大映俳優列伝(35)八並映子

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今年1月に八並映子が亡くなった。訃報を公表したのはアンヌ隊員こと女優のひし美ゆり子だった。八並とはTV「プレイガール」の共演仲間で交流があったのだ。引退後は殆ど芸能界との関わりを絶っていた彼女が僅かに交流があったのがプレイガール仲間で大映関係者ではなかったことに複雑なものを感じる。
大映末期のハレンチ路線に動員された女優たちはあまり当時のことに触れたがらないようである。第一線で活躍し続けた関根恵子(高橋惠子)も長い間大映時代の話はタブーだった。最近になって漸く語るようになったが、その口ぶりにはまだ釈然としていない様子が窺える。何も語ることのなかった八並映子の心境はどうだったのだろうか。
大映第20期、つまり最後のニューフェイス出身で同期には炎三四郎(後の速水亮)や中野良子がいた。女優のあの中野良子である。
正確に言えば中野は大映演技研究所出身であって、入社はしていない。速水の話では、大映末期のハレンチ路線を嫌っていた中野は、研究所の卒業公演で主役に抜擢されていたにもかかわらず、一ヶ月前に辞めてしまったのだと言う。その替りを演じたのが八並映子だった。運命の分かれ目である。
ともあれ研究所を卒業した後の1969年(昭和44年)11月「ヤングパワー・シリーズ 大学番外地」でデビューする(併映作の「あなたの好みの」にも出演している)。1期先輩の渥美マリたち同様にハレンチ路線に投入されて脱ぎっぷりのいいズベ公役を演じ、70年10月「高校生番長 深夜放送」で初主演。1971年用の大映カレンダーには早くも「大映の顔」の一人として登場する抜擢も受けている。
尤も同期の速水によれば八並の素顔は爽やかなお姉さんタイプの女性であって、こういう使われ方は本意ではなかったと言う。しかし大映が新人女優の心情など斟酌するはずもなく、断末魔を迎えた翌71年も相変わらずハレンチ映画の主役を演じ続けるのである。
その合間を縫ってガメラシリーズ最終作「ガメラ対深海怪獣ジグラ」にも出演している。子供の同伴で来場する父兄へのお色気サービスを期待されての起用だったのだろうが、後になってみれば特撮女優として子供たちに記憶されたのは幸いだったかも知れない。
大映東京最後の作品「悪名尼」にも主演している。
ちょうどその頃、元同期生の中野良子はNHKのドラマ「天下御免」に出演してお茶の間の人気者になっていた。その活躍をどんな思いで見ていたのか知る由もない。
大映倒産後も76年から「プレイガール」(東京12チャンネル)にレギュラー出演するなど、「5人娘」の渥美マリたちより長い83年まで芸能活動を続けた。引退後は結婚して家庭生活に入ったようだ。
その後亡くなるまで公の場に現れることは殆どなかったが、2000年頃「プレイガール」関連のイベントに参加したことはあったようである。一方で『大映セクシー女優の研究』と言う本の著者が数年前にプレイガール仲間の片山由美子を介してインタビューを打診した時には断わっている。その頃既に病気が悪くなっていたせいなのか、それとも単に大映時代の話をしたくなかったのか、わからない。

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