大映俳優列伝(44)蛍雪太朗

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「蛍雪太朗」と聞いてまず10人中10人が連想するのは似た芸名の俳優「螢雪次朗」だろう。蛍雪太朗は昭和の「ガメラシリーズ」、螢雪次朗も平成の「ガメラシリーズ」に出演しているため混同されることがあるが、無論別人である。
ウィキペディアによれば、雪太朗は雪次朗の「師匠」にあたると言う。だが一介の大部屋俳優にすぎなかった蛍雪太朗に何故「弟子」がいるのか、よくわからない。そもそも1971年に倒産した大映の雪太朗と、80年代から映画出演歴が始まっている雪次朗とは、どこで接点があったのだろうか。
その疑問は後で解くとして、取り敢えず蛍雪太朗の経歴を辿ってみたい。
と言ってもプロフィールは全く不明である。「蛍雪太朗」と言うインパクト大な名前は勿論芸名だろうが、由来も謎である。新人に変な芸名を付ける趣味があった永田親子にしても、ちょっと奇を衒い過ぎている気がする。
ともあれ出演クレジットに載ったのは63年7月公開の「温泉女中」あたりが最初なので、62年頃には大映東京撮影所に入社したのであろう。ちなみにその頃入社したニューフェイスは倉石功や青山良彦である。
以後大映倒産まで在籍していたと思われるが、出演作の大部分は端役である。脇役として目立つ役は丸井太郎とのコンビで本郷功次郎の部下を演じた「大怪獣空中戦ガメラ対ギャオス」(67年)や江波杏子のお供で旅をする「女賭博師尼寺開帳」(68年)など、僅かであろう。ほかには「兵隊やくざ」(65年)、犬シリーズの「ごろつき犬」(65年)「鉄砲犬」(66年)「早射ち犬」(67年)、「与太郎戦記」(69年)などに出演している。
大映倒産後はテレビドラマに転向した様子はなく、映画も75年に「鬼の詩」と言うATG作品に出演したのみである。監督が大映出身の村野鐡太郎だった縁で呼ばれたらしく、ほかにも大映OBの早川雄三や伊達三郎が出演している。
…と言う訳で、書くことにも困るほど目立たない俳優だったのである。
では先ほどの疑問、螢雪次朗とはどこで師弟関係を結んだのか?
実は雪太朗の最後の出演作「鬼の詩」に雪次朗も出演していたのである。
螢雪次朗の本名は「渡辺潔」と言う。70年に高校を卒業後、劇団「アンサンブル」に入るが25歳(74年)で退団。『日本映画人名事典』によれば、その後しばらくいくつかの映画に端役で出演していたそうで、そのひとつが「鬼の詩」だったのである。調べてみると、なるほど確かに「鬼の詩」出演者の中に「渡辺潔」の名もあった。雪次朗が大映映画に出演した形跡はないので、雪太朗との接点はこの映画しか考えられないのである。
つまり「師弟関係」と言うのは、撮影で親しくなった縁で芸名を貰ったことを指すのだろう。まあ、実際のところは本人に聞かなければわからないが。
ちなみに大映時代の芸名表記は「蛍」雪太朗だったが「鬼の詩」では「螢」雪太朗になっている。「弟子」が「螢」雪次朗なのもそのためだろう。

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