室が制作したTBSの連続ドラマ「図々しい奴」の主役に丸井太郎が抜擢され人気を博すと、続く大辻伺郎主演の「赤いダイヤ」も好評を博し、喜劇シリーズの第3弾として「そろりと参ろう」が製作され主役に仲村隆と三角八郎が起用される。このドラマが当たっていれば三角も丸井のようになっていたかもしれないが、幸か不幸か前2作ほどの人気は呼ばなかったようで、出演後も三角のポジションが変わることはなかった。
67年「にせ刑事」出演を最後にフリーとなる。なおその数か月後に丸井太郎は自殺している。
バイプレイヤーとして本領を発揮したのはむしろテレビに移ってからだろう。「Gメン'75」(TBS)などの刑事ドラマや「水戸黄門」「大岡越前」(TBS) などの時代劇にゲスト出演し、人情味ある刑事や頑固な職人のような善人役から犯人・悪役まで幅広く演じた。
昨年8月に80歳で亡くなった。

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