大映俳優列伝(32)万里昌代

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三条魔子とともに新東宝から移籍して来たもう一人の女優、万里昌代の大映生活もそう長くなかった。
高校在学中に「毎日グラフ」の表紙モデルになったことをきっかけに新東宝にスカウトされ第4期スターレット(ニューフェイス)として入社。1957年(昭和32年)にデビューしグラマー女優として主演を張っていたが61年8月に新東宝が倒産。9月には大映と契約を結んでいる。
大映デビューは61年12月公開の「お兄哥さんとお姐さん」で、名目上は勝新太郎が主演だが事実上はW主演と言っていい。しかも併映作は宇津井健の大映2作目「強くなる男」だったが、こちらにも出演しているのだ。まるで新東宝デー、万里昌代デーである。
翌62年2月には新派の悲恋物として名高い「婦系図」のお蔦役で市川雷蔵の相手役として抜擢されている。当初キャスティングされていた若尾文子が「急病」で降板、とは表向きで実は役が気に食わなくて降りたようなのだが、その代役が移籍したばかりの万里昌代に回ってきたのである。更に続く座頭市シリーズ第1作「座頭市物語」でも勝新太郎の相手役に立て続けに起用されている。
新東宝ではセクシー路線だったが大映では清純派に転向し、エキゾチックな美貌でありながらどこか哀しげな風情で薄幸なヒロインが似合った。だがこういうタイプは長続きしないのかもしれない。
63年ぐらいまではヒロイン、準ヒロインが多かったが、レギュラーでおたね役を演じていた座頭市シリーズへの出演が終わった頃からは急速に役が落ちてゆく。64年頃は新東宝時代に逆戻りしたようなヴァンプ役に甘んじている。
不思議なことに、雷蔵とは単発物では何度も共演しているのに眠狂四郎シリーズと忍びの者シリーズには一度も出演していない。個性が合わないと思われたのかどうかわからないが、出演できる作品が限られてしまうところに何か使い難さがあったのだろうか。
65年11月の「新鞍馬天狗 五条坂の決闘」を最後に大映を離れる。大映の4年間で出演作は26本だった(なお、62年1月公開の「嫉妬」は新東宝作品を買い取ったものなので大映製作ではない)
66年は映画出演がなく、テレビにもあまり出ていない。67年に日活映画「爆弾男と言われるあいつ」でスクリーンに復帰するが、70年代はテレビ・舞台に軸足を移す。
77年にはNHK少年ドラマシリーズ「幕末未来人」に出演している。当時このドラマを見ていたので覚えているが、確か昭和の現代から幕末にスリップしてしまった主人公の少年2人が世話になる女性の役で、最後は2人を庇って撃たれてしまうのだったと記憶している。尤も当時はそれが万里昌代と言う女優であることを全く知らなかった。
最後の出演作も79年の少年ドラマ「七瀬ふたたび」 だったが、それ以後の消息は不明である。存命ならば80歳になっているはずだが。

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